昔、約束をした。
 毎年クリスマスには二人で同じ場所に来ようと。

───ねえ、どこ行くの?
───黙ってついて来い。

 兄に着いていくと到着したのは古びた教会だった。中ではミサが開かれているのか、ステンドガラスからキラキラとした灯りが漏れて、綺麗な讃美歌が聴こえる。とても荘厳な雰囲気だった。

─── わあ。綺麗。こんな遅い時間なのに、お祈りやってるの?
───今日はクリスマスイブだからだろ。確か偉い奴の誕生日だから。こうやって教会で祝ってるんだよ。
───そっかあ。今日はクリスマスなんだ。お祝いなんてした事ないから、すっかり今日なの忘れてた。
───ふーん。一度も?
───うん。私ずっと今のおうちにいるから。

 私達のいた孤児院は経営が危ぶまれてるくらいにボロっちかったから、イベントごとは学校で行うくらいだった。兄は遠い昔に親とクリスマスのお祝いしたことがあるみたいだけど、私は物心ついた時から今の孤児院にいた。毎年、大人しくクリスマスを迎えていたので、目の前の光景は初めて見るものだった。

───じゃあ、これやるよ。

 兄が私に手渡したのは雪だるまのキーホルダーだった。両手にすっぽりと収まるくらいのサイズで、雪だるまには愛くるしい顔が描かれていた。

───え、いいの?
───うん。学校でもらったけど、いらねえからやる。
───わあ、ありがとう。私プレゼント貰うの初めて!

私はキーホルダーを両手で握りしめて胸元に寄せた。兄はキョトンとした顔で私を見た後、可笑しそうに笑った。

───そんなに嬉しいの?
───うん。すごい嬉しい。
───そう。そんなもんで嬉しいなら毎年やる。それから、ここに祝いに来よう。

 それから、私が孤児院を出て行くまでの数年間、兄とは毎年教会に来てクリスマスを祝った。しかし、私が孤児院を出てからは兄と祝うことは無くなった。孤児院に出るときに兄とは喧嘩別れをして決別をしたからだ。

 数年後、勇気を出して何度か孤児院に足を運んだが、兄と会えることはなかった。彼が私を避けていたのかタイミングが悪く出会えなかったのかは分からない。ついに経営が傾いて孤児院が潰れてしまってからは、真意を確かめる手段も無くなってしまった。



 私は手元を見つめる。そこには塗装が剥げかけた雪だるまのキーホルダーがこちらを見ていた。今年も一人の私に同情しているみたいにみえる。もう教会の明かりは消えて、静けさだけが辺りに漂っていた。私はコートのポケットにキーホルダーを突っ込むと、悴んで痛い足を動かした。

 電車に乗り継いで自宅近くの駅まで来ると、時計の針は21時を過ぎていた。早く家に戻らないとお母さんが心配してそうだ。

 それにしても、今日はとても冷える。早く帰らなくてはと思ったが、冷たくなった体を少しでも温めようと、私は近くのコンビニに駆け込んだ。すると、見覚えのある顔がふたつ正面に飛び込んだ。この二人はクリスマスにまで一緒にいるんだな。

「あ?エマの親友のナマエじゃねえか。」
「場地さんと千冬、こんばんわ。てか、場地さん私の名前呼ぶ時、いっつも前置き長くないですか。」
「なんか、この呼び方のほうがしっくりくる。」
「そうですか。じゃあ、それでいいです。」

 千冬が持っているカゴを見れば、ペヤングとケーキが入れられていた。不思議な組み合わせだな、と私はボンヤリとした頭で考えた。二人で楽しくクリスマスパーティでもするのだろうか。

「お前こんなとこで何してんだよ。もう暗いしフラフラ出歩いてんなよ。」
「ちょっと野暮用があって近くまで来たんです。飲み物買ったら帰ります。」
「千冬、お前家まで送ってけ。」
「え、俺がっすか!?」

 突然名前を呼ばれた千冬は心底驚いた顔をして場地さんをみた。

「他に誰が居んだよ。俺はゴキに乗って帰らなきゃいけねえし。ヘルメットねえのに、ナマエ乗せるわけにはいかないだろ。」
「あ、そうですね。」
「いや、別に送り迎えいらないですよ。一人で帰れます。」
「あ?危ねえだろ。この辺、最近荒れてんだよ。黙って送られとけ。」

 場地さんが乱暴だけど私を心配する様に言った。でも、今はその優しさが何だかウザく感じてしまう。彼が悪いのではない。私自身が虫の居所が悪いだけだ。

「そこら辺の不良なんて自分で何とかできます。」
「はぁ?何言ってんだよ。一人が集団でやられたら敵うわけないだろ。」
「そういうの余計なお世話です。」
「おい、お前。何カリカリしてんだよ。」

