遠い日の青に焦がれる

「ねえ、マイキー、どう思う?」
「ん、どうでも良いと思う。」
「ちょっとー!ちゃんと聞いてよ!」

マイキーに相談した私が馬鹿だった。昔から家が近所で幼馴染の一人であるマイキーは、私の相談にさも興味なさそうに欠伸をして聞いていた。いや、もはや眼さえつぶってるし聞いてさえいなさそう。私はマイキーの肩を揺さぶって眠そうな彼を起こす。

「だってナマエずっと同じこと言ってんじゃん。その堂々巡り飽きた。」
「だって場地ってばさぁ、やっと付き合ったってのに手も繋いでくれないし、キスもしてくんないんだよ。もう付き合ってから3ヶ月もたってんのにさ。」
「ナマエに魅力がないんじゃねえの。」
「は!?マジ酷いマイキーってば。」

私は力任せにマイキーの肩を叩いた。悔しいことに一ミリも効いていなさそうで、涼しい顔で私を見ている。

「よし分かった。そんなに言うなら、俺が協力してやろうか?」

マイキーは得意そうに言うと不気味な笑顔を見せた。言葉だけ聞けば心強いが、彼のニヤリと笑う顔を見る限り嫌な予感しかしない。長年の幼馴染の勘と言うやつだ。面白いおもちゃを見つけた時と同じ表情をしたマイキーからゆっくりと距離をとる。

「謹んでお断りさせていただきます。」
「ダメー!ナマエに拒否権はねえもん。じゃあ今から俺んち行くぞー!」
「は?何でマイキーの家?」

マイキーは私の話を聞かず問答無用で私を引っ張っていく。昔から無理やりなところは変わらない。中学校に上がって少しはマシになったかと思ったが、全然そんな事はない。むしろドラケンたちがマイキーのこと総長って持ち上げるから俺様に拍車が掛かったのでは?私はこの場にいないドラケンに向かってギリギリと歯を食いしばった。今頃くしゃみしているに違いない。

そんなこんな考えているうちにマイキーの家に到着する。相変わらず立派なもんだな。昔はここの道場に通って、マイキーと場地たちと一緒に稽古してたっけ。昔は場地とも互角だったのに、いつからか勝てなくなっちゃったんだよね。それから私はここに通うのをやめてしまった。何だか、場地やマイキーと力の差が開いていくのを感じるたびに二人との距離も開いていってしまうように感じたから。

「何だか、マイキーの家くるの久しぶりだね。」
「そうだな。昔は良く来てくれたのに、お前すっかり場地場地場地ってそればっかりになっちゃったもんな。」

マイキーはそう言うと目を細めて私を見た。まるで責められているみたいで、私は誤魔化すように目を逸らした。

「私にも色々事情があるのよ。」
「あっそ。とりあえず、俺の部屋くるか?」
「え、あ、うん。」

私は大人しくマイキーの後ろをついていく。少し離れた倉庫のような離れの扉をマイキーは開けた。
そっか、そういえば真一郎君が亡くなってから、この部屋はマイキーの部屋になったんだっけ。私はキョロキョロとマイキーの部屋を見回した。ほとんど部屋の配置は変わってない。よくここで真一郎くんバイクいじってたなぁ。私もマイキーも場地もその様子を見るのが好きだったんだっけ。

ふと棚に目を向けると見覚えのある本に目が止まった。

「あ、これ。アルバムじゃない?真一郎くんが一時期写真にハマってさ作ってたじゃん。」
「はは、そういやあったな、そんなこと。結局途中で飽きてページ全部うまってねえけどな。」

私はアルバムをめくって写真に目を通した。そこには丁度、私と場地とマイキーの三人が道着で肩を寄せ合っていた。隣にはエマが初めて料理を作って真一郎くんに食べさせている写真がある。この時はエマが砂糖と塩を間違えてマイキーがまずいって大騒ぎして、大泣きするエマを慰めるために真一郎くんが美味い美味いって言いながらご飯を書き込んでいたんだっけ。次のページには猫に引っかかれた場地の写真が目に入る。

「ふふ。ねえ、これ、覚えてる?皆んなで拾ってきた猫に餌やってる時に、場地が餌を摘み食いしようとして引っかかれたやつ。本当に馬鹿だよね。」
「そういや、そんな事もあったな。」

マイキーも少し笑みを浮かべながら写真を覗き込んでいた。私がマイキーを見ていることに気づくと、急に真剣な顔で私を見た。

「なあ、今日はさ、昔に戻ったつもりにならねえ?」
「え?どういうこと?」
「俺のこと、今日は昔みたいに万次郎って呼べよ。」
「は?やだよ。照れるじゃん。」
「お前に拒否権はねえ。」
「はあ……本当に我儘なところは昔から変わらないんだから。」
「お前の鈍感さも昔から変わってねえけどな。」
「は?なんか言った。」
「言ってねえよ。」



