2005年11月03日 貴方に贈る


「きて───・・・起きて、場地くん。」
「あ?───あ?」

目を開けると、頭にドーナツみたいな白い輪っかをつけたナマエがいた。これは夢か。いや、夢に違いない。
俺は死んだと思っていたが、ここは地獄というには余りにもふわふわとしていた。それにしても、何て可笑しな夢だろうか。好きだった女が天使になって現れるなんて。自分の幻想に恥ずかしくなってくるくらいだ。

「やっと起きた。よく寝てたね。」
「夢で起きるなんて意味わかんねえな。」
「違うよ。ここはあの世だよ。」
「なんて馬鹿みたいな夢だ。」

改めて状況を見ると、益々おかしかった。あたりは花一面に囲まれていて、遠くに川と小さな木の家が見える。それから自分の頭にも何かがふわふわと浮かんでいるのが視界の端に見えた。もしかして、俺自身も変な輪っかみたいなのついてんのか。

「どうやら、私の言ってること信じてないみたいだねえ。」

ナマエは両腕を組んで暫く考えるような仕草をしたあと、何かを閃いたというように俺の手を引いた。彼女の手からは確かにあたたかな体温が伝わってきた。小さくてぽかぽかとしたカイロみたいな手だ。俺は起きかけのぼんやりとした頭で、こんな夢も悪くないと、そう考えていた。ここ最近は俺自身が一虎のことを、東卍のことを、何とかしなくてはと、ずっと気を張り詰めていた。人の体温のあたたかさに、今までピンと張っていた糸が緩んで少しホッとする。

「ほら、ここを覗いてみて。」

彼女は手を引くと、俺を川のそばまで連れて行った。俺は彼女がしているのと同じように屈んで川の底を覗き込んだ。そこには、不思議なことに一虎とドラケン、武道が映っていた。場所は刑務所のようにみえる。どうやら、これは俺の死後を仮定しての夢らしい。あれから、一虎は捕まって刑務所に入ったということか。俺は下唇を噛んで様子を見る。

「マイキーからの伝言だ。"これからも一虎は東卍の一員だ。オマエを、許す。"」

俺は目を見開いた。ドラケンと一虎のやりとりを聞く限りだと一虎は自分の罪を認めて、反省しようとしているようだった。しかも、マイキーは一虎のことを許して東卍の一員でいることを許した。これはただの夢かもしれないが、俺の願いが叶ったということだ。俺はポカンと口を開けて川の中をずっと見た。

「頑張ったね。場地くんの想いが周りに伝わって一虎さんを、マイキーさんを、花垣さんを、それからちーちゃんを変えたんだね。」
「ナマエ。」
「お疲れ様。もう肩の荷を下ろして休んでいいんだよ。」

俺は安心としたとも、悲しいとも、嬉しいとも違う、よく分からない感情が入り混じって涙が出た。慌てて彼女と反対方向を見て涙を拭う。

「うるせー。」
「ふふ、少しは夢じゃ無いと信じてくれたかな?」
「信じれるわけねえだろ。でも夢でも良い。それでも、よく分かんねえけど、良かったと思える。」
「───そっか。」

彼女は優しく微笑むと、また俺の手を取って引っ張った。

「おい、引っ張んな。」

俺は口では否定をしながらも、俺を掴むその手を振り払おうとしなかった。このまま身を委ねていれば、もっと良い夢を見られるかもしれないと思ったからだと思う。

「いいからいいから。こっちきて。」

そう言うと、彼女は側にあった家に俺を招き入れた。中は小洒落たログハウスのようだった。中には沢山の花が飾られている。不思議なことに家の中には菊や百合の花が沢山あった。賑やかで明るい彼女には少し不釣り合いだと思った。

「ジャーン!」
彼女はそう言うと俺の前にペヤングを差し出した。俺は目を白黒してペヤングと彼女の顔を交互に見る。彼女は俺の反応をみて楽しそうに笑った。

「これね、ちーちゃんがお供えしてくれたペヤングだよ。誰かが私たちにお供えしてくれたものはね、私たちの手元に置く事ができるんだよ。」
「なんだ、そのハイテクシステム。」
「これ食べる?」
「食えんのか?」
「うん。普通のペヤングだからね。」

彼女はそう言うと、お湯を沸かして砂時計をひっくり返した。彼女がひっくり返した砂時計の隣にはもっと大きな砂時計が置いてあった。砂は残り3分の1ほど残っている。
俺が大きな砂時計に気を取られていると、彼女が出来上がったペヤングを俺の前に置いた。

「どうぞ。」
「いいのか?」
「うん。場地くんのために作ったからね。」
「お前も食うか?」
「うんん。ちーちゃんが場地くんのために届けてくれたものだから、場地くんだけで食べて。」

俺はお言葉に甘えて割り箸を割るとペヤングを書き込んだ。ソースの香りといい、海苔の風味といい、これは間違いなくペヤングの味だ。夢は味覚も風味も感じるものなのか?これは、もしかして本当に夢じゃないのか?

「どう?」
「うめえ。」
「はは、それはよかった。」
「ここは本当にあの世なのか?」
「うん。そうだよ。やっと信じてくれた?」
「まだ半分くらいだな。」
「もー疑り深いなぁ。」

ナマエが困ったように眉を八の字にして笑った。

「何でここには俺とお前しか居ねえんだよ。」
「死んだときに思い浮かべた人が同じだった場合、一緒に過ごすことが出来るんだよ。もちろん望めば別の人にも会えるよ。手続きは必要だけどね。」
「何だそりゃ。変なシステムだな。」
「そうかもね。意外と業務的だよね。あの世。」

俺はデカイ砂時計に吸い込まれるように目を向けた。砂は気付けば先ほどよりも幾分か減っているようだった。

「これは何だ?」
「私がここに入れる時間だよ。」
「は?」
「私の役目は場地くんにあの世の案内をするために来たから。」
「どう言う意味かサッパリ分からねえ。」
「そのままだよ。私は役目を終えたら、また次の役目を真っ当しなきゃいけないの。」
「次の役目って何だ?」
「魂の生まれ変わりだよ。次の人生を始めるための準備をしなきゃいけないの。」

ナマエは妙にキッパリとそう言った。全部本当のことのようだった。だからこそ胸がグッと苦しくなる。

「やっぱり夢だろ、これ。」
「どうして?」
「何で会えたのに離れなきゃいけないんだよ。こんなことあるか?」
「ふふ。そんなこと言ってくれるの嬉しい。」

彼女が余りにも嬉しそうに笑うので、俺は自分の言ったことに少し恥かしくなって視線を逸らした。今覚えば好意を示したも同然のことを言ってしまった気がする。今更といえば今更だが、そんな形で自分の気持ちが露呈するのは気恥ずかしかった。

「場地くん、私は待ってる。何十年経っても、貴方が会えるのを。何回も君のことを見つけられたんだから、もう一回くらい楽勝だよ。だけど、今日は、どうか───」

俺は彼女の返答を聞く前に彼女の手を取って引き寄せた。想像よりも小さな体が自分の胸にすっぽりとハマる。震える彼女の顔を覗き込めばうっすらと涙の膜が瞳を覆っていてキラキラと輝いていた。
俺は濡れている唇にそっと自分の唇を重ねた。



「あ、いた。探したよ。またここ来てたんだ。」
「あ?何だよ、お前か。」
「この黒猫よく見てるね。」
「おう。今度の誕生日に買ってもらうんだ。」
「そうなんだ。」

千冬は最近よく見る小学校低学年ほどの二人組を見た。どこか懐かしい雰囲気がしてついつい目配せをしてしまう。男の子の方は黒猫がお気に入りのようで良く見に来ていた。男の子は一通り黒猫を眺めると満足したようで颯爽と店を出て行った。隣にいた女の子は黒猫に夢中になっていたせいか、一白置いてきょろきょろと隣を見回したあと、店から出ようとしている男の子を追いかけた。

「あ、けいちゃん、待ってよ。」
「──けいちゃん?」
「ん?なあに、お兄さん。」

ついつい聞こえたあだ名が何となく気にかかって口に出してしまっていた。千冬はしまったと口を抑えたが、女の子は呟きが聞こえたのか不思議そうに千冬を見上げていた。彼女は丸い目をしている。別に、その顔はどのパーツをマジマジと見ても見覚えのある顔ではなかった。

「あの子の名前、けいちゃんっていうの?」
「うん。けいいちろうだよ。どうして?」
「あ、そっか──いや、何でもねえよ。気をつけて帰れよ。」
「うん。松野さんありがとう!またくるね!」

彼女が俺に大きく手を振って店のドアをくぐる。店外にはけいちゃんと呼ばれた少年が不機嫌そうに彼女を待っていた。少年の顔も別に見覚えのあるものではないのに、どこか二人を見ていると懐かしい気分を感じるのだ。

千冬は、手を取って歩いて行く二人の小さな背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

20211103
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