ただそれだけだった
※一部表現有り(行為中描写無し)
夜、たまたま会った。
柔かな笑顔で話しかけられた。
夜の営みを所望されたので、近くのホテルで枕を共にした。
朝ホテルのベッドから起きて、風呂に入る。
嗚呼腰が痛い。
別れた勢いでこんなことをするとは思わなかった。
風呂から出て、着替えて、歯を磨く。
荷物の支度をして、お金を置いて出て行く。
あの男の子はまだ寝ていた。
大きな肉食獣が寝ているように見えた。
また次の夜も、そのまた次の夜も寝た。
なんだかそれが、とても悲しかった。
今日限りで終わらせましょうといえば、男の子はニッとニヒルな笑みを見せた。
それで、一回だけ寝て、じゃーなと言って男の子は部屋を出て行った。
それから彼と会うことはなくなった。
嗚呼胸が痛い。
何故こんなにも胸が痛むのだろうか。
罪悪感のような気持ちの悪い感情を押し込み、部屋から出た。その日の空はなんだか明るく見えた。
ある日、テレビを見ているとあの男の子を見た。
もうあんなことしてないといいな。
そんなことを思いながらテレビの電源を切った。
暫くして、街を歩いていると頻繁に男の子を見かけた。
また遊び耽っているのかな。
食あたりしないようにねなんて思って見ていた。
「オイ」
久し振りに聞いた声に驚きながら振り向くと、あのドレッドの男の子は私を見て、前に会った時のような笑みを浮かべた。
「ああ、久し振り」
「おー。着いてこい」
「……前に言ったこと忘れたの?」
「まあ落ち着けよ。来い」
手を引かれて、男の子に着いて行く。
何も言わずに着いて行くと、男の子は喫茶店に入っていく。なんと。話があるということか。
席に座ると、男の子は飲み物を選んで、私を見据えた。
「女のアドレス、全部消した」
「え、ああ」
「んで、もう女遊びはしねえ」
「どうしてまた」
そう言うと、男の子は真面目な顔で私を見た。
視線を受けて、少しだけ姿勢を正す。
カラン、とお冷の氷が溶けてコップにあたる音がした。
「付き合ってくれねえ?」
携帯を投げ渡された。
アドレス帳には誰の名前も入っていない。
私は困惑した。
男の子の顔は真剣そのもの。
つい、頷いてしまった私はどうかしているのだろう。
男の子は嬉しそうに笑った。
「そういえば、ご家族のアドレスは?」
「いらねぇよ」
「いやいや……」
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