「エマ、あのさ、千冬の連絡先知ってる?」
「え、千冬の?まさか、ナマエ、千冬のことが……。」
「何となくエマの言いたいことが想像できるから先に言うけど違うから。この前送ってもらったお礼を言いたいだけ。」
「あ、そっか。そう言えば祭りの時に、怪我して家まで送ってもらったんだっけ。」
「そうそう。」
「でもさ、優しくされたら、その人のこと気になっちゃうものじゃない?」

エマが探るように私の顔を覗き込む。今日も私の親友は頭を撫で回したいほど可愛いが、この手の話をされるのは少し苦手だ。他人の恋愛話を聞くのは嫌いじゃないけど、好きとか付き合うとか、まだよく分からない。それって友達に感じる感情と何が違うんだろう。可愛いものとか綺麗なものは好きだし胸はときめくけど、俳優やモデルに特別な感情を抱くかと言われると、そんな事は無い。見ていて綺麗だなって、ただそれだけだ。

「千冬は友達だよ。それよりも、エマはドラケンさんとどうだったの?祭り一緒に回ったんでしょ?」
「あー!ナマエ、話すり替えようとしてる。」
「だって本当に恋愛とか興味ないんだもん。エマといる時間が一番楽しいし。彼氏とか今いらないよ。」
「わーい!エマもナマエといる時間が一番楽しいよ。」

 エマが勢いよく私の首に飛びついた。反動にぐえっと喉から声が出た。やっぱりどこかマイキーさんとエマは行動が似てるなと思った。エマに行ったら頬を膨らませて、いじけそうだけど。

「それで、ドラケンさんとの進展は?」
「うー、それがさあ、結局一緒に出店回ったり花火見たりしたんだけどさ、それだけだったの。エマから手とか繋げば良かったのかな。」
「うーん、ドラケンさん手強いね。でも、そこはチョロいって思わせない為にも自分から行かなくて良かったんじゃない。」
「そっかあ。敢えて高嶺の花になるってこと!?」
「うん。なんか男の本能で早く落とせる女の人より、手が届かなそうな女の人の方がモテるってお母さんが言ってた。」
「なるほど!本能に訴えるのね?」
「いや、メモするほどのことじゃないから。」

 数学のノートの片隅に、私の言った事をメモを取るエマが可笑しくてクスリと笑った。好きな人に対してここまで一生懸命になれるエマがちょっと羨ましい。こんな可愛い子にどうしてドラケンさんは振り向かないんだろう。否、振り向かないってこともないのか。ドラケンさんのエマに対する態度を見てると大事に想ってることが伝わってくるもんね。私は正面に座るエマの前髪を梳いた。さらりと指から綺麗なブロンドが滑り落ちる。エマが嬉しそうに私の顔を見上げた。

「あー、ナマエが男の子だったら、ドラケンよりも惚れちゃうかも。」
「あはは、女の私じゃドラケンさんに勝てない?」
「いや!そーゆーことじゃなくて。」
 エマが慌てるように両手を彷徨わせた。
「分かってるよ。からかったの。」
 エマの頬を掴む。私の言葉にエマの両頬はぷっくりと膨らんだ。どうやら、からかい過ぎたらしい。

「あー、居た!ナマエちゃん、この前はよくも俺を置いて帰ったな?」
 首元に先ほどよりも強い衝撃が走る。喉からはゴホッと咳が溢れた。先程の言葉を前言撤回。マイキーさんの突進はエマの5倍勢いがあり遠慮がない。

「マイキーさん、私今日パッキーあるんです。上げる。」
 マイキーさんのめんどくさそうな雰囲気を察したので意識を逸らすことにしよう。鞄からお菓子を差し出すと、マイキーさんは周りに花がとんでるんじゃないかと思うほど喜んで、ノータイムでお菓子を食べ始めた。まるで子供みたいだ。

「よう、エマ、ナマエちゃん。」
 噂のドラケンさんが後からやってきた。エマはさっきまで噂していたせいかソワソワしている。

「そういえばナマエちゃん、足大丈夫か?この前捻ったんだろ。」
「はい。すっかり。ところで二人は何しに来たんですか?」
 私の問いを遮るようにマイキーさんが私の口にパッキーをぶっさす。チョコ味が口に広がった。
「ナマエちゃん、俺とデートしようよ。」
「はい?」
「ちょっとマイキー!どういうこと、抜け駆けはダメだよ!」
 佐野兄妹が目の前で言い合いを始める。私は自体を飲み込めず。頭を傾げて二人のやりとりを見た。斜め上から溜息の声が聞こえて、ドラケンさんの方を見上げると彼は苦笑して私を見返した。
「明後日から夏休みだから遠出しようと思ってさ。海でも行こうって話になったんだよ。そしたらマイキーがナマエちゃんとエマも呼ぶって。」
「あー、そういうことですか。」