 千冬が私の腕を掴む。払い落とそうと思い切り腕を振ったが、千冬の腕はびくともしなかった。圧倒的な力に男と女の差を感じて、私は無意識のうちに涙が出ていた。自分が無力な人間に思えたからだ。

「は、お前、泣いて……。」
「おい、千冬。何泣かしてんだよ。どんだけ馬鹿力で腕掴んだんだ。」
「いや、俺、そんなに強い力で掴んだつもりじゃなかったんですけど。悪い、ナマエ。」

 千冬が慌てて手を離した。私は涙を拭ってコンビニの外に出ようとする。それを今度は場地さんが道を塞ぐように前に出た。とことん、お節介な人達だ。

「何でもないから。お願いだから、一人にしてください。」
「ダメだ。千冬、お前はナマエと帰れ。俺は先に帰る。」

 そう言うと場地さんはバイクでさっさと走っていってしまった。取り残された千冬はため息をつくと、ちょっと待ってろと言ってコンビニで精算を済ませていた。私は気まずい気持ちになってコートのポケットに手を突っ込んだ。

「ほら、帰るぞ。」

 千冬は会計を済ませると私の手にホットのペットボトルを持たせた。じんわりと手のひらに温かさが広がる。私は鼻を啜って千冬の隣に並んだ。

「ごめん。私、色々あって、取り乱した。」
「いや、いいけど。俺も急に掴んで悪かった。」
「ううん、大丈夫。」

 イブの夜は、普段通る帰り道でもずっと静かに感じた。シンとした空気の中に二人の足音だけが鼓膜を揺らす。私はチラリと千冬に視線を移した。何かを考えているようだったが、口を開く様子はない。

「何も聞かないの?」
「は?」
「私のこと。何があったかって。」
「別に。言いたくないことなら無理に言わなくていい。」
「そう、千冬は優しいね。」

 帰路に着くまでに幾つもの家を通り過ぎたが、あの家も、あの家も、クリスマスをお祝いして子供たちはプレゼントを心待ちにしているのだろうか。私も家に帰れば、お母さんが優しく私を出迎えるだろう。毎年いらないって言っているのに、ケーキを必ず用意しているんだ。私はコートの中のキーホルダーを手の中でギュッと握りしめた。今当たり前のように私は幸せの中にいるけど、兄はどうして居るんだろうか。

「私、孤児だったんだ。今の家には養子としてきたの。」
「え、」

 千冬が驚きの声を漏らす。彼の間抜けな表情に、私は頬を緩めた。

「孤児に居た時に、兄妹みたいに慕ってた人がいたんだ。すごく不器用な人だけど、私の面倒を良くみてくれててね。クリスマスイブになると、毎年二人で孤児院を抜け出して教会に讃美歌を聞きにきてた。」
「あ、だから今日出てきたのか。」
「そう。兄には会えなかったんだけどね。」
「何かあったのか?」
「私が6歳の時に養子縁組が決まって、その人とは喧嘩別れしたんだ。だから、行っても居ないって分かってた。でも、イブになると、会えるかもしれないって教会に足を運んじゃうんだ。」
「それで遅くまで外に出てたんだな。」
「そう。未練がましいでしょ。」

 千冬に苦笑してみせた。戯けたようにいったつもりだったが上手くいかずに気まずい気持ちになった。千冬は何も言わずに真剣な表情をしている。

「別にいんじゃねえの。納得するまで待てば良いと思うけど。まあ、夜遅くまで出歩くのは危ないから、もっと早めには帰れよ。」

 予想外の言葉に私は拍子抜けをした。呆気に取られて千冬をみると、私の反応に彼は不思議そうに小首を傾げた。寒さのせいか鼻先が少し赤くなっている。まるでトナカイみたいだ。私は堪えきれずに笑いを溢した。

「あ、何だよ。」
「何も。鼻が赤くなってるから寒そうだなって。」

 私はペットボトルで温めた手で千冬の鼻を摘んだ。千冬は「ワッ止めろよ。」と言うと怒ったような顔をして私の手を掴んだ。

 無自覚だろうけど、千冬は私の欲しい言葉をくれる。だから一緒にいて居心地が良い。ぶっきらぼうだけど、私の事を心配して優しくしてくれて、何かあれば私の為に怒ってくれる。私はそんな千冬のことが───

「ついたな。」
「え、ああ。送ってくれて、ありがとう。」
「おう。」
「千冬、あのさ。」
「ん?」
「年始に一緒にお参りいかない?」
「へ、は、え」
「他にも誰か誘ってさ。」
「あ、ああ。いいけど。」
「そ、じゃあ、また連絡する。」

 私は熱い顔を隠すように家に入った。リビングの奥から母親の顔が優しい顔で此方を覗いていていた。


ミッドナイトブルー


20211123
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