「三ツ谷さん、待たせてすみません。」
「ミョウジさん……全然待ってねえよ。」
 神社の入り口に目立つ銀髪を見つけると、私は声をかけた。彼の隣には久しぶりに会うマナちゃんともう一人可愛らしい女の子が此方を見上げていた。
「ナマエちゃん綺麗!!」
「このお姉さんがナマエちゃん!?美人だあ!手繋いでもいい?」
「うん。いいよ。危ないから走らないようにね。」

 8月3日。結局、私は三ツ谷さんの誘いに乗って夏祭りに行くことにした。去年のように母は気合を入れて私に浴衣を見繕ってくれた。
 今年は濃紺の地に白い菖蒲が描かれた爽やかな浴衣だった。帯は落ち着いた辛子色を選んだため華やかな雰囲気もでるようにした。すごく張り切ってるみたいで恥ずかしかったが、マナちゃんとルナちゃんには浴衣は好評だったみたいだ。二人はお揃いのピンクの紫陽花の浴衣を身に纏っていてとても愛らしい。

「二人とも浴衣かわいいね。お揃いなんだね。」
「うん。お兄ちゃんが縫ってくれたの!」
「え!三ツ谷さんが!?凄い。手先器用なんだね。」
「うん。お兄ちゃんは料理も掃除もできるしなんでも出来るんだよ!ね、お兄ちゃん!」
「ルナもマナも、余計なことは言うなって。それよりも、そこに綿飴売ってるぞ。欲しいって言ってたろ。好きな柄選んで来い。」
「わーい!」
「やったー!」

 ルナちゃんもマナちゃんも三ツ谷さんの言葉を聞くと嬉しそうに綿飴の屋台の方に走っていった。屋台にはキャラクターものの絵柄がかかれたパッケージが所狭しと並んでいる。これは選ぶのが長くなりそうだ。

「五月蝿くて、ごめんな。でも、マナもルナも喜んでるみたいだし、ミョウジさんが来てくれて良かった。」
「こちらこそ、兄妹仲良くお出かけのところ、呼んでもらえて嬉しいよ。それにしても、二人の浴衣を三ツ谷さんが作ったなんてビックリした。すごく可愛いし二人に似合ってるね。」
「あー、なんか恥ずかしいな。男が裁縫とかミョウジさんは嫌じゃない?」
「そんなことないよ。すごくかっこいいと思う。」
「かっ……ありがとう。」
「あはは、照れてる?」
「ミョウジさん、俺のこと揶揄ってる?」
「そんなことないよ。本当に尊敬してるよ。なんでも出来るお兄ちゃんがいて羨ましい。」
「ああ、だめ。それ以上褒めなくていいよ。恥ずかしいから。」
「まだまだ褒め足りないのにな。」
「やっぱり揶揄ってんじゃん。ミョウジさん、ひどいな。」

 三ツ谷さんが口を真一文字にして私を睨む。でも、その顔は屋台の光とは言い訳できないほど赤く染まっていて年上なのに可愛く見えた。

「全部本当なのに。じゃあ、揶揄ってるってことにしとく?」
「……いや、ありがたく褒め言葉として受け取っておくよ。」
「よろしい。」

 私が可笑しくなって笑うと三ツ谷さんはとうとう顔を逸らしてしまった。ちょっと生意気な態度とりすぎたろうか。私がぼんやりとルナちゃんとマナちゃんを見てると、三ツ谷さんが私の浴衣の袖を引いた。

「ミョウジさんもスッゲーかわいい。正直、浴衣姿に見惚れて、会った時何も言えなかったわ。」
「え」
「髪も今日は纏めてるんだね。いつものおろしてるのもいいけど、こっちの髪型も似合うよ。」
「ちょ、何ですか。」
「こんな美人と一緒に歩けて嬉しいな。」

 三ツ谷さんのストレートな褒め言葉に今度は私の顔が赤くなる番だった。この人、何でこんなにサラッと歯の浮いた台詞言えちゃうんだろ。前世は絶対御伽噺の王子様じゃん。というか、後半はにやにやしながら話しているあたり、私に反撃しようというところだろう。意外にも負けず嫌いなのかもしれない。これは逆らったらめんどくさいタイプだと、私は一つ学習をした。

「三ツ谷さんこそ揶揄ってるじゃん。」
「揶揄ってないよ。ミョウジさんに思ってることは全部本気だし、浴衣姿見れてすげえラッキーって思ってるから。」
「もういいってば!」
「いて。ミョウジさん意外と力強いな。」

