その日の俺は運が悪かった。

 朝からテレビをつければ射手座が最下位だし、学校では生徒指導に呼び出されるし、ペヤングの湯切りが上手くいかなくて場地さんに怒られるし、とにかく散々だった。気晴らしに夜にコンビニでも行こうかと外に出れば、だせえ不良どもに絡まれた。

「おい、お前、東京卍會の松野千冬だろ?俺らとタイマンはれや。」
「あ?こちとら虫のいどころが悪いんだよ。殺されたくなかったら、とっとと散れ。」
「ぎゃはは。中坊だから数学もできねえのか。数では俺らが有利なんだぜ。」
「どうせ数でしか勝てねえんだろ。喧嘩が強い奴はお前らみたいに群れねえ。」
「はは!痛い目に遭いてえみたいだな。望み通りやってやるよ。」

不良どもはイキってた割には口ほどにもなく、5分とかからずに三人とものした。やっぱり群れてるやつってのは弱い奴らばっかりだ。俺は最後に三人の中で頭をはってそうな男にヤキを入れようと足を思い切り振りかぶった。

「おい、君!何をしてる。」

タイミング悪く警官が止めにはいる。俺は振りかぶっていた足を大人しく降ろした。

「た、助けてください。僕たち、この不良に絡まれて突然殴られたんです。」
「あ?何言ってんだテメェ。」
「ひい!もう殴らないで。」

さっきまでイキっていた不良が手のひらを返したように泣き言を言い始めた。コイツ、もしかして俺を嵌めようとしてるのか。その証拠に不良の一人がニヤニヤとこちらに向けて、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

「僕ら、頭井伊大学の学生です。きっと僕らを妬んで彼が絡んできたんだと思います。」

不良はよく回る舌をペラペラ使って、懐から学生証をだした。そこには確かに学校紋章が入っていた。コイツらが何をしたいのか分からないが余り良くない状況だと言うのは十分察する事ができる。俺は不良を殴りたい気持ちを堪えて舌打ちをした。

「君、どういうことか話してもらおう。署まできてくれ。」

警官が俺の方へ険しい表情を向ける。ほらな、やっぱり今日は運が悪い。

「あ?俺の話も聞かずに、俺が悪いって決めつけんのかよ。ちゃんと仕事しろよ。」
「何だと?生意気だな。お前がそういう態度だから署まできて話を聞こうと言ってるんじゃないか。」
「うぜーな。言い訳だろ。」

俺はどうするかと頭をかく。まあ、仕方ねえけど警官についてくしかないか。母親に、また怒られるだろうな。本当に今日は厄日だ。

「その人、手をあげてなかったですよ。」
 俺が諦めて警官の後を続こうとした時、凛とした声がその場に響いた。声の元をたどると、髪型をぺったり真ん中分けのおさげにして、黒縁眼鏡をかけた女がいた。なんか既視感のあるビジュアルだ。
「なんだ?君は」
 警官は目を瞬いて女を見る。
「わ、私、見ていたんです。初めに、そこの金髪の男の子が喧嘩をふられてて、殴られたのも金髪の男の子からでした。これって正当防衛ですよね?」
「なに、本当か?」
 女の証言に警官が疑いの目で俺と不良を交互に見た。何を信じればいいか分からないと言った顔だ。
「はい、この目で確かにみました。それに、その、そこの男の子は私を助けようと庇ってくれたんです。その人たちが私からカツアゲしようと近づいてきたから……。」
「は!?」
 不良どもの声が綺麗に揃った。女の登場は想定外だったのか、かなり慌てふためいている。

「おい、女。ふざけたこと抜かすなよ。」
「ひ、ひい!」
 不良たちが女に向かって怒鳴る。女は弱々しく顔を覆うと身体を震えさせ始めた。この女が襲われたのは事実無根の筈だが、俺さえもが騙されそうな演技だ。
「こら、君たちやめないか!詳しい話は署まで来て話してもらおうか。」
「ちょ、待ってください、お巡りさん。この女嘘言ってますよ!」
「こんなに大人しそうな子が震えて泣いて居るんだ。嘘はお前達だろ、学生証まで出して嘘をつくなんて見苦しいぞ。君、疑って悪かったな。女の子が震えているから落ち着くまで側にいてあげてくれないか。」

 それだけ言うと、警察官は高学歴の気取った不良どもを連れて去っていった。俺が呆然と彼らの背中を見ていると、横から楽しそうな笑い声が聞こえた。この場にいるのは俺と地味女だけなので、必然的に地味女が笑っていることになる。俺は引いた目で女をみた。

「はあ、おもしろ。あの学歴マウント男の絶望した顔見た?」
 彼女はそう言うと、眼鏡と髪ゴムを解いた。驚いたことに地味女の正体はナマエだった。今日は化粧をしてないようで、いつもより幼い顔に見える。

「お前かよ。」
「いや、なんかたまたま君が揉めてる所みちゃってね。相手が卑怯な真似しはじめてムカついたから口出しちゃった。余計なお世話だったらごめん。」
 ナマエが苦笑して俺を見る。初めて彼女出合った時は、男の金的を蹴り上げるような、とんでもない女だと思っていたが良い奴なのかもしれない。少なくとも今回俺が助けられたのは事実だ。

「いや、助かった。ありがとう。」
 俺が礼を言うと彼女は驚いたように目を見開いた。そして、嬉しそうに破顔する。なんだか胸がむず痒くなって俺は目を逸らした。
「あはは、どういたしまして。私の演技いけてた?」
「いや、お前がすっぴんすぎて気づかなかった。」
「は?しばくぞ。」
 ナマエのブチギレた反応に、今度は俺が破顔をした。俺が笑っているのを見て、彼女は怒る気もなくしたのか呆れた顔で俺を見ている。

「てか、お前、なんでわざわざ変装してんの。」
「は?だってあの警官の反応見たでしょ。大体の大人は見た目や世間体で善と悪を判断するんだから、私がいつもの格好で同じこと言っても全然違う展開になってたかもしんないでしょ。アンタの友達か恋人かって疑われて話聞いてもらえないとか。」
「こ、恋人!?ありえねーだろ。」
「いや、私が言いたいのはソコじゃないんだけど。まあ、いいや。」
 ナマエは興味を無くしたようにコンビニの方に足を進める。俺はその後をついていった。

「は?何よ。何でついてきてんの。」
「お礼にお前に奢ってやるよ。何が欲しいんだ?」
「マジ?それは最高。ガリガリくんとミルクティー買って。」
「おう。カゴに入れろ。むしろ、そんだけでいいのか?俺は今は気分がいいぜ。」
「じゃあパーゲンダッツ。」
「それは無理だ、バカ。」
「なんだ、無理なんじゃん、バカ。」
「あ?お前うぜえな。」
「お前もな。」
「俺のことお前って呼ぶなよ。」
「お前もな。」
「壊れたおもちゃかよ。分かったから、ナマエって呼べば良いんだろ。」
「いきなり呼び捨てかよ。」
「別にいいだろ。タメなんだし。」
「まあ、いいけど。じゃあ、私も千冬って呼ぶ。」

 ナマエがおかしそうに笑う。化粧してないせいか、妙に幼くみえて可愛く見えるような気がしないでもない。まあ、気のせいだろうけど。俺は気持ちを紛らわせるように目を逸らしてペヤングをカゴに入れた。
 てか、マイキーくんがナマエと場地さんが似てるって言ってたけど全然似てなくね。場地さんは死ぬほどかっこいいし強いし誰にも叶わないし、一方、この女はかっこいいと言うよりはかわ……とにかく、似てない。

「へへ。買ってくれて、ありがとう、千冬。」
 女が袋を掲げて俺に礼をいう。彼女が手を振るのに合わせてプリーツのスカートが揺れた。

 ああ、そういえば。今日の星座占いでラッキーアイテムはプリーツのスカートって言ってたな。俺は彼女が去っていく背中をぼんやりと見つめながら思った。


夜の窓辺で待ってて


20210925
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