They achieve a reunion


人は一定のストレスやトラウマを感じると、知らないうちに同じ状況を避けたり、過去の記憶を失う事があるらしい。







「あ、ナマエか?」
「は、一虎」
「え、一虎くん、ミョウジさんのこと知ってるんすか?」

先日、私が運営しているWebサイトへ問い合わせがあり、ペットショップのサイト作成依頼を受けた。初回の打ち合わせでは、依頼主の松野さんにショップのイメージを伺って、職場の写真をいくつか撮影させてもらった。今回はイメージラフをいくつか作成したので、これを元に打ち合わせを進めていく予定でお店を尋ねた。そして、冒頭の会話の通り、幼馴染であった一虎と望まぬ再会をはたしてしまった。

ここで少し昔話をさせてもらうが、私は中三の時に抱えたトラウマから男性の肌に直接触る事が出来なくなった。男性が嫌いという訳では無いのだが、男性の肌に触れてしまうと吐き気をもよおして、酷い時は気絶してしまうのだ。そんな理由もあり、新卒で入社したファッションデザイン会社では一悶着起こしてしまって、肩身が狭くなってしまった私は退職してしまった。そこから、人となるべく関わらない仕事を、さらには女性との仕事を中心に受けれるようにと、趣味で行っていたWebデザインを仕事にした。仕事を立ち上げた当初は、依頼主を選べる余裕なんてなかったが、仕事が何とか機動に乗り、有難いことに問い合わせや紹介がたくさん来るようになった。

そんなこともあり、ここ数年は女性のお客様を中心に仕事の依頼を受けていた。そんな私が、久しぶりに男性との仕事を決断したのは偶然のことだった。

松野さんの下の名前は千冬さんと言うのだが、綺麗な名前だったので、宛名から女性だと勘違いをしていたのだ。初めて彼と会った時に、松野千冬さんが男性だと気づき仕事を受けるか悩んだ。だが、彼の紳士的で気遣いのできる人柄に情が湧いて、仕事を受けることを決意した。なのに、まさか、仕事先にトラウマの一端である男が居るなんて。運が悪いなんてもんじゃないだろう。

「ナマエは俺の幼馴染で元カノだっ」「一虎とは昔家が近くて腐れ縁だっただけです。ね?一虎」
「え?あ、おう」

私の圧に一虎が同意をする。
彼が既に言いかけてしまったが、昔、彼と私は付き合っていた。幼馴染の関係から発展して中三の秋に一ヶ月ほどだったが。それにしても、彼はどうしようも無いクズ野郎で、付き合ってから何度も何度も浮気をされた。彼に呼ばれて入った部屋で、馬鹿みたいに趣味の悪い香水をつけた女とおっぱじめているのを見せられたことは、強烈で鮮明に覚えている。私にとって、彼と付き合っていた事は黒歴史でしかない。

嗚呼、酒の肴として笑い話にするならまだしも、取引相手に知られるとか、どんな拷問よ。

「松野さん、打ち合わせ進めましょう。」
「え、いいんですか?つもる話とかあるなら、一緒に一虎くんも同席しますか。この時間帯ならお客さん少ないだろうし、お客さんが来たら一虎くんには対応してもらうけど。」
「もし、ナマエがいいなら、俺」「いえ、できればこの後に別の打ち合わせも控えていますので、少人数で進めさせていただければと思います。」
「え、あ、はい。」

私の一糸も言葉を挟ませないという雰囲気に気圧されたのか、松野さんは大人しく奥の部屋へ案内をしてくれた。その後も淡々と仕事の打ち合わせを進める。松野さんは、私と一虎の関係に初めは戸惑っているようだったが、途中から触れない事に決めたのか、仕事の話を真剣に聞いて意見をくれた。彼の気遣いに私は今回は当たりのお客様だと思った。勿論、松野さんは、だが。

打ち合わせが終わり、私は松野さんへ挨拶をすると店内を振り返ることなく素早いスピードで店を出た。店を出て暫く歩くと、駅が見えてホッと胸をなで下ろす。しかし、そんな気持ちも虚しく、後ろから私を呼び止める声が聞こえた。ああ、どうか幻聴であってくれ。

「待って、ナマエ」
「ちょっと、それ以上近づかないで。お願いだから。」
「さっきは千冬の前だったし、あんまり話せなかったから。」
「私は話すことなんてないよ。」

私は一虎を無視して歩き始めようとするが、彼が引き留めるように私の腕を掴もうとした。私は慌てて腕を引いて避ける。

「本当にごめん。でも、俺、ナマエの事諦めきれないんだ。あんな酷いことしといて何言ってんだって思うかもしれないけど。頼むから俺にチャンスを欲しい。」
「いや、本当に何言ってんの。勘弁して。私はもう一虎とどうかなりたいとか思わないから。」
「せめて謝る機会をくれないか。お前にはちゃんと謝って昔みたいに友人関係に戻りたい。」
「いや、だから無理だって。どうしたら諦めてくれるの。」
「……お前の彼氏みたら諦められるかも。」
「は?」
「だって、俺の時間はあの時のまま止まってるから。お前の今の彼氏みたら現実を受け入れれる気がする。」

