夏休み真っ只中。
 久しぶりの学校登校日が終わり、エマは用事があって先に帰ってしまった為、一人で街をぶらついてみた。

 渋谷区の裏通りの道に入ると、スラっとした長身の男が厳ついバイクに体を持たれかせて缶ジュースを飲んでいるのが見えた。あ、アレ私も好きな炭酸飲料のやつだ。最近売ってなくて、この通りの自販機にしかないやつ。
 私は彼の後ろに回って両手で彼の目を塞いだ。

「だーれだ。」
「誰だじゃねえよ。後ろに立つんじゃねえ、殴るぞ。」
「怖。そんな怒らなくて良いじゃないですか。」
「背後取られたら誰だって構えんだろ。」
「武士か何かですか?」

 場地さんは飲み干した缶をゴミ箱へ投げた。空き缶は綺麗に弧を描いて吸い込まれるようにゴミ箱に入る。おー、ナイスコントロールだ。
 私は場地さんの隣に並んで辺りを見回した。

「場地さん、今日は一人なんですか?」
「あ?見えんだろ。一人だ。」
「珍しいですね。いつも千冬と一緒なのに。」
 私はいつも彼の隣にいる少年の姿を思い出して言った。場地さんはちらりと視線だけ此方に向けて、また正面を向いた。

「別にいつも一緒に居るわけじゃねえよ。」
「そうなんですね。千冬とは学校が一緒なんでしたっけ。」
「おう。前は、お前と同じ学校にいたけどな。」
「え、そうなんですか?」

 私は目を瞬いて聞き返した。場地さんは寡黙な人かと思ってたけど、意外と私とのおしゃべりに付き合ってくれるみたいだ。

「俺は2年前に引っ越したからな。前まではマイキーんちの近くに住んでた。」
「ああ。だからマイキーさんと仲良いんですか。」
「まあ、一応、幼馴染ってやつだな。」
「ふむ。道理で場地さんはマイキーさんによく絡まれてる訳ですね。」
「そりゃお前だろ。あそこまでマイキーに絡まれてるけど、めんどくさくねえのか?」
「え、めんどくさいですよ?もしかして場地さん解決してくれるんですか?」
「んなわけねえだろ。めんどくせえ。」
「なんだ。じゃあ何でそんなこと聞いたんですか?」
「アイツに好意を抱いているという可能性を考えて探りを入れてみた。」
「あの、その可能性ないって分かってるくせに聞いてますよね?」
「まあな。この間は海にぶち込まれてたしな。あれは傑作だった。」
「はぁ、ひどいな。」

 私の悪態に、場地さんは無邪気に目を細めて笑った。普段は目つきが悪くて怖いけど、笑った唇からチラリと覗く八重歯が猫みたいで可愛いかった。

「私は恋愛とか、そういうの興味ないですよ。」
「普通女ってのは恋愛とか彼氏とかキョーミあるもんじゃねえの。」
「そんなことないですよ。てか、その"女は"って括り、あんまり好きじゃないです。なんか一線引かれてる感じで。」
「そうか。じゃあ気をつける。」

 場地さんがあっさりと頷く。初対面の時は気難しい人なのかと思ったが、言葉足らずなだけで根は素直なのかもしれない。

「そういう場地さんはどうなんですか?目つきは悪いけど、優しいからモテるんじゃないですか?」
「お前、喧嘩売ってる?」
「とんでもない。本当に優しいと思ってますよ?そーゆーギャップが良くてモテたりするんじゃないかなーと。」
「ふん、恋愛とかめんどくせーだけだ。」
「ええ。人に聞いといて自分も同じような回答じゃないですか。」
「まあな。」
「大体、中学生のガキが一時の惚れた腫れたで付き合って何も生産性がないですよ。」
「お前、意外と捻くれてんな。」
「あれ、場地さんも同じ考えだと思ってました。」
「俺も恋愛なんて良くわかんねえけど、付き合うってそんな重く考えなくていいんじゃねえの。もっと一緒にいたいとか、ソイツと特別な関係になりたいとか、そうやって思うから付き合ってんだろ。」
「なるほど。……場地さん、意外とロマンチストですね。」
「うるせーよ。」

 私の揶揄いに、場地さんが今度こそ私の頭をぐしゃぐしゃと崩した。

「でも、場地さんの話を聞いていて思い出しました。私も昔は特別な関係になりたい人がいたんです。きっと好きとはまた違う感情で家族のように慕ってたんですけど。そう思えば、関係に名前を付けたいって気持ちも分からなくないです。」
「ふーん。そいつとは、もう会わねえの?」
「会えないんです。今は、どこに居るかも分からないから。」
「そうか。」

 妙な沈黙が続く。何だか、しんみりしてしまう話をしてしまったかも。私は話題を変えようと場地さんの方に向き直った。

「そういえば、さっき場地さんが飲んでたジュース私も飲みたいです。」
「あ?買えばいいだろ。」
「場地さんに奢ってもらおうと思って。」
「意味わかんねえよ。自分で買え。」
「いやぁ、今気づいたんですけど、財布忘れたんですよ。わざわざ此処まで、あのジュース買いに来たのに。」
「お前、馬鹿じゃねえの。」
「あはは、ぐうの音も出ませんね。」

 すると場地さんは自販機までスタスタと歩いて私の方を振り返った。

「さっさと押せや。」
「え?本当にいいんですか?」
「いらねえんだったら、買わねえよ。」
「いえ、有り難く頂戴します。」

 自販機と場地さんの間に立ってお気に入りのジュースのボタンを押した。自販機はガコンという音を立ててジュースを落とす。私は屈んでジュースを取り出そうとした。しかし、取り出し口の扉が機械にかんでるのか上手く開かない。

「あれ、なんか出てこないです。」
「あ?もっと強く引けや。」
「いや、全力でやってますよ?」
「おい、お前どけ、俺が代わりに出す。」
「なんかもうちょっとで行けそうかも?いや、だめだな。」
「早く退け。」

 私は場地さんの方を振り返った。すると、予想よりも格段に場地さんの顔が近いところにあり、唇に柔らかい感触が触れた。やば、やっちゃった。
 私たちは慌てて距離を取る。と同時に場地さんの後ろから何かがドサリと落ちる音が聞こえた。
 視線を向けると、そこには間抜けな顔で口をポカンと開けた千冬がスクールバックを地面に落として突っ立っていた。わお、すごいタイミングでくるじゃん。

「おい、千冬。今のは」「あ、す、すみません。俺、邪魔しました!」

 千冬は場地さんの言葉を遮ると慌てた様子で走って行った。てか、慌てすぎてバック忘れてるし。明らかに勘違いさせてしまったようだ。

「ヤバイところ見られましたね、場地さん。」
「お前は何でそんなに普通にしてんだよ。もっと慌てろ。」

 場地さんは頭を抱えて困った表情をしていた。まあ、確かに。後輩に変なところ見られたら気まずいか。私は場地さんに買って貰ったジュースを啜りながら置き去りにされた千冬のバックを見つめた。

「仕方ねえ。誤解ときにいくか。さっさとバイクの後ろ乗れや。」
「え?私も行くんですか?」
「もとはと言えばお前のせいだろ。」
「いや、アレは事故ですよ。」
「うっせー。早く千冬の鞄持って乗れ。」
「えー。」
「ジュース奢ったんだから、付き合え。いやとは言わせねえ。」
「それを言われると逆らえませんね。」

 私は千冬の鞄を抱えて場地さんのバイクに跨った。場地さんに上からヘルメットを被せられる。ちゃんとヘルメットもってるんだ。この人たちがヘルメットしてんのみたことないけど。私は場地さんの腰に捕まった。細っ。場地さんガリガリじゃん。
 千冬を探しながら渋谷の裏通りを出て、大通りを走らせていると後ろから聞き覚えのある排気音が聞こえた。場地さんが舌打ちするのが聞こえる。ちょうど前方の信号が赤になり、バイクを止めると隣にマイキーさんとドラケンさんが並んだ。聞いたことある音だと思ったら、この二人か。

「場地とナマエちゃんじゃーん。やっほー。」
「珍しい組み合わせだな。何で二人でバイク乗ってんだ?」
 上からマイキーさん、ドラケンさんが私と場地さんを見て話しかける。場地さんは何故か反応しない。
「千冬を追いかけて二人でドライブ中です。」
「バッカ!お前余計なこと話すんじゃねえよ。」
 場地さんが慌てて私の話を静止する。めちゃくちゃソワソワしはじめた。わかりやす過ぎだな、この人。
「何だよ。言えねえことでもあったのか?」
「何にもねえよ。」
「何にもなかったら話せんだろ。ナマエちゃん、何があって千冬を追いかけてるのか言えよ。言わないなら、どうなるか分かるよな?」
 マイキーさんがゴゴゴと暗黒な効果音が出そうなほど黒い笑顔で脅しをかけてきた。場地さんはテメェ言うんじゃねえぞと言いたそうな、慌てた顔で此方を見ている。後から面倒くさいのは、どう考えても前者だ。

