古ぼけたスピーカーから授業が終わりを告げるチャイムがなり、ザワザワとクラスメートが席を立つ。皆んな一様に授業が終わってスッキリとした顔で帰宅の準備や部活の準備をしている。そんな中、私はボンヤリとした頭で学校から配られた進路シートを摘んでいた。大人はみんな口を揃えて何になりたいかとか、好きなものはないのかとか言うけれど、私には何かに成りたいとおもうほど興味を惹かれるものはない。あるとしたら可愛いものが好きということくらい。でも、それを仕事に向けようと思うほど精力的な考えはなかった。私には将来の夢を持っている人が全員が輝いてみえる。

「ナマエ、どうしたの。」
「いや、進路どうしよっかなって思って。悩んでる。」
「あー、そういえば提出期限、今週までだっけ。」
「そうそう。エマはもう書いた?」
「うん。エマはドラケンのお嫁さん!ってのは本気なんだけど、流石にプリントに書いたのは就職しやすい学校とかだよー。」
「そっか。私もとりあえず進学かな。全然将来やりたいこととかないけど。」

 私は机に頬杖をつきながら溜息をつく。もはや進学できそうな学校を調べるのも面倒だ。エマは私の様子に目を瞬きながら、前の席の椅子に腰下ろした。

「ナマエは何でも出来そうだけどね。」
「いやいや、私勉強もそこまで出来ないし運動も出来るわけじゃないし。それに、昔からなりたいもの聞かれると答えられなかったんだよね。」
「そうなんだ。なんか意外。」
「意外かな?」
「うん。ナマエっていつもノータイムで色んなこと決断するイメージがあるから。」
「それは面倒臭がりなだけだよ。」

 私は項垂れるように机に顔を突っ伏して頭をかいた。エマはきょとんと驚いたような顔をした後、ふわりと花が咲いたように笑った。

「ふふ。ナマエのことが知れて嬉しい。」
「ええ?なんで?」
「ナマエってあんまり自分の話はしないじゃん。」
「そだっけ。無意識だから分かんないや。」
「えー何それ。エマがナマエの知らぬ間に懐に入ってるってこと?最高じゃん。」

 エマが嬉しそうに笑う。私は照れ臭くなって頬をかきながら目を逸らした。知らぬ間にって言うか、エマはとっくの昔から私にとって特別な存在だ。エマは甘えん坊だけど、私が本当に嫌がることを強要することも、私の反応に冷たいと他の女子に愚痴ることもない。一緒にいて心地の良い存在だと思う。

「あー!エマ、そろそろ出なきゃだ。」

 エマが学校の時計を見て慌てたように声を上げた。

「ああ、今日用事あるんだっけ。」
「うん。ナマエも一緒に学校出る?」
「そうしようかな。このプリント眺めてても変わんないしね。」

 私はプリントを二つ折りにして視界に入らないように鞄の奥に押し込んだ。中学校と一緒で高校も自動的に行くとこ決めてくれればいいのにな。そしたら面倒なこと考えなくて済むのに。
 私がもう一度溜息をつくと、エマが優しく微笑んで私の頭をさらりと撫でた。エマの綺麗な金の髪が窓から入った陽の光でキラキラと輝く。

「ゆっくり考えればいいと思うよ!ナマエの行きたい学校見つかるといいね。」
「そうだね。ありがとう、エマ。」

 まじで私の親友は天使だ。



 エマと別れた後、寄り道をしようと渋谷の裏道に入る。もしかしたら、千冬と場地さんがいるかもと思ったが、予想は的中で自販機の前に柄の悪そうな二人組がたむろしてた。

「やっほー。」
「あ?お前また来たのかよ。」

 私が声を掛けると二人とも怪訝そうな表情でこちらを見た。先に口を開いたのは場地さんだった。手元には私も好きな炭酸飲料のジュースが握られている。そういえば、彼もこのジュースが好きなんだっけ。

