渋谷区のある裏通り、趣味の悪いアロハシャツを着た不良が私のことを苛々した表情で見上げてきた。理由は臭いセリフでナンパしてきた目の前の男に耐えかねて、暴言を吐いたら手を掴んできたので出来る限りの馬鹿力で男の頬を平手打ちにしたのだ。男の頬には可哀想なことに綺麗な紅葉が浮かんでいた。まあ、自業自得なんだけどね。

「お前、生意気な女だな。」
「初対面で馴れ馴れしく触ってくるアンタも、私からしたら生意気だけど。」

 男は舌打ちを一つすると、道脇に転がっている空き瓶を拾い上げた。

「ダサ、自分より弱そうな女に絡んどいて、喧嘩でモノ使うとか。」
「上等だよ、オラ!殴られても同じセリフが言えるのか。」

 男は私に向かって空き瓶をかかげて、真っ直ぐに突進してくる。私は男の顔面へ目掛けて鞄を投げた。男は仕方なく空き瓶で鞄を払うと、もう片方の手で私の腕を掴んだ。私は躊躇なく自身の頭を男の鼻元へ目掛けて頭突きした。男は鈍い悲鳴を上げると掴んでいた私の腕を離して鼻元を抑える。手の隙間からはだらだらと血が流れていた。

「それで少しはカッコ良くなったんじゃない?」

 間抜けなツラに私は鼻で笑ってやった。男は舌打ちすると空瓶をこちらに向け投げた。避ける暇もなく空き瓶は私の鳩尾あたりに飛んできて痛みで倒れた。そこに暗い影がささる。上を向けば、今にも私を殺したそうな顔で男が睨んでいた。顔から垂れる血が私の頬にぽたりと垂れる。最悪。きったねーの。

「これからたっぷり、可愛がってやるよ、なあ!?」

 私は男の顔面目掛けて手元の石を投げてやろうと背中に回した腕で地面を弄った。しかし、それよりも早く、私の背後から誰かが思いっきり男の顔面を殴った。男は本日三度目の殴打を顔面食らうと、今度こそ地面に平伏した。

「お前、何でまた此処来てんだよ!」

 振り返るよりも早く千冬の怒号が耳をつんざく。私は制服についた汚れを払い落とすとそばに転がってるスクールバッグを掴んだ。

「仕方ないじゃん。此処にしか、いつも飲んでるジュースないんだからさ。」
「ンなの、別のモンをコンビニに買って飲んでろよ。」

 千冬が私にポーチを差し出す。鞄を投げた拍子で飛んで行ったらしい。私は千冬の手からポーチを受け取って鞄に詰めた。

「普通、こういう場面って怖くて泣くモンじゃねーの。」
「普通じゃなくて悪かったですね。千冬クンは私の泣き顔見たかったの?」
「ばっ、興味ねえよ!!お前の泣き顔なんて!!」
「あっそう。私も泣くことに興味ないから奇遇だね。」

 私は近くの自販機でいつものジュースを2本買うと1本を千冬に渡した。

「助けてくれて、ありがとう。迷惑かけたのはゴメン。」
「ま、まあ良いけど。てか、マジであぶねえから此処には、もう来んなよ!約束しろ!」
「え、ヤダ。」
「ハァ?俺はお前を心配して言ってんだぞ。」
「だって、仕方ないじゃん。」
「ジュースなら別の飲めばいいだろ!」
「違う。それもあるけど、此処にこれば千冬に会えると思ったし。」
「は!?」
「それに場地さんも。」

 自分で恥ずかしいセリフ言っといて、私は照れた顔を見せまいとプルタブを開けてジュースを仰ぐ。千冬も沈黙の後、私に倣ってジュースをちびちびと飲み始めた。

「まだ場地さん帰ってきてないんだ。」
「───エマにでも聞いたのかよ。」
「うん。」

 私の返答に千冬が溜息をつく。何に対しての溜息はなんとなく想像がついた。

「まだ戻ってねえ。」
「でも、千冬も場地さんは戻ってくるって信じてるんでしょ。」
「は、」
「え、違うの?」

 私の言葉に千冬が驚いた声を上げる。私はそれに呆気を取られて千冬を方を見た。ジュースの缶が汗をかいて私の手をしっとりと濡らした。

「私は場地さんが本気で東卍を辞めただなんて思ってないよ。」
「……よく分かってんじゃねえか。」

 千冬は私の一方的な言葉に百面相をした後、最後は不満そうな顔で私の言葉に肯定を示した。

「ふ、すごい上から。」
「うるせー。」

 ぼんやりと千冬を見ていると痛そうなガーゼが目につく。以前会った時よりかは痛々しさがマシになってはいたものの、以前怪我は治ってないらしい。私は千冬の左頬に手を伸ばした。千冬に怒られるかと思ったけど、彼はピクリと反応しただけで何も言われなかった。

「痛そうだね。」
「いや、もう別に何ともねえよ。」
「そっか。早く治るといいね。」

 さっきから自分は何をしているんだろうと、千冬に触れていた手を引っ込めようとする。その手を千冬が握った。

「お前の考えてることって本当に訳分かんねえ。考え無しの行動ばっかするし。人の言うこと全く聞かねえし。」
「え?急に何。当人を前に悪口?」
「でも、俺はお前のこと割と嫌いじゃねえ。だから、ここに来たい時は俺に連絡すれば良いし、俺に会いたい時は俺に連絡しろよ。場地さんに合いたい時は───場地さんは忙しいから俺に連絡しろ!」

 千冬の言葉にお腹の底からグッと嬉しい感情が広がって笑い声が漏れていた。千冬は自分のした発言が恥ずかしくなったのか耳まで赤くして「何笑ってんだ、ゴラ。」とコッチにガンを飛ばしていた。今は何を言われても許してしまいそうなほど、嬉しくて、おかしい。

「うん。そうだね。そうする。───ありがとう。」
「───おう。」

 私の言葉を聞いて千冬が無邪気に笑った。花が咲くみたいに笑うんだなと思った。こんな表現、ロマンチストみたいで変だけど、私にはそう例えるしかないほど、彼の表情が綺麗に見えた。名前が体を表すように千冬は綺麗でカッコいい人と思う。だから私は彼が好きになっていく。

 私は熱くなる顔を覚ますためにジュースを一気飲みして空き缶をゴミ箱に投げた。



 先日、エマから電話が入り場地さんの訃報を聞いた。エマは昔から知る友人の死に声を震わせた後、静かに泣いていた。私は場地さんのことを思い出して、それから千冬のことを想った。

 葬儀は親族のみで慎ましやかに行うとのことで、私は最後に場地さんと顔を合わせる事は出来なかった。

 数日後、場地さんのお墓に行くと、千冬が一人でポツリと立っていた。その後ろ姿が凄く寂しそうで私は喉がひりついて言葉を出すことができなくなった。視線を感じたからか、千冬は振り返ると私の方を見て目を丸くした。

 私は何も言わずに千冬の隣に立つと場地さんのお墓へ手を合わせて目を瞑った。多くを話すことはなかったけど、ぶっきらぼうの中に友達のことを思う気持ちがみられる場地さんの人柄が私は大好きだった。

 目をゆっくりと開けて、千冬の方を見上げると呆然とした顔で目の前を向いていた。どこにも行こうとしているわけではないのに、ほっといていたら千冬がどこかに消えちゃいそうな気がして、私は千冬のパーカーの袖口を掴む。

 千冬のターコイズブルーの目と視線がかち合う。いつもはキラキラ輝いているように見える千冬の瞳が、今日は虚にみえた。途端に場地さんと千冬たちと過ごした時間を思い出して胸が熱くなる。

 涙は出なかった。出せるわけなかった。千冬よりも私は場地さんと居た時間が長いわけでもない。そして、きっと千冬ほど場地さんのことを想っている訳でもない。千冬にとって場地さんは憧れで、誰よりもかっこいい人で、それから大切な大切な友人だったんだと思う。そんな彼が涙を流していないのに、私が場地さんを想って泣くことはできなかった。

「何だよ。」
「分かんないけど、こういう時一人になっちゃダメだよ。」
「───俺は、」
「何も言わなくていいし、私も何も言わないから。」

 私はゆっくりと袖口を掴んでいる手を下げて、千冬の手を掴んだ。

「千冬の側に、居させて。」

 ポタリと私の手に何かが落ちた。それが何かはわかっているけど、私は何も言わずに、千冬の方を見ずに、ただ手を握っている強さを強くした。どうか、消えないでと祈るように。

お願い、行かないで


20220821
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -