恋をするなら君がいい

恋バナが嫌いだった。

だって好きなんて感情良く分かんないし。友達と何が違うのって思う。だけど、白けたこと言うと仲間外れにされるから、昔から適当にクラスの子の名前あげて誤魔化してた。その際に気をつけなきゃいけないことは、人気な子をうっかり上げちゃうとヤバいことになるってこと。女の修羅場ってのはマジで面倒くさいからね。隣のクラスの松野くんの名前なんてあげようものなら大変なことになる。彼は不良で怖いけどイケメンだから良くモテるらしい。

「ねえねえ、ナマエちゃんは同じ学年だったら誰がタイプ?」
「え、た、タイプ?」
「そうそう!私はねー同じクラスの健くんかなー。」
「あー、そうなんだ。かっこいいもんね。さおりちゃんもかわいいし美男美女でお似合いだと思うよ。」
「やだー!もう!」

さおりちゃんが私の背中をパンチングマシーンみたいに勢いよく叩く。さおりちゃんは明るくて話しやすい子だけど盛り上がると勢いよく叩いてくるから、ちょっと困る。

「で?ナマエちゃんはどうなの?」
「え、そんなのいないよ。」
「またまたー。好きな人じゃなくてタイプだよ?いるでしょ?」
「え、いないけどな。」
「そう言うの良いってば!誰かいるでしょ!タイプくらい。」

さおりちゃんは私の回答になおも食い下がる。これは私が何かしらの回答をしないとテコでも話が進まないパターンの奴だ。私はさっさとクラスの掃除終わらせて帰りたいんだけどな。手元にある箒を忙しなく動かしながらも、私はどう答えたものかと頭を捻らせた。誰とも好きな人が被らなそうな人……大人しい人で言えば田中くんだけど、顔が整ってるから人気かもしれないし。おちゃらけキャラの大野くんは明るい性格しているから、性格で好いてる人もいるかもしれない。
ああ、どうしよう。好きな芸能人の名前をあげるか?いや、なんか、この雰囲気はそれじゃ逃げれなさそう。あ、そうだ。最近、隣の席になった場地くんの名前をあげるか。テストの丸つけ交換で喋るようになったから良い子だと知ってるけど、何故かクラスではもっぱら変人だと噂されてる。恐らくはビジュアルが一昔前のサラリーマンみたいなシチサンヘアに瓶底みたいな眼鏡をかけているからだと思う。どういう繋がりか、隣のクラスの松野くんと仲が良いみたいだけど、彼を好きだとか好ましいと言っている人は未だかつて見たことがない。

「はあ、じゃあ、場地くんかな。」
「え、場地くん!?ナイナイ!なんであんなシチサン眼鏡が好きなの?」
「いや、好きじゃないってば。タイプでしょ?それに格好は変わってるけど、性格は素直で結構良い子だったよ。」
「それにしてもじゃん?しかも場地くんって黒い噂も聞くよ?暴走族だったとか。昔は少年院いたとか。」
「(別に好きじゃないし私には関係ないから)そんな話はどうでも良いかな。」
「え、」
「え?なんか変なこと言った?私」
「ナマエ、そんなに場地くんのことを……私が間違ってたわ。ごめんね!」
「へ、何が」
「照れなくていいって、私ナマエの恋応援するし、秘密にするから。」
「いや、だから別に好きなわけじゃないってば。」
「照れなくて良いってば!さ、早く掃除終わらせて帰ろう!」
「はあ……。」

私は数日後におしゃべりな女の子が言う"秘密にするから"とか"口が硬いから"って大体あてにならないって事を学ぶ。もしかすると、多くの人間がそういった被害に遭って大人の階段を登っていくのかもしれない。そう、秘密の話ってのは人を選んですべきだったのだ。
さおりちゃんはペラペラと私の好きな人が場地くんだと色んな人に吹聴をしまくっていた。しかも、よく分からないお涙頂戴みたいな話をつけ加えて。私の友人には誤解を解くことは出来たが、その他の人間には誤解を解く隙も与えられないくらい、あっという間に噂が広まった。なーんか嫌な予感はしてたけど、誇張された噂がここまで広まるとは。まあ、私に好きな人がいるでもないし、噂の渦に巻き込まれた場地くんも気にしている様子はないので実害はないと言っていいのだろうか。
肩を落とす私の背中を友人が気の毒そうに叩いた。同情するなら金をくれって言うけど、今は同情さえも有難いよ。

