I won't let you down


女の泣く顔が好きだった。
恐らくそれは自身が優位に立っているという優越感に浸れたからだと思う。







彼女と初めて出会ったのは小学校一年生の春だった。当時の俺は人見知りで誰かに積極的に話したりするようはことは出来なかった。初めて入ったクラスはがやがやと賑やかで俺はどこに座って良いかも分からず戸惑いながら入り口近くで突っ立っていた。

「おはよ。きみもこのクラス?」

俺は驚きに肩を揺らして振り返る。後ろには男みたいに髪を短く切ってボサボサ頭の子が立っていた。正直、男なのか女なのか見分けがつきにくいが、かろうじて後ろのランドセルが赤色なのが見えて女なのだとわかった。

「え、ああ。」
「ふーん。とりあえず座ろうよ。そこの席空いてんじゃん。」
「うん。」
「いやー、ラッキー後ろの席じゃん。」
「ラッキーなの?」
「うん。だってうっかり眠たくなってもバレないじゃん。」

入学早々、居眠りのことを考えてるなんてとんだ奴だ。俺はおかしくなって彼女の返答に笑った。彼女も俺の反応を見て破顔して笑った。彼女の屈託ない笑顔に俺は初めて人間に見惚れてしまったと思う。別に恋だとか愛だとか単純なものではなく、俺からしてみれば雑念のないシンプルな感情が新鮮でとても嬉しかったのだ。家庭環境が複雑な俺からしてみれば、彼女の持つ温かさは自分にはない羨むべきものだった。

「そういえば自己紹介してなかったね。ウチはミョウジナマエって言うの。よろしく。」
「よ、ろしく。」
「で、きみの名前は?」
「羽宮一虎。」
「そ。じゃあ、一虎って呼ぶね。」

ナマエはガサツとも言えるが、サッパリした性格のせいか男からも女からも好かれた。それに、大事なところでは人の事を思える良い奴だった。入学して仲良くなってからナマエは変わらず俺に話しかけてくれたけど、周りに人が溢れているナマエから、俺は少しずつ離れていった。自然体で人から愛される彼女が、俺は妬ましく感じていたんだと思う。

小学校高学年になると、益々俺とナマエは話さなくなった。彼女は俺のことを変わらず"一虎"と呼んだが、俺は彼女のことをミョウジと呼ぶようになった。高学年に上がっても、相変わらず彼女は人気者だった。友達にも、家族にも恵まれていて、昔は男っぽかった見た目も大きくなるにつれて女らしくなってきたせいか、彼女に好意を寄せる同級生が増えてきた。しかし、彼女は恋愛には興味がないようで全ての告白を断っているようだった。それが俺のせめてもの救いだった。

俺は少しでも良いから彼女にカッコよく見られたいと"イカした"奴らと連むようになった。そんな俺にナマエは心配するように危ないことはやめなよと言った。彼女が眉根を下げて俺を心配する姿を見た時には、何とも言えない幸福感が広がった。誰からも好かれるような彼女に俺は心配をされていて、彼女の表情を一喜一憂させることができるのだ。これ以上に気持ちが満たされることはない。

中学校に上がり、場地やマイキー達と連むようになったが、何となく俺は彼女と彼らを合わせたくなかった。誰からも好かれる彼女は、もしかしたら誰かに好意を寄せられるかもしれないし、東卍の奴らは仲間想いで良い奴が多かった。だから余計に嫌だったのだ。

「あれ、一虎じゃん。久しぶり。隣にいるのは新しい友達?」
「は!?何でミョウジこんなとこに。てか、話しかけてくんじゃねえよ。うぜえな。」
「辛辣だな。少しくらい良いじゃんか。ここ最近一虎のこと見てなかったんだから心配してたんだよ。」
「う、うっせえよ。」

俺とナマエのやり取りに隣にいた場地はにやにやと笑い始める。どうやら俺の気持ちを察したようだ。俺は余計なことを言うなと視線で場地に言った。

「ふふ、なんか安心した。」
「は?何だよ。」
「前に一緒に連んでた友達よりも今一緒に居る子の方が一虎楽しそう。」
「───別に、かわんねーし。」
「じゃあ、邪魔者の私は退散するよ。じゃあね。」

そういうとナマエは嵐のように去っていった。俺はズバリ図星をつかれて悔しい気持ちになる。ああやって急に現れて俺のこと分かってるような口聞くの、本当にムカつくんだ。でも、何故か心は少しむず痒くて。さっきからにやにや顔で見てくる場地を俺は力一杯小突いた。場地は意に介さないように首に腕を回してくる。

「良い奴そーじゃん。早く告っちまえよ。」
「うるせえ。そんなんじゃねえよ。」
「素直じゃねえな。あんなに一虎のこと心配してくれてるなら脈ありなんじゃねえの。」
「そ、そうか?って違うって言ってんだろ!」

それから数ヶ月後、人生がひっくり返ってしまうような、あの事件が起こった。忘れもしない。中一の夏、俺は人を殺した。大事な友達の兄貴を、この手にかけたのだ。当時の俺は罪の重さに現実に向き合えなくなってマイキーが悪なのだと思い込んだ。自分を守るための防衛本能みたいなものだった。

自業自得だが大事だった友人を一気になくして、俺の心はぐちゃぐちゃだった。なくなったものばかりをみて、自分の罪を顧みず、カッコ悪い自分を隠したかった。

「一虎、どうして良く分かんない奴らと連んでるの。前みたいに楽しそうじゃないよ。」
「は?前みたいって何だよ。お前に俺の何が分かるんだよ。」
「それは、」
「お前は友達も家族にも恵まれてるから、そうやって俺のこと見下してるんだろ。」
「違うよ。私は一虎のことが心配で言ってるんだよ。」
「じゃあ、お前が俺の側に居ろよ。俺の側に居て見張ってればいいだろ。」
「───いいよ。」

そうして変わらず側に居てくれたナマエに縋るように告白をして付き合うことになった。ナマエはすごく俺のことを想ってくれたと思う。罪と向き合えない俺を責めるようなことはせず、八つ当たりでどんな罵倒をしても静かに受け止めた。でも、俺はそんな余裕そうな彼女に余計に腹が立って、俺のために泣いたり怒ったりして欲しくて、何度も何度も浮気を繰り返した。今まで適当に付き合った女で有れば、浮気を匂わせれば勝手にヒステリックに喚き立てて泣き始めた。

しかし、ナマエはそんなことしなかった。俺が浮気をするたびに呆れた顔して俺に文句を言うだけ。とうとう俺はナマエが俺を好きじゃないじゃないかと被害妄想を駆り立てて、女とヤっている最中にナマエを呼んだ。ナマエは扉を開けて、その光景を見ると凍りついたように固まって、ひどく悲しそうに顔を歪めた。俺は嬉しくなって彼女を抱きしめようとしたが、彼女が次に取った行動は、俺に中指を突き立てて扉を割れんばかりに閉めて帰って行っただけだった。

その一時間後にはメールボックスに"もう別れる。地獄に堕ちろ。"とだけメッセージが書かれていた。慌ててメールしても電話しても着信拒否されているのか彼女と連絡を取れることはなかった。本当に自分は救いようのないことをしていたので当然と言えば当然だ。

こんな最低なことをしておいてだが、俺はナマエ以上に好きになれる奴なんていなかった。彼女と別れてから、誰とも付き合う気になんてなれなくて、キスだってセックスだってしてない。他のどんなものを手に入れたって、彼女が自分を想って笑った姿や泣いた姿以外には心を動かされない。だから12年ぶりに彼女に会えた時、これは運命だと思ってしまった。もう一度やり直させてほしいと思ったのだ。

俺の所為で彼女は酷いトラウマと人生を狂わせるような傷を負ってしまったというのに。



「だから何度も言ってるでしょ。どこかの紹介がないと受けないし、診察するにしても数年先まで予約は埋まっているよ。」
「そこを何とかお願いします。」
「君も懲りないね。こんな辺鄙な大学病院まで、毎日通ってもらったって無理だよ。」
「そこを何とかお願いします。」

俺は頭を床につくくらい地面に下げてお願いをした。
目の前で困った顔をしている人は有名な大学病院の先生らしい。俺は詳しいわけではなかったが、ネットや本で必死に調べて恐怖症克服に長けた医者を探していた。

「あなたが、虐待時児童について研究してると聞きました。俺が───協力すると言ったらどうですか。」
「何?」

医者は眉を顰めて俺を見た。何を言っているのか理解できないというよりは、何が言いたいのか推測っている聞き返しだと感じた。

「俺は昔から虐待を受けていたし、それに、昔犯した罪の話をしたって良いです。もし必要なら講義で俺が話をしたっていい。だから、大切な人なんです。彼女のトラウマを治してあげたいんです。」
「君の覚悟は理解した。だけど、そこまで君がする理由はなんだ。私には君が頭を下げることのできる人間なら、何故罪を犯したのか理解できない。誤解しないでくれよ。私は犯罪を犯した奴ってのは結局許せないんだ。」
「俺は───間違っていたんです。昔は自分を否定したくなくて周りが悪いのだと現実を捻じ曲げた。でも、今は向き合わなきゃいけないって、そう思ってます。許して欲しいなんて思っていなくて、一生罪は背負っていくつもりです。それが俺のケジメだと思うから。でも、変えられる未来があるなら変えたいんです。そう強く思うのは変えられない未来を見てきたからだと思います。」

医者は以前、硬い表情を崩すことなく俺を見ていた。

「…….分かったよ。1ヶ月後の月曜日に同じ時間に僕の事務所に来なさい。時間変更は出来ないからね。」
「ありがとうございます!」

20220124


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -