入学式から1ヶ月。私はまだ友達と呼べる友達ができないでいた。周りは既にグループができ始めていて、何とか混じろうと話しかけたりもしてみた。しかし、誰からか私の兄が不良だと言いふらされているようで、クラスの子は恐れるように私を避けていた。そんなつまらない噂一つで避ける奴とか、別に友達になろうと思わないし良いんだけどさ。私はマイキーとドラケンが同じ中学だから、困ったら二人に頼ればいいし。

 そうやって、私は強がってはみたものの、毎回休み時間に一人で席に座っているのは結構メンタルにくるものがある。ああ、早く学校終わんないかな。私はお気に入りのポーチを握りしめた。

「ねえ、そのポーチかわいいね。どこの?」

 もしかして、私に話しかけてるの?
 恐る恐る顔を上げると、綺麗な顔をした子が斜め前の席から身を乗り出して私のポーチを覗き込んでいた。私が呆気に取られて彼女に見惚れていると、彼女は不思議そうに首を傾げた。私は慌てて口を開く。

「え、あ、このポーチはDamdamの付録についてたやつだよ。」
「えー、こんな可愛いの付録だったんだー。いいなー。まだ売ってんの?」
「えへへ。良かったら売ってるとこ知ってるから、お揃いにしようよ。」
「それ超最高じゃん?楽しみ。」

 女の子はにっこりと笑いかけてくれた。キリッと太めに描かれた眉が、綺麗な顔に似合っていてより凛々しさを際立たせている。

「私の名前知ってる?」
 女の子が私の顔を見て探るように口を開いた。私はぎくりと肩を揺らす。
「あ、ごめん。まだ覚えきれてなくて」
「あはは、実は私も。もし、私の名前覚えてたらどうしようかと思った。」

 女の子が人懐っこい笑顔で笑う。太陽みたいな子だと思った。私の暗い気持ちを一気に笑顔で照らしてくれる。

「私はミョウジナマエだよ。よろしく。名前で呼んでくれればいいから。」
「私は佐野エマ。エマでいいよ!」
「エマかー。名前も可愛くていいね。」
「え、そんな事ないよ!?ナマエの方が美人だし可愛いよ!!」
「めっちゃ褒めてくれんじゃん。ありがと。それに同い年なんだから呼び捨てでいいって。」

 ナマエは手をブンブンと振ると、遠慮するなというように笑った。私はじわじわと心が温かくなっていくのがわかった。

「てか、腹減ったよね。昼まであと1時間も授業あるとかマジ無理だわ。」
「そうだねー。数学苦手だしな。」
「わかるー。意味不だよね。私すでに進学できるか心配だわ。」
「あはは、一緒に勉強して頑張ろ。」
「え、いいの?私マジで馬鹿だよ?」
「エマもそんなに頭良くないけど、ナマエとなら頑張れそう!」
「え、天使かよ。最高。」

 私とナマエの出会いはそんな感じだった。ナマエはわたしの自慢の友達で綺麗でスタイルも抜群でおしゃれで、それから性格まで良いのだ。
 私達が出会ってから2週間、彼女のおかげでクラスにも少しずつ馴染めてきていた。
そんな私を疎ましく思った子が私を嵌めようとしてきた事があった。そんな時もナマエは私の味方でいてくれた。



「ナマエさー、エマと関わるのやめなよ。」

 放課後、先生に日誌を渡して帰ろうと教室に入ろうとした時、教室から聞こえてきた声に思わず足が止まった。

「なんで?」
「アイツ佐野万次郎の妹だし、エンコーやってるって噂だよ。」
「ふーん。」

 ナマエとクラスのリーダー格的な女の子が話している声だった。私は足が竦む。ナマエが女の子の言う事を信じてしまったら、私はまた一人になるのかな。そしたら嫌だな。でも、私のせいでナマエが皆から避けられるのはもっと嫌。ナマエは気づいてないけど、気取らない姿がかっこよくて、しかも綺麗で、そんな姿がクラスの皆から慕われていた。もともとクラスから腫れ物扱いだった私が仲良くなりたいなんて事がおこがましかったのかもしれない。
私は気づかないフリをして立ち去ろうとした。

「どうでもいいけどさ、アンタはエマが援交してんの見た事あんの?」
「え、いや、ないけど。皆噂してんじゃん?」
「ないなら勝手な事言わない方がいいよ。そういうのマジでダッセーからさ。」
「はぁ?アンタ調子乗んなよ。私は忠告してやってるだけだろ。」
「誰も頼んでねーよ。」
「うっざ。明日からお前ハバにすっから。」
「上等だわ、ブス。」

 ナマエはにやりと笑いながら中指を立てた。女の子は顔を真っ赤にして出て行くのが見える。鉢合わせたらヤバイと私は咄嗟に隠れようと後ずさった。しかし、後ずさった際に誰かとぶつかってしまった。慌てて振り向くとマイキーとドラケンが立っていた。表情はにやにやと笑っている。恐らく今の一連の現場を見ていたのだろう。
 私の悪口を言っていた女の子は、マイキーとドラケンの姿を見て走って逃げていった。

「友達できて良かったな、エマ」
「にしても口悪いな。場地みてえ。」
上から順にドラケン、マイキーが口を開く。

「ナマエは場地なんかよりも百倍かっこいいから!!」

 私は自分の声が廊下にこだましてると気づいて慌てて口を塞いだ。ドラケンとマイキーは相変わらずニヤニヤと私を見ていた。思わず顔が赤くなる。

「あ、エマ。何か廊下からデッカい声が聞こえると思ったらここに居たんだ。早く帰ろーよ。」
「あ、ナマエ!き、聞こえてた?」
「ん、何が?」

 ナマエは聞こえていなかったようで首を傾げて私を見ている。

「こんにちは、俺、エマの兄貴のマイキー。エマと仲良くしてくれてありがとうな。」
マイキーが私の横から顔を突き出してナマエに声をかけた。兄貴ヅラしてて、なんか照れ臭い。
「あ、どうも。別に一緒にいて楽しいだけなんで礼言われることは何もしてないです。」
ナマエはケロッとした顔で会釈すると、また私をキュンとさせる言葉を言った。

「もしかしてお兄さんと帰る?ごめん、私勝手に待ってたわ。」
「うんん、私もナマエと帰りたい!」
「そう?じゃあ、帰ろ。マイキーさん、すみませんが妹さんと一緒に帰ります。暗くなる前には帰りますんで。」
 ぺこっとナマエはお辞儀すると、こちらへ私のカバンを差し出した。荷物も持って来てくれるなんて彼氏みたい。私は嬉しくなって彼女の手ごと鞄をつかむ。

「エマ、それ私の手。」
「手繋いで帰ろうよ!」
「え、やだよ。照れんじゃん。」
「ちぇー、じゃあまた今度ね」
「はいはい、今度ね。あ、そいえば、私帰り道にあるオーソンでヘロヘロ食いたい。」
「いいね!季節限定の味出てるから二人で違うの買って半分こしよーよ。」
「え、それ最高じゃん。早く行こう。」

 私はこっそりと振り返ってマイキーとドラケンの様子を見る。二人は嬉しそうに笑って手を振っていた。何だかくすぐったいけど悪い気はしない。

 これが私とナマエが友達になるまでの話だ。


今日は帰りたくない


20210920
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