補修が終わり、携帯を開くとマイキーからメールが入っていた。文面はシンプルだが、そのシンプルな文面に俺は大層いらっとしたし、とてつもなく焦った。文面にはこう書いてあった。
───今、ナマエが俺の部屋にいる。
しかも丁寧に写真までつけてやがる。いやに、このアングル近くねえか。マイキーの野郎わざとやってるとしか思えねえ。

俺は舌打ちをひとつすると、急いでマイキーの家に向かった。あいつは俺とナマエが付き合ってるのを面白がって、たまにチョッカイをかけてきやがる。

マイキーの家に着くと、ドアの前まで大きな声が聞こえて来た。

「い、いたたた!痛いんだけど!万次郎!」
「うるせえ。耐えろ。」

あ?万次郎だと、何で急に名前で呼んでんだよ。意味分かんねえ。

「いや無理だから!入らないっていたたた!」
「もうちょっとで入るって。」

は!?こいつら何やってんだよ。入る入らないってナニの話してんだよ。俺は慌てて部屋のドアを開ける。

「お前ら何やってんだよ!」
「あ、場地。」

ドアを開けると昔の胴着に腕を通しているナマエが目に映った。マイキーは胴着とナマエの腕を掴んで楽しそうに笑っていた。様子を見る限り昔の道着を無理やり着せて遊んでいたらしい。

「ククク、なーに慌ててんだ?場地」
「うっせえよ、マイキー。オラ、ナマエは帰るぞ。」
「え、あ、うん。じゃあね、万次郎。」
「じゃあなー。」

マイキーのやつ、俺が焦ってるのを分かっててやってやがるのがムカつく。ナマエの方をみればマヌケな顔で俺をみている。昔からそうだ。ナマエが好きな俺と俺を揶揄うマイキー、それから何にも分かってないナマエ。
その関係がやっと前に進んだってのに、やすやすとマイキーに渡すわけねえだろ。



マイキーは手をふりふり振ると、私にウインクをした。なに、どういう心境でソレやってんの。場地は私の方を見ずにズンズンと歩きながら私の手を引っ張った。そういえば、当初言ってた手を繋ぎたいって願いは図らずも達成してしまった。ナニコレ、マイキーのおかげ?すごくない。マイキーさまさまなんだけど。私は場地の手から伝わる体温にじわじわと顔が熱くなってきた。

「お前さぁ、何でマイキーのこと名前で呼んでんだよ。」
「え、だってなんかマイキーが昔を思い出して名前で呼べって言うからさ。」
「で、家に行ったのは?」
「マイキーが家で遊ぼうって。」

不意に圭介が私の頭を片手で掴んで握ってくる。

「イダダダダ!?私は握力計測機じゃないですが、圭介くん!?」
「お前はちっとは自覚しろ。」
「え、だから、何が?」
「マイキーも男なんだから警戒しろって事だ。それにお前は俺のカノジョだろ。」
「へ。」

私が目を丸くして場地を見ると耳まで真っ赤になった場地が目を逸らす。

「も、もしかしてヤキモチ?」
「そうだったらなんだよ。悪かったな心が狭くて。たとえマイキーでもナマエが男と二人で遊んでんのはモヤモヤすんだよ。」

え、何それ。場地、めっちゃ私のこと好きじゃん。私の口角は自然と上がる。普段はツンツンしてて、そんな風に私のことを思ってくれてるなんて思わなかった。

「何ニヤニヤ笑ってやがる。」
「だって、場地が私の事好きなんだって分かって嬉しい。」
「はぁ?意味わかんねえこと抜かすな。好きでもねえ奴と付き合うわけねえだろうが。」
「そっか。ふふふ。」
「その気持ち悪い笑い方やめろ。」

場地が私の両頬を掴んで引っ張る。どんな行動も今は照れ隠しだと分かっているので愛しくて仕方がない。

「なんか安心した。」
「あ?何がだよ。」
「だって場地ってば付き合ってるのにキスもエッチもする気配ないんだもん。」
「ああ!?」
「でも、私のことちゃんと好きだった。」
「チッ」

場地は舌打ちすると私の腕を掴んで引き寄せた。目つきの悪い瞳が睨みつけるように私を見下ろしている。わあ、相変わらず人相悪いんだから。ボンヤリとそんなこと考えている間に、唇に柔らかい感触が触れた。少しかさついた柔らかい唇の感触だった。

「お前のこと大事にしてえんだよ。これで我慢しろや。」
「は。」
「それから、俺のこと名前で呼べ。」
「は!?」

そう言うと場地は───いや、圭介は私を置いてサッサと歩いて行ってしまった。

「ちょ、ま、け、圭介!」
「さっさと着いてこいや。」
「全くもう。ツンデレなんだから。」
「意味わかんねえこと言ってんな。」

圭介の隣に並ぶと、彼が私のでこを人差し指でぐりぐりと押した。

20211108
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