 私は三ツ谷さんの肩口を叩いた。これ以上この人に口を開かせたら危ない。周りからバカップルだと思われる。私の打撃に三ツ谷さんはやっとぺらぺらと回る口を閉じてくれた。丁度いいタイミングでルナちゃんとマナちゃんが綿飴を選んだと戻ってくる。

「これは何のキャラクターなの?」
「これ?カボチャの妖精だよ?ナマエちゃん知らないの?」
「うん。知らないから教えてほしい。」
「うーんとね、カボチャの妖精はね人間界を支配するためにやってきた妖精でね。人間界でたまたま出会った不良と友情を育んで人間のことを好きになっていくの。」
「へえ。面白そうなストーリーだね。」
「でしょ!ナマエちゃんも今度一緒にアニメ見る?」
「ずるい!ルナもナマエちゃんと一緒におすすめのアニメ見る!」
「じゃあ皆んなで一緒にみようね。楽しみだな。」
「えへへ。約束だよ、ナマエちゃん。」

 綿飴を買った後は、ルナちゃんとマナちゃんと一緒に射的をしたり、りんご飴を買ってあげたりした。三ツ谷さんは私にりんご飴のお金を払うって言ったけど、私は二人が仲良くしてくれたお礼だからと断った。
 今度は何をしようかと屋台を見ながら歩いていると、三ツ谷さんの電話に着信があったみたいで、神妙な面持ちで電話に出ていた。

「は?ぺーやんが裏切ったってどういうことだよ。もしかしてパーちんの件でドラケンのこと逆恨みしてんのか。くそ、今日アイツ祭り行くって行ってたから危ねえんじゃねえか。」

 聞こえないように距離を空けて電話をしてくれているようだが、少し話し声が聞こえてきてしまった。ドラケンさんの身に何かあったのだろうか。
 考え事をしながら歩いていると、不意にポツポツと水滴が顔を濡らした。見上げると雨が降ってきてしまったようだ。

「ごめんね、ミョウジさん、俺から誘ったくせに電話してて。」
 三ツ谷さんは電話を切ると、慌てて私とルナちゃん達のもとに戻ってきた。
「いいよ。それよりも、東卍で何かあったんだよね?雨も本降りになりそうだし、私はルナちゃんとマナちゃんのこと送っていくから、三ツ谷さんはドラケンさんのこと守ってきて。」
「え、」
「ほらほら、早く行ってきて。」
「そんなわけには行かねえよ。東卍のことはルナとマナを送ってから何とかするから。ミョウジさんは心配しなくていいよ。」
「だめ。ここで三ツ谷さんに借りを作って倍返ししてもらう作戦なんだから、騙されてもらわないと。」
「ミョウジさん」
「私の親友の好きな人。守ってくれるでしょ?三ツ谷さん」
「───ありがとう、ミョウジさん。」
「うん。いってらっしゃい。」

 三ツ谷さんの背を見送って、私は不安そうな顔をしているルナちゃんマナちゃんの手を握った。
「さ、お家帰ってカボチャ妖精の話が聞きたいな。帰ろっか。」

 私が手を差し出すと、二人は花のように笑って私の手を握った。
 予想通り雨は本降りになってきて暫く歩くと、三ツ谷さんの家に着く頃には三人とも雨でぐっしょり濡れてしまっていた。私はカバンに入れていたタオルで、二人を床を濡らさない程度に拭った。

「びしょびしょになっちゃったね。せっかく二人とも可愛くてしもらったのにね。」
「うん。寒い。」
 マナちゃんは体を震わすと私の腕にピッタリと擦り付いた。濡れた浴衣からほんのり体温が伝わって暖かい。

「お姉さんタオルと着替え持ってくるからちょっと待っててね。」
「え!?いいよ、そんなそんな。私はすぐに帰ろうと思ってたから。」
「ダメ!風邪ひいちゃう!」

 ルナちゃんはお姉ちゃんらしくハキハキと言うと奥まで行ってしまった。こういうところは、お兄さん譲りなのかもしれない。私は有無を言わさないルナちゃんの雰囲気に大人しくタオルを受け取って水分を拭った。

「ナマエちゃん、これ着て帰って。お兄ちゃんのだからぶかぶかだろうけど、濡れた服で帰るよりはマシだと思うから。」
「いや、それは本当に大丈夫。」
 なんか歳の近い男の子の服着るって色々と不味い気がするし。私は慌てて帰ろうとしたが、マナちゃんとルナちゃんが私の腕にがっしりと捕まって離さなかった。このままじゃ、三人とも風邪を引いてしまう。
「あー、わかったよ。じゃあ、お言葉に甘えて借りようかな。」

 私は諦めて三ツ谷さんのスウェットに腕を通す。上下ともぶかぶかだが着れないことはない。でも、何だかいつもの洗剤とは違う匂いがして落ち着かなかった。私は濡れた浴衣を抱えてリビングに入った。二人はシャワーを浴びたようでほかほかと湯気が立っている。初めは私も入ろうと背中を押されたが、それだけは断固拒否した。家主がいないのに風呂場を借りるのは流石にヤバすぎる。

 私は二人の髪型をドライヤーで乾かしながら、二人の最近の流行りのものについて聞いた。話を聞く限り、二人とも学校では人気者のようだ。マナちゃんの髪を乾かしていると眠くなってしまったのか、うとうとと船を漕ぎはじめてしまった。時計を見ると時刻は二十一時をさしている。そろそろ帰らないと、私も両親が心配しそうだ。

「ごめんね、ルナちゃん。私もそろそろ帰らないと。お兄ちゃんが帰るまで、二人でお留守番できる?」
「うん!いつもはずっと二人で待ってたけど、今日はナマエちゃんがいてくれて楽しかったよ。」
「ふふ、ありがとう。私も二人と沢山お話しできて凄く楽しかった。」

 私はルナちゃんの頭を撫でると、ルナちゃんは嬉しそうに微笑んでから、私の手を握った。

「ナマエちゃん、今日はお兄ちゃんが途中でどっかいっちゃってごめんね。今度は途中で居なくならないように言っておくから、またお兄ちゃんとルナ達と遊んでくれる?」
「うん。もちろんだよ。」
「良かった。」

 ルナちゃんはホッとしたように肩を下ろすと、私を玄関まで見送ってくれた。ルナちゃんは気遣いができるとても優しい女の子だと感心した。

 帰る頃には雨は止んでいて、ドラケンさんが無事だといいなと空を見上げた。



 数日後、三ツ谷さんからドラケンさんに怪我はあったものの無事だと確認できた。今はドラケンさんは病院に入院しているそうなので、お見舞いしたいと言ったら三ツ谷さんと待ち合わせてドラケンさんのお見舞いにいくこととなった。私はドラケンさんへのお見舞いに果物と三ツ谷さんに借りた服を持って病院まで向かった。

 病院は平日のせいか人が思ったよりも少なかった。夏休みに万々歳である。三ツ谷さんがくるまで、椅子にかけて待っていようと、私はエントランスの奥へ進んだ。
 奥の待合室に行くと千冬が突っ立っているのが見えた。恐らく彼もお見舞いできたというところだろう。

「お兄さん、一人で何してんの。これから遊ばない?」
「あ?何だテメーって、ナマエ。何でこんなとこに。」
「ドラケンさんのお見舞い。と、これ返しに来たの。」

 私は手に持っている紙袋を揺らす。どうせ、この後三ツ谷さんも合流することになるのだから、先に言っておいた方がめんどくさいことにならないだろう。
 千冬は不思議そうに紙袋を見ている。

「何これ。」
「三ツ谷さんの服。借りたから。」
「は!?お前、借りたってどういうことだよ。」
「いや、うるさ。病院で大声出さないでよ。」

 千冬が興奮気味に大声を出すので、周りの人がちらりとコッチを見ている。東卍も友達も、みんな声がでかい人ばかりなんだから。

「お前もしかして三ツ谷くんと」
「何を考えてるか知らないけど、雨の中で三ツ谷さんの妹さんを送った時に、濡れた服で帰ると風邪引くからって妹さんが貸してくれただけだから。」
「え、あ、そうか。」

 私の返答に千冬が少し顔を赤くする。なんでコイツはこのタイミングで顔を赤くしてんだ。意味がわかんない。

「千冬ってもしかしてむっつりスケベ?」
「は?!ちげえよバカ。お前が意味深な言い方したからだろうが。」
「だから声でかいって。しかも意味深な言い方なんてしてないでしょ。勝手に勘違いしたのは千冬だから。変態。」

 付き合ってられないと私は千冬にソッポを向いて近くの椅子に座った。何を思ったか、千冬はひと席開けて隣に腰を下ろした。

「なあ、本当に妹を送っただけか?三ツ谷くんとなんかあったりするのか?」
「は?これ以上なんか言うなら千冬と二度と口聞かないから。ホント、最低。」
「じょ、冗談だよ。悪かったって。」