「ナマエちゃんの水着姿楽しみにしてるぜ!」
「わーい!ナマエ、たくさん写真撮ろうね!」
 マイキーさんとエマが肩を揺らして言う。頭がぐわんぐわんなるからホント辞めてほしい。



 数日後、約束通りエマの家に向かうとマイキーさんとエマが表で待っていた。マイキーさんは自然な流れで私の荷物を預かってくれる。基本わがままで子供っぽいが、ふとした瞬間にお兄さんなマイキーさんが顔を覗かせる。

「ナマエちゃん、首元から見えてる紐は水着?なんかエロいな!」
「あの、そう思うなら引っ張らないでもらって良いですか。」
 株上がったと思ったら急落したわ。マイキーさんが私の首元のリボンをぐいぐい引っ張る。水着がホルダーネックで首の後ろでリボン結びをするタイプなので、シャツから飛び出るのだ。エマがすかさずマイキーさんの腕をチョップして静止にはいる。

 佐野兄妹がわちゃわちゃ言い争っているうちに、表からバイクの音がしてドラケンさんと場地さんと千冬、それに三ツ谷さんも居た。
「あん?何だよ、エマとエマのダチのナマエも居たのか。」
「せっかくだからな。場地とナマエの絡みも面白いしな。」
 マイキーさんが楽しそうに言う。また始まったよ。マイキーさんの面白そうだからってやつ。
「いや、何も面白くないですよ。」「何も面白くねえだろ。」
「はは、二人ともまたハモってんじゃん。うける。」
 何もうけねーよ。心の中でつぶやく。

「じゃ、そろったし行こうぜ。ナマエちゃんは俺が乗せてくから、ケンチンはエマを頼んだぜ。」
「あ?お前が妹乗せてけよ。」
「やだ。俺がナマエちゃんを呼んだんだから、ゲストを俺が連れてくのは当然だろ。」
「もっともな事言ってる顔してるけど、お前がナマエちゃん後ろに乗せたいだけだろ。」
「そうとも言う。」

 また、マイキーさんの運転か、とも思ったが他の誰かの荷台に乗るのも気まずいので、大人しくマイキーさんのバイクの荷台に乗ることにした。そういえば千冬がこの間、何だっけグラブバーと腰に手を当てれば良いって言ってたな。

「マイキーさん、グラブバーってどこですか?」
「あ?そんなの良いから俺の腹に両腕回せばいいよ。」
「え、なんかでも正しい乗り方あるってネットで見たんですよ。」
「ネットよりも俺が言うことが正しいから。大丈夫だよ。」
 ジャイアンかよ。このまま進まないラリーが続くのも面倒なので、大人しくマイキーさんの腰に捕まった。

「やっぱり女の子に腰掴まれるっていいな。」
「あの、変態くさいこと言うの辞めてもらっていいですか?」
「だって本当のことなんだもん。」
「はいはい。早く行きましょ。」
 マイキーさんはやたら楽しそうに周りを見回してた。何が面白いんだ。よく分からないけど早く発進するように促す。

 それから、数回休憩をはさみながら海に到着した。カオスなメンバーが並んだから、どうなることやらと不安だったが、いざ海に着いてみるとテンション上がる。やっぱり夏といったら海だね。エマと更衣室に入り日焼け止めを塗りあいっこして水着に着替えた。外に出るとマイキーさん達は既に着替えていて、私達を待ってくれていたようだった。

「おー、紐で結ぶタイプの水着ってエロいな。」
 マイキーさんは私の姿を上から下まで見ると水着のリボンを触り始めた。
「マイキーさん、今日変態おやじみたいですね?」
「何だと?こうしてやるー!」
「え!?ちょ、待っ」

 マイキーさんは突然私の腰を掴んで抱き抱えると、海の方まで走り始めた。エマやドラケンさんの叫び声が聞こえるけど、マイキーさんは全然聞いてない。嫌な予感は的中し、マイキーさんは私を抱えたまま海にダイブした。私はマイキーさんの馬鹿力に抗うことも出来ず、心の準備もままならないまま海に入ることになった。浅瀬にダイブしたから溺れることはなかったにせよ、鼻に思いっきり水入ったし。私はゲホゴホと暫くむせた。マイキーさんは可笑しそうに私を指差して笑ってやがる。