「連れない反応ですね。」
「ここ人通り少なくて危ねえんだから一人でくんなよ。」
「え、優しい。場地さん絶対モテるでしょ。」
「は?何で急にそんな話になんだよ。」
「当たり前だろ。場地さんは世界一かっけーんだよ。」
「いや、なんで千冬が誇らしげなの?」

 私は二人との会話を尻目に自販機で場地さんが持っているものと同じジュースのボタンを押す。すると、キャッチな音楽が自販機から流れて、自販機のボタンが音楽に合わせてチカチカと光った。どうやら、自販機のくじ機能で当たりを引いたらしい。私は慌ててもう一度同じボタンを押した。

「はい、千冬にあげる。」

 私は自販機から取り出した一本を千冬に差し出す。千冬は目を丸くして私の手元とジュースを交互に見ていた。何その反応、うける。

「は?何だよ。」
「自販機で当たった。慌てすぎて同じジュース押しちゃったわ。」
「貰っていいのか?」
「五億であげる。」
「ぼったくりもいいとこだな。」
「冗談。二本もいらないから喉乾いてるならもらってよ。」
「……さんきゅ。」

 千冬が私からジュースを受け取るとプルタブを引っ張って一口飲んだ。千冬って人が飲んでるものとか食べてるものとか良く物欲しそうに見つめてくるしね。たまには恩を売るのも悪くなかろう。

「それじゃ、千冬がジュース飲んだし私の頼みでも一つ聞いてもらおうかな。」

 千冬がゴフッとジュースを吹き出しそうになる。その後盛大にむせていた。私は場地さんと目を合わせて二人で吹き出した。千冬がまるで絵に描いたような動揺の仕方をしたからだ。

「お前、飲んだ後に言うなよ。」
「タダより怖いものはないってね。」
「洒落にならねえよ。」

 千冬は目を細めて私を見ると缶ジュースを一口啜った。

「で、何かあんのかよ。」
「ジョーダンだよ。ジョーダン。」
「あ?何だよ。何かあるから言ったんじゃないのか?」
「いや、べつに。」
「本当かよ。なんかあんだろ、ほんとは。」
「えー。ないってば。」
「後からやっぱり何かしろって言ってくる気じゃねえのか。」
「疑り深いな。」

 私は飲み干した缶をゴミ箱へ放り投げる。千冬の言葉に何か悩みとかあっただろうかと頭を捻る。

「そういえば進路調査の紙書くのは悩んでるかな。何も書くこと浮かばなくてさ。」
「それこそ自分のやりたい事書けば良いだろ。」
「いやいや、それが最初からあったら書くこと困ってないよね。」
 私は頭を抱えながら溜息をつく。

「場地さんは何て書いたんですか?」
「ペットショップ。」
「あー、場地さん動物の扱いうまいですもんね。天職じゃないですか。」
 場地さんがエプロンを着て猫と戯れてるところを想像してみた。

「千冬は?」
「俺はとりあえず進学だな。将来はパイロットになる!」
「そうなんだ。男の子っぽい夢でいいね。」
「そ、そうか。」
 千冬が頬をかいて視線を彷徨わせる。

「私は昔からなりたいものってのが思いつかなかったんだよね。可愛くない子供だっていっつも言われてた。」
「へえ。そうなのか。」
「考えすぎなんじゃねえのか。なりたいもんなんて大層なことじゃなくて、思いついたこと書けばいいだろ。マイキーなんて不良の時代を作るって書いたらしいぞ。」
「何それ。メンタルつよ。」

 でも、それをやって退けちゃいそうなのがマイキーさんなんだよな。私はマイキーさんの唯我独尊の姿を思い出して少し微笑ましく思った。

「そうですね。そういわれると昔から自分で自分のなりたいものって制限してたのかも。」
 私は場地さんのバイクに腰をかけて二人を見た。
「もっと良く考えてみます。」
 二人はキョトンとした顔で私を見ていた。私は二人の同じような表情におかしくなって笑った。

ブレイブストーリー


20220403
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