渋谷区のある通りに不良が良く溜まっていて、近隣の住民であれば近づかないような路地があった。何故かと言えば、人目につきにくい場所なので煙草が吸いやすいし、リンチには打って付けの場所だ。俺と場地さんは煙草を吸うことはないが、たまにそこへたむろしてバイクをふかすことがあった。そこの通りの置いてある自販機には、場地さんがお気に入りの炭酸飲料が売っていたからだ。その日も例に漏れず、バイクを走らせた後で路地に溜まってだべっていた。

 すると、遠くから何か言い合いするような声が聞こえてきた。目を向けると男女が口論している。男は派手な柄シャツにボンタン。それから趣味の悪い金のネックレス。何ともセンスが悪い。それに相対するかのように女の方は制服をほどほどに着崩して、良く手入れのされた綺麗な黒髪が目を引いた。初めはカップルの痴話喧嘩かと思ったが、話し声から察する限りたまたま路地を通りかかった女が男に絡まれてしまったようだ。場地さんも様子を伺うように男女を見ていた。

「アンタ誰?どいてよ。ここ通りたいんだけど。」
「だから、ここ通るなら俺とデートしてよ。お姉さん可愛いんだもん。」
「は、私とアンタが?悪いけど一ミリもタイプじゃないから無理。てか、その柄シャツどこで売ってんだよ。母親にでも買ってきてもらったの?ダサい。」

 女はバッサリと男に悪態をついた。あまりの気持ちよさに場地さんは吹き出して口元を抑えていた。俺はと言うと女とは思えぬ乱暴な口調に引いた目で女を見た。

「んだと?こっちが下手にでれば舐めてんのか。」
「いや、事実を言ったまでだから。」
「いいじゃねえか。気が強い女は嫌いじゃねえ。無理矢理犯してやるよ。」

 俺と場地さんは身構えて彼女を助けようとした。しかし、そんな必要はなかった。
 彼女は不良を見上げると、一泊置いて男の金的を思い切り蹴り上げた。かなりの良い蹴りで見ている方も縮み上がりそうな蹴りだった。艶をたっぷり含んだ彼女の黒髪が光を含んでキラキラと輝いていた。

「気安く触ってんじゃねぇよ、タコ。」

 蹴られたチンピラは崩れ落ちるように股間を押さえて膝をついていた。もう、女へ食いかかろうと言う気力は削がれたのか、道の端へゆっくりと這っていった。

 不意に彼女がこちらに視線をよこした。彼女は気の強そうな澄んだ瞳をしていた。呼吸をするのを一瞬忘れてしまいそうなほど綺麗な目だった。彼女は俺らを一瞥して敵じゃないと察すると、さっさと立ち去って行った。

「おい、やべえな、あの女。」

 場地さんが可笑しそうに爆笑しはじめる。俺は余りにも恐ろしい光景に笑えなかった。あんなの一発くらったら、男は誰だって倒れるだろう。
美しい髪に似合うように彼女は気の強い女だと思った。

 そして、後日、エマが集会にその女を連れている事に気づいた。場地さんは忘れているみたいだったけど、俺は強烈な光景を見せられたので彼女の顔を覚えていた。髪はやっぱりたっぷりと艶を含んでいて、女性らしさを強調していた。しかし、彼女は男の金的を容赦なく蹴り上げるような女だ。人は見た目によらない。

「千冬って綺麗な名前だね。」

 彼女がにっこりと笑った。この間の一部始終を見たせいだと思うが、やはり俺は彼女から目が離せなかった。実に強烈な女だった。俺はムズムズする胸の内を隠すように彼女に悪態をつく。

それが彼女との出会い。


消えない傷を残して


20210920
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