「マーイーキーさぁん、よくもやってくれましたね。」
 私はブチギレて海水を思いっきりマイキーさんの顔面目掛けてかけた。マイキーさんは私から反撃が来ると思わず油断をしていたのか正面から海水を浴びた。ざまあ。

「オエッ しょっぱ!ナマエちゃん、俺に歯向かうってことは覚悟はできてるか?」
「元はと言えば、マイキーさんがいきなり私を海に投げ込んだんじゃないですか!」
 私たちが海水の掛け合いをしていると、エマが加勢してきてマイキーさんに鉄槌を下してくれた。まだ海に来て一時間も経ってないのにドッと疲れたわ。側にあったビーチパラソルの下に腰を下ろすと、横からペットボトルが差し出された。

「大丈夫か?」
「三ツ谷さん、飲み物ありがとう。すごい体力使ったけど何とか生きててよかった。」
「はは、すげえ勢いで海にぶん投げられたもんな。」
 遠くでは皆んなでビーチバレーをし始めたのが見える。場地さんとドラケンさんめっちゃガチだ。みんな負けず嫌いなんだな。

「ミョウジさん、マイキーと仲良いんだな。」
「仲良いと言うか、エマの友達だから絡まれるんだと思う。どんどんスキンシップが過激になってきてるからホント疲れる。」
「そっか。なんか羨ましいな。」
「は?三ツ谷さんドMなの?海に突き落とされて見てよ。軽く溺れかけたから。」
「いや、そっちじゃなくて。まあ、いいや。」
 三ツ谷さんが煮え切らない表情で言う。

「良く分かんないけど、マイキーさんなら喜んで相手してくれるんじゃない?てか、私の身代わりになってください。」
「うん。それは遠慮するかな。」
「チッ」
「おい、舌打ち聞こえてるぞー。」
 三ツ谷さんがぐりぐりと頭を撫でてきた。何というか、お兄さんなだけあって余裕のある雰囲気がする。私が三ツ谷さんの方を見ると、三ツ谷さんも目を瞬いて私をじっと見つめた。

「いやー、なんか水着ってやっぱいいな。」
「三ツ谷さんもじじ臭いこと言いますね。そんなに水着って興奮するもんですか?」
 三ツ谷さんが吹き出して私の方を見る。
「興奮って、そんな直接的な言い方すんなよ。」
「だって、他に言い方思いつかなかったんですもん。」
「まあ、可愛い子の水着姿には誰だって興奮すると思うぜ。」
「ふーん。」
「いや、気持ちいいくらいに塩対応だな。」
「いや、なんかコメントに困ったんで。」
「そう言うところも面白いけどね。」

 三ツ谷さんがクツクツと笑った。何が面白いのか分からないけど、楽しそうで何よりだ。私はペットボトルのキャップを開けながら皆んなが騒いでる姿を眺める。
「三ツ谷さんはビーチバレー混じらなくていいの?」
「まあ、せっかくだしミョウジさんと話そうと思ってね。」
「私と話しても、そんなに面白くないと思うけど。」
「それは俺が決めることじゃん。」
「確かに、それはそうだね。」
 私は三ツ谷さんの言うことが一理あると頷く。

「ミョウジさんは、あれだけマイキーに構われて、マイキーのこと気になったりしないの?」
「それって、どう言う意味で?」
「男女って意味かな。」
「逆に聞きたいんだけど、海に突き落としてくるニンゲンを好きになると思う?」
「はは、ならねえな。」
「そういうこと。」
「じゃあ、優しい人の方がいいんだ?」
「そりゃ、意地悪な人よりはね。」
「ふーん。参考になるよ。」
「いや、なんの?」

 私の質問に三ツ谷さんは読めない表情で微笑む。何考えているか分からないな。私が首を傾げて三ツ谷さんを見返すと、遠くからマイキーさん達が私達を呼ぶ声が聞こえた。

「チッ お呼び出しか。」
「仕方ない、練習の成果みせるか。」
「お?ミョウジさん、バレー得意なのか?」
「昨日たまたまバレーのスポ根漫画読んだ。」
「何だそれ。絶対ダメなやつじゃん。」
 三ツ谷さんは綺麗に破顔をした。

 その後、皆んなでガチバレーをして昼食を取ったかと思うと、男組はクロールリレーを始めた。私とエマは疲れたので、砂浜で砂遊びをしながら世間話に花を咲かせた。暫くすると皆んな思い思いに時間を過ごし、エマとドラケンさんが話し始めたので、私は散歩がてら、かき氷を買いに行くことにした。

 かき氷を食べてぶらぶらと歩いていると、少し先に千冬がいるのが見えた。誰か見知らぬ人と話している。

「千冬、何してんの。」
「あ、ナマエ。」
 横を通り過ぎるのに無視するのも何なので声を掛けると、綺麗なお姉さん二人組と目があった。もしかしてお邪魔したかと思い、千冬をみると困った表情と目があった。どうやら、ナンパされてたらしい。千冬って歳上から好かれそうだもんな。ここは人肌脱ぐとするか。
 私は千冬の腕を掴んで引っ張った。
「おま、何して。」
「お姉さんがた、この人は私の彼氏なので他を当たってもらっていいですか?」

お姉さんがたは狼狽して私を見ていた。トドメとばかりに私は千冬の腕を胸元に寄せる。お姉さまがたは悔しそうに顔を歪めると、どこかに歩いて行った。口パクでブサイクって言われた気がするけど気にしない。

「いやー、千冬、逆ナンされるなんてやるじゃん。断れなくてオドオドしてたのはウケたけど。」
 千冬の憎まれ口を想像して視線を向けると、彼はそっぽを向いて口元を抑えていた。

「え、ちょ、大丈夫?」
 よく見ると手元からポタポタと血が出てる。もしかして熱中症?私は慌てて千冬の顔を覗き込む。顔が真っ赤だ。明らかに暑さでやられてる。体調が悪かったからナンパも断れなかったのか。私はきょろきょろとあたりを見回して木陰まで引っ張った。木陰に千冬を座らせると近くの救護室でティッシュとタオル、氷、水を貰って、千冬のもとまで戻った。

「千冬、大丈夫?ティッシュあるから手どかして。」
「やめろ。お前の手が汚れるから。」
「そんなのいいから。」
 私は千冬の手を退かせると顔まわりをティッシュと水で綺麗にして鼻にティッシュを詰めた。まだ顔は真っ赤だ。凄く顔も熱いし、まだ辛そう。

「水飲める?」
「うん。」
 ペットボトルのキャップを外してミネラルウォーターを手渡すと、千冬はごくごくと水を飲んだ。その後に顔を俯かせて頭を抑えていた。頭が痛いのかもしれない。

「千冬、私の膝使って良いから、ちょっと横になって休んだ方がいいよ。」
「は!?いいよ、いらねえって。」
「いいから。まだ顔熱くてつらそうじゃん。」
「そ、それは」
「熱中症なんでしょ。ほら、遠慮しなくていいから。」
 千冬の肩を掴んで無理矢理私の膝を枕にさせるように寝転ばせた。休憩所で氷もいくつかもらったので、タオルに包んで頸動脈のあたりに当てる。
「体勢、辛くない?」
「ウン、ダイジョウブ。」
 千冬はそう言うと顔を外側に向けて体勢を変えた。千冬の顔の熱が太ももを通って伝わってくる。まだ暫くは休んだ方が良さそうだ。
 30分ほど休んでいると、遠くから場地さんがやってきた。
「あ?お前ら何やってんだ?」
「あ、場地さん。千冬が熱中症で体調悪くなっちゃったので木陰で休んでました。」
「そうか。……まあ、じゃあ、あっちで待ってるから。体調戻ったら帰るぞ。」
「はい、分かりました。後から向かいます。」
 場地さんが歩いて行ったあとに、千冬がゆっくりと身体を起こした。鼻栓は抜いていて、もう血は止まったみたいだ。

「体調少しは良くなった?」
「ああ、もう大丈夫だから戻ろう。時間取らせて悪い。」
「気にしないで。本当に大丈夫?」
「ああ。あの、さ。鼻血出したこと恥ずかしいから皆に言わないでくれ。」
「あ、うん。わかったよ。じゃあ戻ろっか。」
 シャイで可愛いところもあんじゃん。そう思いながら、みんなの元に戻ろうと歩き始めると千冬が私の腕を掴んだ。
 浅葱色の綺麗め瞳と視線がぶつかる。私は頭を傾げて千冬の言葉を待った。

「あとで、連絡先交換してくんね?」

 千冬の顔はまだ熱中症のせいか少し赤かった。私は目を瞬いて彼をみる。腕からはじんわりと熱い熱が伝わってきた。

「うん。私も聞こうと思ってたよ。」

 私がそう返すと千冬がホッとしたように破顔して笑った。子供みたいな綺麗な笑顔に、私の心にじんわりと熱がつたわった。


まやかしに溺れる熱


20211016
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