一虎がしょんぼりとした雰囲気で私を見つめる。まるで、私が悪者みたいだ。私はため息をついて彼を見た。そういえば、彼は私達が別れた後に十年くらい刑務所に入ってたんだっけ。残念ながら、それに関してはちっとも同情出来ないが、こうして毎回仕事のたびに付き纏われるのは鬱陶しい。

「分かった。じゃあ、今度連れてくるから」
「え、」
「彼氏、連れてこればいいんでしょ」
「う、うん」
「じゃ、次の予定あるからこれで」

私は早く一虎から離れたいのと、何とか仕事を円滑に進めたい一心で一虎の申し出を受けると、その場を後にした。

言ってから後悔したが、私には彼氏はおろか男友達も少ない。この体質なのだから彼氏なんて作る意味ないし、友達であっても、こんな面倒くさい体質の人間と好き好んで仲良くしてくれる人は少ないからだ。

こうなったらネットでレンタル彼氏なるものでも依頼してみるか。いやいや、それがバレたら余計面倒くさいことになりそうだし。私は頭を抱えて知り合いの顔を一通り思い浮かべる。

あ、私の頼みを聞いてくれる人物がいないでもない。面倒だが、久しぶりに彼の事務所にお邪魔してみるか。彼のお気に入りの食べ物でも持って。



「三ツ谷、この通り。私の頼み聞いてくれない?」

私は目の前の人物に深々と頭を下げた。頭の上からは大きなため息が聞こえて来る。

「何か分かんねえけどいやだ。ナマエからそう言われる時は決まって面倒くさい頼み事じゃん。」
「いやいやいや、まだどんな頼み事か分かんないじゃん?もちろんお礼はするし。」
「じゃあ言ってみろ。聞くだけ聞いてやる。」

三ツ谷が眼鏡を外してだるそうに頬杖をついて私を見た。彼は相変わらず忙しいのかデスクの上は色々な書類と資料が散乱していた。

「一日だけでいい。私の彼氏のフリして欲しい。」
「ほら、めんどくせえじゃん。無理。」
「そこを何とか!お願いお願いお願い!三ツ谷様」
「俺に全くメリット無いし無理。」
「はあ、薄情だな、三ツ谷は。」
「その通りだよ。分かったら諦めるんだな。」

三ツ谷は眼鏡をかけ直すと、ペンを持ってガリガリとデスクの上のスケッチを描き始めた。やばい、このまま行くとお願いを聞いてもらえない。何か三ツ谷に対してのメリットを差し出さないと、これはテコでも動かなそうだ。私は頭とスケジュールを捻り出して三ツ谷のメリットになるような提案を考える。

「わかったよ。じゃあ三ツ谷の仕事一週間手伝うからさ。」

私の提案に三ツ谷が手をピタリと止めて私を見た。どうやら、猫の手も借りたいくらい忙しい状況らしい。

「三ヶ月」
「は?無理無理二週間ならどう?」
「じゃあ四ヶ月かな」

三ツ谷が楽しそうに笑う。よく見たら目の下のクマが凄いし忙しすぎて、ちょっとイカれちゃったのかもしれない。

「いや、伸びてんじゃん。無理だって。私にだって稼ぎが必要だし。」
「流石に給与は払うつもりだわ。プラス昼飯もつけてやる。」
「え……?そしたら三ツ谷にメリットなくない?」

私は怪訝な顔を隠さず三ツ谷を見る。三ツ谷は苦笑した後ペンを置いて私を見た。

「普通だったらそうなんだけど、次の案件が激重なんだよ。人手も足りないし、客のアイデアもイマイチまとまってないし、要望もふわふわしてんだよ。あちらさんの広報務めてる企業も適当でやり辛えし。ちょうどナマエが居てくれると助かるんだけど。」
「はあ、なるほどね。炎上案件ってワケね。それだけ聞いて地雷の臭いがぷんぷんする。」
「そそ。せめてそう言う判断つくやつが一緒にいて欲しいんだよ。で?実際のところ二ヶ月ならどうよ」
「あーまあ、金額によるけど。仕事の穴も少し空けることになるだろうから、三ツ谷から貰う報酬だけで私暮らしてけるかな?」
「は?舐めてんの。人一人養うくらいは余裕で稼いでるわ。」
「やだ、三ツ谷様、かっこいい。今受けてる仕事もあるから兼業になるけど、それでもよければ。」
「おう。そのへんは理解してるから、出れる時間で構わないよ。これからスケジュール確認しようぜ」

そう言うと三ツ谷は携帯を開いてポチポチと手帳アプリを開いた。携帯からチラッと見えた限り、朝から夜までビッシリ予定入ってるように見えたけど、本当に売れっ子なんだ。てか、そんな忙しいなか、私のおままごとに付き合ってくれる時間取れるだろうか。

「お前とは昔に一緒に働いてたからやりやすいわ。ありがとな」
「え。いや、むしろ私がありがとうだから。本当に三ツ谷いい奴だよね」
「はぁ。いい奴、ね」

三ツ谷がジト目で私を睨んでくる。都合の良いように使ってんじゃねえぞ、という視線を感じて私は目を逸らした。何はともあれ、彼氏役を買ってくれる人がいたので一安心だ。私は一つ咳払いをして自分のカバンからスケジュール帳を開いた。

20211123


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