朝は嫌いだった。嫌な奴らが起きてきて私を殴るから。
夜は嫌いじゃなかった。寒い外にほうり投げ出されるけど、一人になれたから。誰も私をいじめないから。

五つの時、私は親を殺され、海賊たちに奴隷として連れ去られた。

「おい、ガキ、ちょっとこっちにこいよ」

何時ものように外の見張りをしていると船内から男が呼びかけてきた。静かに見上げると男は嫌な笑みで笑って此方を見ていた。私は手のひらにかく嫌な汗をぎゅっと握った。

「相変わらず、生意気でむかつく顔だな。まあいい、入ってこい」

可笑しい。何時もこの時間は外で見張りのはずなのに。私はただじっと男を見上げていた。
そんな私に男は苛々したように舌打ちをして私の首根っこを掴んで持ち上げた。私が苦し気に声を漏らすと、男は鼻で笑って私を嘲っていた。

「まだ分からねえようだな?お前なんて何時でも殺せるんだよ。死にたくなけりゃ黙って言うことを聞くんだ愚図」

そういうと、男は私を船内に入れ、近くのテーブルに叩きつけた。頭が強く打ちつけられた襲撃でクラクラとする。周りからいくつもの耳障りな笑い声が聞こえてくる。

「早くアレ持って来いよ。こいつで毒見させるんだ」

この前は毒の入った魚を食わされて死にかけた。私は必死にもがいた。

「今度はどうなるかな、ハハ」

目の前には毒々しい色の木の実が見えている。私は慌てて口を閉じた。

「いっちょ前に頭つかってんじゃねえか。じゃあ、俺も頭を使うとするかな」

そういうと男は私の首を締めあげた。私は耐えられずに酸素を少しでも取り込もうと口を開けた。そこに容赦なく木の実を口に詰められる。瞬間、今までに味わったことのない苦味が口の中に広がる。余りの味に私は口のモノをすべて吐き出した。

「汚ねえな」

「汚してんじゃねえぞ。おら、拭けや」

汚れた床の上に、私の顔が押し付けられる。周りからは、またあの下品な雑音が聞こえてくる。何故私が、私がこんな思いをしなくてはいけないのか。いっそ殺してくれとさえ思う。私は最後の抵抗に男の腕を引っ掻いた。

「あああああああ!」

男の野太い叫び声が聞こえる。私の手にはぬるりと赤い液体が滴っていた。

「この野郎!どうやってやった!俺の手を」

周りの空気が一気に張り詰める。

「こいつ、殺してやる」

男が腕を振りかぶる。私は咄嗟に腕を身構える。無駄だとは分かっていても痛みから少しでも逃れようとした。
しかし、想像していた痛みはなく、男の振り下ろされた手を私の腕が止めていた。何が起きたのかは分からない。ただ私は必死に周りにあるテーブルや椅子を男たちに向けて投げ飛ばしていた。この男たちが私に振れない限りは私は守られる。そう思ったからだ。

数時間後。船は運よく町へ着いた。私は横たわって静かになった男たちを横目に金品をすべてかっさらって船を出た。

私の食べた木の実がむきむきの実という悪魔の実出会ったことは数年後に知った。



申し訳程度につけられた小さな窓から朝日が差し込む。私は今でも朝が来ると昔のことを思い出して胸糞悪くなる。何でもいいから、この部屋に朝日が差し込まない様に布でもかけようと思った。ぼんやりと空虚を見つめていると、ドアを叩く音が聞こえてきた。

「ナマエ、朝飯食いに行こうぜ」

またアイツだ。朝から男なんて見たくない。

「いい、一人で行け」

私の言葉とは裏腹に扉が勢いよく開けられる。クソが、よく私はこんなとこで一晩寝たな。鍵もいる。

「おい、飯食わないとバテんぞ。今日も洗濯当番だろうが」

「五月蠅い」

「軽いもんでも腹に入れとけよ。サッチは女の飯なら喜んで何でもつくるぜ」

何でこいつはこんなにお節介なのだろう。うざい。

「朝は食欲がない。だからいいんだ」

私はエースを睨んで言った。

「そうか。まあ、腹減ったらサッチが用意してくれると思うから言えよ」

そういうと、やっとエースが部屋を出た。私は安堵して、胸を撫でおろす。手には昔のように脂汗をじんわりとかいていた。もう私は昔の弱かった自分じゃない。そう思っていても心の奥底に染み付いた恐怖というものは簡単には拭えないものなのだ。

埃っぽい窓を開けると潮の香りが私の頬を撫でていった。私はただ窓の外をぼんやりと眺めていた。

もう一度寝てしまおうか。そう思って布団に手をかけた時、無遠慮にドアが開けられた。

「入るぞ」

またエースだ。手には頼んでいないのに盆が握られている。

「許可してない。出ていけ」

「サッチがお前にスープだけでももってけってうるせえんだよ」

「男が作った飯なんか食えるか」

「昨日は旨かったっていってたじゃねえか」

「忘れた」

エースはため息をつくとテーブルをベッドの近くまで引き寄せ盆を乗せた。しかも、ちゃっかりいすにまで腰を下ろしている。

「お前が男が嫌いなのは分かったけどよ、食いもんに罪はねえと思うぜ?」

そんなこと、分かっている。ただ私にはお前らのお節介さが無性に腹立たしくて反抗したくなるのだ。
私は盆に目を向けた。美味しそうなオニオンスープが二皿、柔らかい湯気をたてていた。

「なぜ二皿ある」

「好きな方取れよ」

「会話が成立してない」

「男が作った飯は信用できないんだろ?毒見してやるよ。」

エースの真っすぐな瞳に視線が逸らせなくなってため息をついた。私は黙って手近にあった皿とスプーンを取って一口すくった。野蛮な海賊が作ったなんて思えないくらい優しい味がする。

「うまいだろ?」

「……」

エースも黙ってスープを飲み始めた。私はそれを横目に見てからもう一口、スープを口に運ぶ。悔しいことに私はこんなに美味しいオニオンスープを生まれてこのかた飲んだことがなかった。

私がしんみりとした気持ちにひたっていると、隣から鈍い音がした。目をむけると、エースがスープに顔を突っ込んでいた。まさか、毒が?いや、私がどっちを取るなんて分からなかっただろうし、間違えて自分が飲むなんて馬鹿な事あるのか。私は取り合えず慌ててエースの顔をスープの中から引き出して横たわらせた。胸元に耳をつけると心臓が動いてるのが確認できた。そのあと手をエースの口元にかざす。呼吸もしている、むしろ穏やかな深い呼吸に感じる。どういうことだ。エースの手首を掴んで脈拍を確認してみる。やっぱり生きている。

頭を悩ませたまま固まっていると、エースが急にむくりと起きた。

「お、悪い。寝てたわ」

「は?」

「たまに、食事中に気づいたら寝ちまうんだ」

「何それ、気持ち悪」

純粋に心から言葉が出てしまった。

「何か……心配かけたみてえだな」

私は慌ててエースの手を放して距離を取った。

「勘違いしないでよ。死んだか確認しただけよ」

「そんな表情には見えなかったけどな」

「は、うるさ。自意識過剰ね」

「ありがとうな」

エースが太陽みたいに曇りない笑顔を私にむける。私の手のひらは昔みたいに嫌な汗をかいていない。心が少し強くなっただけ。そうに決まってる。そうに決まってるんだ。

20180216
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