師走という言葉の言う通り2、3月はあっという間に過ぎて、気づけば新しい年を迎えていた。イザナと再会を果たしてから数ヶ月が経つが、私の心は靄がかかったままスッキリ日が続いていた。周りに心配かけないように普段通りに振る舞っているつもりだが、エマは何となく私の気持ちの変化を察しているようだった。あえて何も聞いてこないのはエマの優しさだろう。

 心配してくれているエマに年始にあったことを話すべきかと悩んだが、イザナのことを話すことでエマを危険なことに巻き込んでしまうのではと危惧して気が進まなかった。それから、単純にイザナとの出来事を誰かに吐露する事で、彼から拒絶されたという事実を実感するのが怖かったというのもあると思う。

 千冬との関係はというと、先日話してから何となく気まずい雰囲気になって連絡を取り合っていない。

 春休みが終わり学校が始まると、皆どことなく新学期に向けてソワソワしてとしていて、浮き足立った雰囲気が流れていた。表情がかたい新入生を横目に廊下に張り出されたクラス分けの張り紙を見あげる。私も去年は教室入るのに少し緊張していたっけな。

 そんなことを考えていると、私の身体に背後から重い負荷がかけられた。潰れそうな体を必死に支えて振り返ると、エマが私の腰にしがみついていた。上目遣いになっていて、めっちゃかわいい。私は前世で沢山徳を積んだようだ。

「おはよう、ナマエ!ねえねえ、エマとナマエ、今年も同じクラスだよ!やったね。」
「マジ?最高じゃん。今年も沢山一緒に帰ったり、遊んだりしようね。」
「うん!今から修学旅行楽しみだよー。」
「はは、気が早いね。でも私も超楽しみだよ。」

 今年もエマと同じクラスになり私は心底ほっとした。いちから人間関係を作るのってめんどくさいしね。後のクラス分けはどうでも良くなって、私はエマと一緒に新しいクラスへ向かった。

 始業式なだけあって学校はあっさりと終わり、暇を持て余した私とエマはカラオケに寄って帰った。エマの話だと、マイキーさんは寝坊して始業式に間に合わなかったらしい。(勿論ドラケンさんも道連れだ)だから、クラス分けはエマが代わりに確認したようだ。出来る妹だ。
 残念ながら今年は二人のクラスは別々のようだが、どうせ毎日のようにドラケンさんがマイキーさんを起こしたり、給食を食べさしたりするのだろう。先生もそれを容認しているようなので、別々のクラスだろうが殆ど一緒にいるはずだ。嘘か誠か分からないが先生の間ではマイキーさんの取り扱い説明書が出回っているほど、彼に手を焼いているらしい。すげーな、マイキーさん。

 そんなこんなで、新学期に入っても私たちの環境はさほど変わらず、今までの関係がずっと続いていくような気がしていた。

 夕方になるとエマはスーパーに寄って帰ると言っていたので、私達は途中の道でばいばいをした。そのまま家に帰ってもよかったが、何となくブラブラしてから帰ろうと私は家とは反対の方向に歩いていた。

「おい、危ねえぞ。」

 不意に声を掛けられて、首元の襟が後ろに引っ張られる。私は蛙のような喉が潰れる声をあげた。私の襟を引っ張った人物は仏頂面で私を見下ろしていた。ドラケンさんが近くにいるからバグるけど、この人も中学生にしては身長がでかいんだ。

「信号赤だぞ、死にてえのか。」
「あ、」
「あ、じゃねえよ。ボーッとしてんな。」
「すみません。ありがとうございます。」

 場地さんに礼を言うと、彼は目を細めてじっと私をみた。居心地の悪さに私は眉を顰める。彼のことを知らないJKであれば、こんな人相悪い顔で睨まれたら震え上がるだろう。

「お前、最近変じゃねえか?年明けからずっとボサッとしてんだろ。」
「え?」
「何かあったのか。」
「場地さんが優しい。本当に私の兄かなんかみたい。」
「馬鹿言え、兄妹にしても俺はお前みたいに目つき悪くねえよ。」
「もしかして昔に目つき悪いって言ったの根に持ってます?」

 場地さんは私の言葉に返答もせずサッサと歩き始めたので、私は彼の背を見送る。急に現れて急に立ち去るんだな。

「おい、そこ突っ立ってんな。ついてこいよ。」
「え、私に言ってます?」
「お前以外に誰がいんだよ。」

 私はゆっくりと周りを見回す。周りには誰も居なかった。

「誰もいませんね。」
「分かったら、さっさと来い。」

 場地さんは有無を言わせない雰囲気なので黙ってついて行く。彼は暫く歩くと近くのファミレスに入った。店員に案内された席に着くと、おもむろにメニューを広げてピザをじっと見ていた。私は状況が読み込めずに場地さんを怪訝な顔で見ていたが、彼は私にも注文を決めるようメニューをよこしてきた。私は言われるがままに適当にオムライスを頼む。