「ちょっとした事故で私と場地さんの口が触れて、それを見て勘違いした千冬が逃げだしました。」
「あ?場地、テメェ何やってんだ?年下の女に。」
「仕方ねーだろ!あれはフカコーリョクだ!」
「そうですよ。別に私は気にしてないですし。ただの事故です。」
「は?ナマエちゃんは黙ってろ。」
 めっちゃきれんじゃん。マイキーさん、私の父親かよ。場地さんは元々抱えていた頭を、余計に抱えはじめた。何か可哀想になってきてきたから、今度お詫びしよう。

「場地さん、信号青になりましたよ。そういうことなので、マイキーさん、ドラケンさん、また今度。」
「場地、後で神社集合な。」
 マイキーさんの圧に場地さんは無言を貫き通すとアクセルを目一杯踏んだ。バイクはグングンとマイキーさんたちと距離が開けていく。
「何かゴメンなさい、場地さん。」
「いや、別に。俺も巻き込んじまって悪かったな。」
 つくづく場地さんは良い人だ。今度場地さんの好きなもの袋いっぱいに買おう。

 バイクが見知った堤防まで着くと、場地さんは車を止めた。
「お前はアッチの方探せ。俺は反対側を探す。」
「ここに本当にいるんですか?」
「勘だから分かんねえ。」
 場地さんはあっけからんと言う。何だそれ、とは思ったが、少なくとも私よりは場地さんの方が千冬と付き合いが長いのだから信じよう。

 場地さんに言われた通り、堤防沿いをしばらく歩いていると、千冬が土手に三角座りをしているのが見えた。私は千冬の隣に同じように腰を下ろした。
「やっと見つけた。」
「ナマエ。」 
「場地さん、心配してたよ。凄い探したし。」
「え。」
「千冬が話も聞かずにカバン落として逃走するんだもん。そんなにびっくりしたの?」
「や、まあ。そりゃな。二人が付き合ってるの知らなかったし。」
 千冬が目も合わせずに言う。どうやら、さっきの光景をみて勘違いしてるみたいだ。

「いや、付き合ってないよ。」
「は?意味わかんねえ。じゃあ何でキスしてたんだよ。」
 千冬が眉根に深い皺を寄せて聞いてきた。本気の怒りを滲ませた顔なので、少し狼狽する。マイキーさんといい今日は怒られてばかりだ。厄日なのかもしれない。

「アレは事故だよ。ジュース買ってもらったあとに振り返ったら顔がぶつかっただけ。」
「へ。」
「だから付き合ってない。」
「何だよ……そういうことかよ。」
 千冬は膝に顔を寄せて俯いた。夕焼けに照らされて千冬の髪が金色から赤色に染まっていた。

「キスってそんな大事なもんかな。」
 私はポロリと思った事を呟いた。
「あ?」
「だって、ただ口と口がぶつかっただけじゃん。」
「お前デリカシーもクソもねえな。」
「別に減るもんでもないし。あんま気にしなくていいかなって思ってた。」
「そういう問題じゃねえだろ。」
 千冬がまた怒った表情で私に詰め寄った。
「そんな怒らなくても。」
「俺が言いたいのは、自分の身体のことなんだからもっと大事にしろってことだよ。この間の足捻ってたのだってそうだろ。」
 千冬の思いがけない言葉に私は目を瞬いた。予想外の言葉に、気の利いた返答が思いつかなくて沈黙してしまう。私の反応に千冬は気まずそうにガシガシと頭をかいてそっぽを向いた。
「まあ、余計なお世話かもしれねえけど。」

 千冬の耳が赤くなっているのが見える。これは夕焼けのせいじゃないよね。私は口元が緩むのがわかった。千冬の優しさに心がじわりと暖かくなる。
「ありがとう。」
「別に。」
「びっくりしすぎて考える暇なかったってのはあるけど、誰でも良かった訳じゃないよ。場地さんが良い人って知ってたし嫌じゃなかったのはある。」
「それって、お前」「きっと千冬でも、私は嫌じゃなかったと思うよ。」
「はあああ?お前俺の言ってること分かってないのか?」
「いや、分かってるけど。」
 千冬はまた顔を歪めて呆れた顔で私を見た。
「え、なに。」
「何でもねえよ。」
「千冬の言いたいことは分かってるよ。今度は自分の好きな人とするから。」
「その好きな奴って……」
「ん?」

 風がふわりと吹いて私の髪を攫っていった。千冬の浅葱色の目は何かを考えるように揺れていた。私は千冬の次の言葉を待つ。

「何でもねえ。早く場地さん探そうぜ。」

 千冬は私の方を振り返らずに立ち上がって歩き始めた。私は大人しく千冬の後を続いて歩く。千冬の背中の奥に見える空は、日が沈みかかっていて紺色と赤色のグラデーションが綺麗に見えた。


夏風が君の髪を攫う


20211031
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