 珍しく千冬は慌てた様子で素直に謝ってきた。普段は突っかかってくる癖に千冬の考えていることは本当に分からない。
 暫く二人で無言のまま座っていると正面から三ツ谷さんが現れた。

「あ、三ツ谷さん。こっちだよ。」
「三ツ谷くん、こんにちは。」
「おう、ミョウジさんに千冬。千冬も場地と見舞いか?」
「はい。ここで場地さんと待ち合わせてます。」
「そっか。じゃあ、せっかくだから四人で行くか。それでもいい?ミョウジさん。」
「うん。もちろん。じゃあ先に三ツ谷さんに借りてた服返すね。ありがとう。」
「え、ああ。この前はごめんな。それからルナとマナのことありがとう。二人ともミョウジさんの話ばっかしてて相当楽しかったみたいだ。」
「私もルナちゃんマナちゃんと遊べて楽しかったよ。よろしく伝えておいてください。」
「うん。伝えておくよ。」

 三ツ谷さんと丁度会話が終わったとこで場地さんがひょっこりと顔をだした。

「あ?何で三ツ谷とナマエがいんだよ。」
「俺らもドラケンの見舞いでたまたま来てたんだよ。どうせだから一緒に行こうぜ。」
「いいけどよ。三ツ谷とナマエってそんなに仲良かったのか。」
「え、ああ。まあ、な。」
「三ツ谷さんの妹さんを通して仲良くなったんですよ。」

三ツ谷さんが珍しく歯切れ悪く答えるので、私は隣からフォローをする。大方、三ツ谷さんも祭りの件がマイキーさんの耳にる面倒くさいことになるから危惧しているのだろう。悪ふざけが好きな人たちだから。

「ふうん。じゃあ、行くか。」

 聞いてきた割には場地さんはアッサリと返答して先を歩いて行った。三ツ谷さんの方を見ると目配せでありがとうと言っているようだった。

 ドラケンさんの病室に行くと、病院服に身を包んだドラケンさんが私達を出迎えてくれた。顔色は良さそうなので順調に元気になっているようだ。

「ドラケンさん、こんにちは。早く元気になってくださいね。これ、良かったら食べてください。」
「おう、ありがとう。」
 私はフルーツバスケットを近くのテーブルに置いておいた。
「それにしても珍しい組み合わせだな。ナマエちゃんは千冬が呼んだのか?」
「いや、俺だよ。ミョウジさんもドラケンのこと心配してたからさ。」
「ほーう、三ツ谷が。なるほどね。」
「おい、やめろよ。その意味深な言い方。」
「いや別に。俺は何も言ってねえけど。三ツ谷の考えすぎだろ。」
「あー、クソ。元気そうで何よりだよ。」

 ドラケンさんの怪我は順調に回復しているようで、あと数日もすれば退院できるようだった。私達は暫く雑談をすると日が暮れてきたところで帰ることした。
 三ツ谷さんは妹さんのお迎えがあるそうで病院でお別れすることになった。千冬と場地さんは帰りの方面が同じ方向なので、途中まで送ってもらうことにする。

「乗れよ、ナマエ。」
「あ、ありがと。」
 病院を出ると、千冬がヘルメットを差し出してくれた。今日は千冬のバイクの荷台に乗せて送ってくれるらしい。
「別に、場地さんに手かけらんねえだろ。」
「あー、そう。」
 理由は案の定だった。珍しく優しいところもあると見直したのに、損した気分だ。しかし、お言葉に甘えることにして私はバイクの荷台に跨った。

「じゃあ、俺先帰るから、千冬はちゃんとナマエを送ってけよ。」
「え」

 それだけ言うと場地さんはさっさと私達を置いて帰ってしまった。彼を慕っている後輩を置いてくなんて相変わらず場地さんはドライだ。こっそりと千冬の顔を覗き込むと何故か凄い困惑した表情をしていた。置いてかれた子猫のようでちょっと可愛かった。

「はあ。まあ、いいや。ちゃんと捕まってろよ。」

 それだけ言うと千冬がバイクのエンジンを蒸す。私は千冬の腰に捕まった。場地さんに比べて小柄なのに、千冬の身体は意外にもがっしりしてるんだよな。私は千冬の男っぽい一面に少しだけドキドキして気づかれないようにヘルメットを深く被った。

夏の風に合わせて、ツンとした男らしい香水の香りが鼻腔をくすぐる。何故かわからないけど、私はこの香水の香りがすごく好きだと思った。

ときめいたら負けだ



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