もう普通には戻れないのかな、と、消え入りそうな声が懐から聞こえた。どうしてこんな体勢になったのかは、よく覚えていない。ただいつものように、喰うの喰われてやらないのを繰り返していたら、いつの間にか、こうだった。どんなツラしてそんなことを。とらはぐばりと掌を開き、潮の小さな顎をつかんだ。長い黒髪が、一房二房と地面に落ちる。何のことはない、きょとんとした、間の抜けた顔。鼻先がくっつきそうなほどに顔を近づけた。目の中に小さな己が映り住んでいる。

「おめえは、」
「そうだとしても」

とらがいるから、いいんだけどさ。

雷獣の体に得体の知れない雷がはしる。自分の身以外何も捨てない覚悟ばかりを決めた目のまま、―そんな目を宿すくせにまるきり子どもの顔のまま、潮はへらりと笑った。別に何かを憂いてのことではないのか。槍の力で伸びた髪が全て落ちきる頃、ようやくとらは手を離した。何かを、―言ってしまえば自分と関わったことを、悔いているわけではないのか。体の奥底をさらわれるような感覚に陥る。それがあまりに気に食わなくて、とりあえず、潮の丸い頬をつねってやったとらだった。


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