「で?」
「でって……言葉少なすぎませんか?」
「いちいち探って話すのめんどくせえだろ。お前も考え過ぎなんだよ。」
「はあ、まあ、そうかもしれませんね。」

 ここまで場をセッティングされたら、イザナのこと話すしかないのか。私はエマと千冬の顔を思い浮かべる。二人に話す前に場地さんに話して良いものかと考えたがよぎったのだ。しかし、正面に座っている場地さんはさっさと話せと言うように人差し指でテーブルをカツカツと叩いている。いや、柄悪。周りから見たら確実に修羅場のカップルか、女子高生がたかられそうになってるようにしか見えないでしょ。
 なんだか、私も場地さんに釣られて、深く考えるのがめんどくさくなってきた。適当なこと言って逃げても良かったが、勘の良さそうな場地さんには誤魔化しも効かないような気がしていた。

「場地さんは、身内が悪いことしてたらどうしますか?」
「周りくどいのは良いから、さっさと話せ。それから判断をする。」
「昔の知り合いと……まあ、何といえばいいのか、兄みたいな人なんですけど、数年ぶりに再開できたんです。私は昔、孤児院に預けられていたんですけど、物心つく頃から両親の顔も親族の顔も知りませんでした。そんな私に初めて信頼できると思えた人が、その再会できた人だったんです。今の両親に引き取られるときに、彼とは喧嘩別れして数年近く近況も知らない状況でした。」

 ちらりと場地さんの様子を伺ったが続けろというように何も言わずにメロンソーダを啜っていた。私は一つため息を吐いて続ける。

「再開した時に、私はてっきり昔みたいに戻れるんだと思ってたんです。だけど彼はそうは考えていなかったようで、使える人間しか要らないって言われたんです。」
「クソ野郎じゃねえか。」
「一部分だけ切り取ったらそうなんですけど、私には大事な人なんです。肉親の繋がりが一つもない私に色んなことを教えてくれた人だから。」

 なんとなく私は場地さんから目を逸らして手元の皿のはじにオムライスのグリンピースを並べていった。グリンピースって本当に不味いのになんでオムライスに入れるんだろ。最初に考えた人、センス無さすぎだよね。

「それで、最終的には自分の為に人を殺せるのかって聞かれたんです。その覚悟があるなら、また会いに来いって。」
「まさか乗ってねえよな。」
「まさか。でも動揺はしましたよ。7年以上ずっと会いたかった人だし、血は繋がってなくても兄妹なんです。彼はそう思ってなくても、私はずっとそう思い続けると思います。」
「そうか。」

 場地さんは意外にも、それ以上は何も言わずに私の先の話を聞いてくれた。場地さんのことだから、もっとイザナのことボロクソに言い始めるかと思ったけど、それは思い違いで思っていたよりもずっとずっと優しい人だったらしい。ファミレスに無理やり連れ込まれたのは優しいとは、程遠い行為だと思うけど。

「それで悩んでいたのは、その人とどう関係を修復できるのかってことですね。あとは柄にもなく、拒絶されたことに落ち込んでたんです。それに本当かどうか知りませんけど、彼は人を追い込んで自殺に追いやったとも言ってた。何があって、そこまで人が変わっちゃったのか全然分からない。」
「お前が引くって選択肢はないのか。」
「え?」
「些細なきっかけで人は変わるし、修復できない関係だってある。お前がソイツに関われば余計に悪い状況に向かうかもしれねえし、悪い奴らに巻き込まれるかもしれない。それでも、お前が関わる意味はあんのか?」

 場地さんの言うことは全て正論だった。彼の淡々とした物言いは、どちらかを贔屓目で見て言っているわけではなく、ただ感じた事実を告げているだけだろう。
 確かに、これ以上私がイザナに関わることが良く働くとは限らない。考えたくはないけど、私がただ巻き込まれて犯罪の片棒を掴まれそうになることもあるかもしれない。

「正直、その質問の正しい答えは良く分からないです。だけど、私にとって彼と過ごした時間は大切な宝物みたいなものなんです。だから、諦めるって選択肢は、自分でも分からないんですけどないんです。身内を見捨てることなんて出来ない。」
「じゃあ、そうしろよ。俺は止めねえ。」
「え」
「ただ覚悟決めたんなら、いつまでもグズグズ考えてんな。しょうもなく悩んでっからエマも千冬も心配してんだろ。」
「まあ、そうかもしれませんね?」

 私は呆気に取られて場地さんを見る。すっかり彼は他人の人間関係なんて、どうでもいいタイプなのだと思ってたけど、そうでもないらしい。今日のやり取りから、案外情に熱い人なのでは?とぼんやり思った。ここ数ヶ月で、千冬があそこまで場地さんに心酔するのは何故なのか、納得ができつつあった。

「あ?何意外みたいな顔してんだよ。俺は馬鹿だけど、そこまで鈍感じゃねえよ。」
「そうですか。」

 場地さんが私のことを何処まで見透かしているのか分からないくて、私は頬杖をついて表情を隠した。そこから、どこともなく現れたマイキーさんとドラケンさんによって、私たちの会話は別の話へと移っていった。



 七月上旬、ジメジメとした梅雨が明けて夏へと季節が移り変わろうとしていた。あれから、エマとは場地さんとの助言もあり、前のように蟠りのない関係に戻ることができた。千冬とは会うタイミングがなく中々話すことはできなかったが、前に話した時よりも気楽に話せる自信はあった。もちろん彼がそれを望んでいればだが。

「よお、ナマエじゃん。」

 昼ごはん前の四限前にも関わらず、マイキーさんは調子良い様子で私に声をかけた。いつもならお腹を空かせて不機嫌になっている頃合いなのに。

「マイキーさん。なんかご機嫌ですね?」
「よく分かってんじゃん。ねえ、どうせだし俺と一緒に次の授業サボろうよ。」
「はあ、勘弁してくださいよ。私は真面目で勉強熱心な生徒なんですから。」
「そういうのいいって。どうせ、エマ今日熱で休みだし暇だろ。来いって。」
「本当に強引だな、この人。」

 いつものことながら私の話を聞くまでもなくマイキーさんは私を引っ張っていく。どうやら、彼のお気に入りの屋上に行くらしい。流石に屋上のてっぺんはジリジリと蜃気楼が立っていたので、私は木陰に腰を下ろした。マイキーさんは私の隣に学ランを枕にして横になっている。

「それで、何か嬉しいことでもあったんですか?」
「まあね。ちょっと面白い奴見つけてさ。この間は友達になったんだよね。」
「何ですか、ソレ。もしかして恋バナですか?私そういうの疎いでアドバイスとかできないですけど。」
「知ってる。てか、恋バナじゃねえし。俺はモテるから女に困らねえよ。」
「王様かよ。」

 相変わらずの傲慢さに私はため息をついてマイキーさんを見た。彼は意に返してない様子で話を続ける。

「花垣武道つってさ、喧嘩は弱いんだけど度胸のあるやつなんだよ。」
「ふうん。東卍に入れるんですか。」
「その予定。」
「へえ。よかったですね。」

 私は手で顔を仰ぎながら暑さを凌ぐ。こんなことなら日焼け止め塗りなおしてくるんだった。

「ナマエ、もっと興味持った反応しろよな。」
「だって、私東卍じゃないですし。」
「まあ、そうだな。もしナマエが男だったら一番隊に入れて千冬と二人で場地の右腕やらせてたかな。」
「ええ、もっと甘やかしてくれる隊長がいいです。」
「はは、だったら二番隊だな。ナマエは三ツ谷と八戒とも上手くやってけそうだ。」
「ああ、三ツ谷さんね。あの人なら優しそう。てか、三ツ谷さん隊長なんですね。喧嘩も強いのか。」
「そうだけど、ナマエって三ツ谷と面識あるのか?」
「はい。三ツ谷さんの妹さんを迷子になってるところを助けてから、連絡先交換しました。特に、その後やり取りはしてないですけど。」
「ほう。モテモテだな。」
「いや、聞いてました?やり取りはしてないですってば。」
「そうだ。今度の集会ナマエも来いよ。タケミっちも呼ぶ予定だからさ。」
「タケミっち?花垣って人のことですか?いやですよ。夜更かしするの怠いですもん。私はその人に興味ないですし。」
「俺が家まで迎えに行くから起きてろよ。日程決まったら連絡するから。」
「会話成り立ってないですって。」

 マイキーさんは自分の喋りたいことだけ話すといびきをかいて寝始めてしまった。置いてこうかと思ったが、何となく放っておけなくて暇つぶしに携帯を開いてドラケンさんに連絡を入れといた。きっと彼のことだからマイキーさんを起こして教室まで連れてってくれるはず。エマの惚れた人は本当に良い人だ。


水の泡で息をしてる


20220221

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