弱虫な僕ら

どんな人でも話せば分かり合える、なんて嘘だ。それを初めに言った人間は幸せな人生を歩んでいて、何があっても許せないほど憎い人間に出会ったことがないに違いない。

私は知っている。この世には、どう逆立ちしたって和解できないような関係があると。

「くたばれ、場地圭介。」
「あ、なんだよ、クソ女。」
「毎回同じこと言ってんじゃん。しょぼい語彙力だね。アンタが馬鹿なのが伝わってくるよ。」
「てめえ、女だからって俺が大人しくお前の言葉聞いているだけだと思うなよ。」
「それいつも言ってない?マジでつまんないから、その脅し文句。」
「殴る。決めた。」
「お、落ち着いてください。場地さん、お前もさっさとどっかいけよ、ナマエ。」

私は下唇を噛んで場地圭介を見つめる。千冬は当たり前のように場地圭介側について彼を抑えて私を睨んでいる。コイツが居なければ、千冬の隣はずっと私がいられたのに。

ここで少し私の話をしよう。
松野千冬は私の幼馴染だった。物心ついた頃から千冬の隣には常に私がいたし、何かある時は千冬も決まって私にいろんな話をしてくれた。そんな関係が変わってしまったのは、場地圭介が千冬の前に現れてからだ。私の特等席だった千冬の隣は、いつも間にかロン毛にすげ変わっていて、千冬が飼いはじめた黒猫のエクスカリバーでさえも(今は場地圭介によってペケJと名前を変えられてしまった。私は悔しくて頑なに初めて千冬が名付けた名前を呼び続けている。)私よりもロン毛に擦りつくようになってしまった。コイツが現れたせいで私の周りからは大切なものが奪われていってしまうように感じた。そんな人間を好きになれる奴がいるだろうか?否、そんなわけねえ。

「本当にしね、場地圭介。」
「おい、てめえ、そこ動くなよ。今殴ってやるからな。」
「やだね。クソ野郎が。」

私は場地圭介に吐き捨てるように罵詈雑言を投げかけると、馬鹿にしたような顔をしながら、その場を後にした。別に千冬を取られて悔しいから子供じみたことをしているわけではない。断じて。意外と私は忙しいのだ。

千冬と場地圭介のもとを離れて向かったのは、最近よく来る場所。自宅近くのコンビニの裏手にある小さな通りだ。

「やあ、元気にしてたか。」
「にゃあ」

ここには最近子猫が住み着いた。最初この猫に会った時は、お腹を空かせてガリガリに痩せていたが、私が頻繁にミルクをあげていくうちに、みるみると元気になっていった。

最近は場地圭介のせいで千冬ともエクスカリバーともうまくいっていなかったし、子猫が必死に私を求める姿に心は満たされていった。

「今日は奮発して良い猫缶買ったんだ。」
「にゃー!」
「こらこら、良く噛んで食べて。」

私が猫を嗜めると猫は言葉が分かるかのように少しずつ猫缶を食べるようになった。私はその健気さにほくほくと温かい心で猫をみていた。ふと近くに目を向けると、餌入れの浅い皿に水が入れられていた。まだ真新しいソレに私は眉を顰めた。

「ここに誰か来たの?」
「にゃあ?」
「ほら、これ、誰かが置いてったんでしょ。」

当然だが猫は私の質問に応えることはなく元気よく鳴き声をあげた。そういえば何か毛並みも綺麗だし誰かがブラッシングでもしたのだろうか。私は猫好きの誰かを想像して頭を傾げた。まあ、ここまで丁寧に世話をしてくれるということは悪い人間ではないのだろう。私は疑問を頭の隅に片付けて猫の喉を撫でた。ゴロゴロと甘える声に私の心は癒された。



数週間後にお気に入りの場所に行くと場地圭介がどっかりとその場所に座っていた。彼のあぐらには猫が幸せそうに寝ていた。

そんな、お前もか。この浮気者。私は歯を食いしばりながら涼しい顔で此方を見ている場地圭介を思い切り睨んだ。

「お前だろ、こいつによく飯あげてんの。」
「最悪、アンタもここに来てたなんて。もうここには一生来ないわ。」

私は潤む視界を誤魔化すように踵を返して帰ろうとした。なのに、私の手を場地圭介が掴んできた。ムカついて思い切り振り払おうと振り払ったのにびくともしない。余計にムカついた。

「おい、待てよ。別に俺はもうここに来ないから、お前が来ればいいだろ。」
「うるさいな。ほっといてよ。あんたと一緒の場所にいたってことだけで、こっちは最悪なの。」
「はあ?猫にはそんなの関係ねえだろ。」
「私がここに来ないことだって場地には関係ないじゃない。アンタに触られるだけで虫唾が走るんだから早く離してよ。」

ちっとも離す様子がない場地圭介に、私は癪になって顔を上げて奴を睨みあげた。場地圭介は、私の顔をみて狼狽したように目を見開く。その反応に私の涙腺は刺激されて、ぼろりと涙が一粒頬に溢れた。大嫌いなコイツの前で泣くなんて最悪。私は慌ててもう片方の手で目元を拭った。

「なんでお前はそんなに俺のことが嫌いなんだよ。」
「そんなの、」

言えなかった。千冬の隣をとられたからなんて、そんな子供っぽいこと言えるはずがない。私は悔しさに唇を噛む。

「アンタに答える義理はない。」
「お前、もしかして千冬が」
「黙れ。検討違いなことを言うな。私と千冬は兄弟みたいなものなんだよ。私たちはずっと一緒だった。」

だから余計に、場地圭介を否定するような言葉を言って無茶苦茶に傷つけてやりたくなる。たまに千冬と会ったって「場地さんは喧嘩も強くてカッケーし長い髪も似合うんだよ。」と言って、私たちの事なんて随分も長い間話してない。

「ロン毛の男が嫌いだからよ。」
「は、」
「髪の長い男って本当に気持ち悪い。アンタの全部が嫌いだけど、私がアンタを嫌いな理由はそれもあるから。」

私がそういうと場地圭介は今までにないくらいショックをうけたような顔をしていた。今までどんな言葉を吐いても飄々としていた彼がそんな表情をするなんて。少しばかり良心が痛まないこともない。いや、やっぱり痛まない。コイツのせいで私の大事なものがいくつ奪われたことか。少しくらいコイツだって傷ついたっていいだろう。

私は場地圭介の力が弱くなったことを見計らって腕を振り解いて逃げ出した。場地圭介は追いかけてくることも、言い返すこともしてこなかった。ただ呆けた顔で立ち尽くしていた。ざまあない。



「おい」

私は数週間ぶりに聞き覚えのある声を知らんぷりして帰路につく。

「おい、聞こえてんだろ。おい。」

しかし、私を呼び止める声は諦めることなくいつまでもついてくる。まあ家の方向が同じだから仕方ないのかもしれないけど、本当にしつこい。うざい。

「ついてこないで、キモいんだけど。」
私は振り返る事もせず、淡々と歩きながら言った。

「あ?家の方向同じだから歩いてるだけだわ。それよりもキモいって言うの辞めろ。普通に暴言吐かれるよりも傷つくんだよ。」
「いい気味じゃん。本当にしつこいしキモいよ。」

後ろから舌打ちをする音が聞こえる。ムカつくなら関わらなきゃいいのに。私は歩みを早めて場地圭介から距離をとろうとした。

「おい、あの猫。お前に会いたがってんぞ。」
「うざ。猫の言葉なんて分かるわけないのに何言ってんの。」
「言葉なんて無くてもわかんだろ。元気なくて飯もあんまり食わなくなってんぞ。」
「うるさい。そもそもアンタのせいよ。アンタが私の前に現れてから猫も千冬も───」
「聞こえねえよ。文句あるなら、こっち向いて言えや。」

場地圭介が私の手首を掴んで引っ張る。コイツは本当に人のことを物かなんかだと思っているのか、ぽいぽい腕を掴むんじゃねえよ。イラッとして場地圭介の顔を睨もうとしたが、正面に見えた顔をみて開いた口が塞がらなくなってしまった。

「アンタ、その髪型」

場地圭介は恥ずかしいのか頬を少し赤らめてそっぽを向いていた。いつもであればロングヘアが彼の表情を隠しているが、今日はハッキリと顔を見ることができた。何故なら、彼は髪をバッサリと切ってショートと呼んでいい長さまで揃えられていたからだ。マッシュヘアで整えられた髪の前髪をセンターパートで分けていて、憎いことに良く似合っていた。あまりにも雰囲気が変わってしまったので、別人なのではないかと目を擦ってしまうほどだ。

「あんまジロジロ見んじゃねえよ。」
「いや、アンタが話しかけて来たんでしょうが。」

髪を切るだけで、こんなにも人の印象は変わるものなんだなと驚きだった。彼のことが嫌いなことには変わりないけど短髪の姿は一見そこらにいる好青年にみえる。柄の悪そうな雰囲気はどこかにいってしまった。見た目だけで言えば自分の好みな雰囲気だった。

「お前が俺のこと嫌いなのは知っているけど、そのままじゃ困るんだよ。」
「はあ?意味分かんないんだけど。」
「お前言ってただろ。髪長え男は好きじゃないって。」
「だから何よ。意味わかんないって。」
「は?なんで分かんねえんだよ。お前のタイプになりたいって言ってんだよ。」

私はじわじわと顔が熱くなるのがわかった。それだけで、彼が自分のことをどう考えているか理解できたからだ。彼のことは嫌いだが、しょうもない嘘を吐くような男じゃない。

「……別に髪が短い男がタイプとも言ってないから、勘違いしないで。」

私は赤い顔を隠すように手を振り払って駆け出した。

20220110
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