そして数日後に更に問題が発展した。

「おい、お前か。ミョウジナマエってのは」

帰宅部の私が真っ直ぐに家に帰ろうとした時、隣のクラスの松野くんが私を引き止めた。松野くんの顔は蛙を仕留める蛇のような顔をしていて、とても平穏そうな用事だとは思えない。周りのみんなはヒソヒソと声を潜めて成り行きを見ていた。その様子に松野くんは舌打ちを一つすると、私の腕を掴んで人気のない空き教室へ引っ張っていった。

「で、お前がミョウジだよな。」
「そ、そうです、けど。」
「場地さんのこと好きなのか。」
「えっ!?あ、それは誤解というか。」

まさか、隣のクラスの松野くんにまで噂が広まっていた。恥ずかしさに頭から火が出そうになる。私は慌てて誤解を解こうと口を開いた。

「あ?なんの誤解で場地さんの名前を出すんだよ。」
「ヒイッ」

松野くんは私の言葉に機嫌悪そうに表情を曇らせると近くにあった椅子を蹴った。私はビビって情けない声をだす。下手なこと言ったら私はリンチされるのでは?血の気がどんどん引いていく気がする。

「お前、場地さんがどんな人間でも自分には関係ないって言ったらしいな。」
「え!?(なんか誇張されて伝わってない!?そんな事言ったっけ)」
「言ったのかどうかって聞いてんだよ。」

松野くんが足で私の後ろの壁を蹴り上げる。コレが所謂壁ドンってやつなのか?全くキュンとしねえよ。寿命が縮まるわ。
てか、何て言うのが正解なの、これ。
私は頭を抱えたい気持ちになった。

「い、言いました。」

ええい、ままよ。もう思ったまんまに伝えちまえと、私は意を決して口を開いた。

「……どういう意味で言った。」
「え、えと(別に好きじゃないし私には関係ないから)噂話とか過去は別に気にしないし、どうでもいいかなって。場地くんが一生懸命勉強を頑張ってる姿を知っているし。悪い人には見えないかなって……思いました。」

松野くんが何も言わずに黙る。そのうち片手で目元を抑えると顔を伏せて地面を見下ろしていた。
え!?不正解だったの!?私はヒヤヒヤする心で彼の行先を見ていた。

「お前」
「は、はい」
「分かってるじゃねえか。」
「は、はあ……」
「気に入らなかったら脅してやろうかと思ったが、お前なら良いな。」
「ん?な、何がですか。」
「いいだろう。お前の恋を応援してやる。」
「え、いいですいいです!」

そんなの一ミリも望んでないし!!何でそんな展開になった!?
私の気持ちもツユ知らず松野くんは私に親指を立ててグッドサインを見せると帰って行った。まじで何なのさ、どいつもこいつもよ。話聞けってんだ。

次の日、いつも通り学校に向かうと松野くんがご機嫌そうに私の肩を肘でこづいてきた。痛えし、まじなんなんだよ、この不良。自分の力量見極めろや。とても面と向かっては言えないが、心の中で毒づく。すると、彼の後ろから場地くんが出てきた。そういえば、彼らって仲良いんだっけ。今日も場地くんは目が見えないほどの瓶底メガネと髪型をシチサンにまとめている。そのビジュアルに今はホッとするくらいだ。

「お前さ、俺のこと好きって聞いたけど本当なのか?」

場地くんが私にグッと顔を近づけて言う。これは場地くんの癖だ。たまに勉強教える時もこうして、顔を近づけて来ることがあるから男慣れしてない私は少し動揺する。ただでさえ噂のことを言われて恥ずかしいのに、男の子に顔を近づけられて顔が赤くならないはずがない。

「え、あ、それは……」

チラリと場地くんの後ろを見ると、松野くんが「テメェ、分かってんだろうな。どう答えるべきか。」とでも言いたそうな迫力で視線を向けていた。何これ、新種の拷問?場地くんを使って私を虐めるとか新手すぎない。そんなに私に辱めを受けさせたいのか?とは思うものの、度胸がミジンコの私は松野くんの圧に抵抗出来るはずはなかった。

「そうです!!!」
「うお、いやに威勢がいいな。」

私の元気のいい返事に場地くんが肩を揺らして驚く。

「まあ、色々事情があり。」
「ふうん。それはどうでも良いけど、俺もお前のこと好きだぜ。」
「え!?」
「俺たち付き合うか。」

場地くんがにっと笑う。目元は敏ぞこメガネで良く見えないけど、口元と眉毛は嬉しそうにはにかんでる。まさか、彼が私のこと好きなんて予想外だった。好きなのは誤解ですって言いたいけど、場地くんといい、後ろの松野くんのといい、とても雰囲気をぶち壊せる感じじゃない。良心がばっこんばっこん痛んでる。

「よろしくな。ナマエ。」
「ヨ、ヨロシクネ。」

いやいやいや、きっと、場地くんと付き合ったからって急に何かが変わるわけじゃない、よね。私はそう願って場地くんに差し出された手をそっと掴んだ。



その日の放課後、松野くんが変な気を利かせて場地くんと私を放課後デートするように仕向けた。慌てて静止しようとしたのに松野くんが「分かってるよ、お前の言いたいこと」みたいな顔でウインクされた時は、うっかり中指を立てそうになった。キャラブレしすぎだろ、松野くん。
すっぽかしてもよかったが、場地くんを待ちぼうけさせるのも悪いし、キレた松野くんは流石に怖い。小心者の私は待ち合わせ場所の公園で場地くんが来るのを待った。

付き合ったのバレたら、またさおりちゃんあたりがダル絡みしてきそうなので、お互いのためにも秘密にさせていただくことにしたのだ。

待つこと数十分。遅いなあと時計を見ていると遠くから地を這うようなバイクの排気音が聞こえた。ついつい顔を上げると、明らかに柄の悪そうな不良と目があった。え、怖い。

「おい、ナマエ。」
「え、あ、だ、誰ですか。」
「あ?なに変な冗談言ってんだ。俺だよ。」

オレオレ詐欺の常套手段じゃん!!

「お、お金は持ってません!!」
「は?あ、そうかコレしてねえからか。」

不良がポケットから眼鏡をだしてぷらぷらとふる。良く見ればソレは場地くんのだった。まさか、場地くんに何かあったのかな!?だから来るのが遅いのかもしれない。

「あ、あの、ば、場地くんに何かしたんですか。」
「あ?」
「場地くんは今どこにいるんですか?ソレは場地くんの眼鏡なんで、か、返してください。」
「だから俺だよ。何で分かんねえんだ?」

強面な不良はそういうと、ぐっと顔を近づけて呆れた顔で私の顔を覗き込んだ。私は2、3秒後に彼の輪郭を捉えて、初めて目の前の強面の少年が場地くんだと気づく。

てか、え?聞いてないよ?場地くんってマジに不良だったの?後ろのってバイクだよね。しかもめちゃくちゃに改造されてるやつ。おいおいおいおい、こりゃあ益々私の好意が誤解だと言えねえ状況になっちゃったじゃあないか。もしバレたら、私とバイクをチェーンでつなげて町中走らされるかも。私は背筋が寒くなるのを感じて姿勢を正した。

「ほ、本当に場地くんなの?」
「そうだって言ってんだろ。ったく。でも、まあ、俺を心配してくれたのは伝わったぜ。」
「へ」
「ありがとな。」

そう言うと彼はニッと笑って人懐っこそうな笑顔を見せた。いつもは瓶ぞこメガネで見えなかった笑顔だが、今日は彼の顔面を防御するものが何もないので、直接私の視界にダイレクトアタックをかましてくる。
なんというか、その、私は男慣れしていないので、不覚にも男の子の無邪気な笑顔に胸がグッときました。
しかも、よく見たら場地くんって顔がとても整っていてイケメンだった。なにこれ、少女漫画?

さらに彼は私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくるものだから。顔から汗が吹き出そうなほど熱くなってしまった。
私の反応に場地くんはうつったように照れた顔をすると、私の身体をグッと抱きしめた。すぐそばから男らしい汗と香水の香りがして、それからどちらとも分からない心臓が鼓動する音が伝わる。

「あんま可愛い反応されると我慢できなくなるからヤメロ。な?」

耳元で囁かれた低い声は余計に私の心臓の鼓動を早めるだけだった。

もう私は二度と友情と恋愛の違いって何なの?とか言わないかもしれない。

20220110
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -