私が友達と祭りに行くと言うと、母親は張り切って浴衣をおろした。白地に藤の花が散りばめられた綺麗な布地で、帯は藤の花に合わせて深い紫色を選んだ。髪は浴衣に合わせてアップヘアにする。外に出ると夕焼けと夜色のグラデーションが綺麗に空一面に広がっていた。夏の夜の風が優しく首元を撫でる。私は慣れない下駄を足にかけ、ゆっくりと神社までに道を進んだ。

 神社前でエマと待ち合わせをしていていたが、人混みがすごくエマの姿が見えない。まだ時間も早いし来てないのかも知れない。私はエマにメールで着いた事を一報して辺りを見回した。せっかくだしエマから連絡があるまで少し歩いてみようか。

 神社内にはりんご飴、焼きそば、かき氷と色々な屋台が並んでいた。どれもこれもが美味しそうだ。そして、ここまで大きなお祭りに来るのは初めてで全てが興味深くキョロキョロと見回しながら歩いた。すると前を歩いていた人が突然立ち止まり顔からぶつかることになった。私は鼻を抑えて正面の人物を見る。

「わあ、別嬪さん。」
 そこには綺麗な顔をした少年がいた。中性的な顔立ちをしているので女性のようにも見える。首元まで伸びた綺麗な髪は屋台の照明を受けてキラキラと光っていた。繊細そうな目元とは相反して口元には傷がみえた。昔の傷のようで血は出ておらず顔の一部のように口の端に二つ、綺麗に刻まれていた。

「何だお前。」
「性格は別嬪さんじゃなかった。」
「うるせえ、ビッチ。」
「クソ口悪。」

 綺麗な別嬪さんは私にメンチを切るように顔を覗き込んできた。

「何だ、逆ナンか?」
「いや、違います。確かに顔には興味を惹かれましたが、それだけです。」
「あん?じゃあ黙って俺に犯されるか。」
「うわ。会話成り立たねえ。想像以上にやばい人だった。」

 別嬪さんが私の腕を掴む。振り払おうと腕に力を入れたが、意外にも力が強くびくともしなかった。

「で?俺がタイプなのか?」
「タイプというよりか、先程申し上げたように顔に関心があっただけです。」
「奇遇だな。俺もテメーみてえな強気な女を手懐けてみたいと思っていた。」
「はあ、そうですか。ゾッとしたんで今すぐ手を離してもらっていいですか。」

 言葉に逆らうように別嬪さんの顔がグッと近づけられる。目元は女性顔負けのまつ毛を持っていて美しかった。

「よく見たら、お前どっかで見た事あるな。」
「そちらこそナンパですか?やり口が古いですね。」
「まあ、いい。名前は?なんて言う。」
「名乗るほどのものでもありません。」
「相当虐められたいみたいだな、お前。」

 別嬪さんの手が私の顔に伸びようとした時、彼の手を誰かが掴んだ。見上げるとマイキーさんが別嬪さんの手を掴んで静止したようだった。

「マイキー、何だよ。」
「コイツは俺の妹の友達(ダチ)だ。乱暴に扱うな。」
「ああ、そうか。前に集会に来てたやつか。通りで見覚えがあった。」
「もしかして、この別嬪さんもマイキーさんの仲間ですか?」
「ああ、そうだ。三途って言うんだ。乱暴なとこもあるけど悪い奴じゃない。ナマエちゃん、怪我してないか?」
「はい。大丈夫です。」
「そっか。良かった。それと、浴衣姿似合ってるぜ。エマが見たら喜びそうだ。」
「エマと一緒に来たんですか?」
「ああ、今は入り口でケンチンと話してると思うよ。」
「あー、そうですか。」
「ハハッ ナマエちゃん、どうしようって顔してる。ケンチンには連絡しとくから暫く俺と回るか?」

 マイキーさんには私の考えがお見通しのようだ。彼は自己中心的なところもあるが、人のことを良く見ていて何だかんだ面倒見がいい。何となくエマの邪魔をするのは憚れるしマイキーさんの提案に乗ることにしよう。

「そうですね。お言葉に甘えて良いですか?」
「おう。三途は誰か探してんのか?」
「連れと一緒に来たけどはぐれた。」
「ふーん。じゃあ、三途もついてこいよ。」

 え?このイカれ野郎も一緒なの?と思ったけど口に出したらめんどくさそうなので大人しくマイキーさんに着いていくことにした。

「ナマエちゃん、なにか食いたいもんあるか?」
「あ、いえ。あんまり、こういう所来たことないので良く分からないです。」
「へー、そうなんだ。じゃあ、俺が美味しいもん沢山の食わせてやるよ。」

 そう言うと、マイキーさんはズンズン歩いていった。慌てて着いて行こうとすると、人混みの多さに人にぶつかってしまった。慣れない下駄を履いているせいか上手く避けられない。マイキーさんと距離が離れてしまうと慌てて歩くと、グッと手が引っ張られた。びっくりして手を引かれた方を見るとマイキーさんが私の手を掴んでいた。マイキーさんは小柄に見えるけど、手はゴツゴツしていて私の手がすっぽりと彼の手に収まった。

「わり、その履き物だと歩きにくいよな。大丈夫か?」
「あ、はい。」
「人多いから暫く手借りるな。」

 マイキーさんは優しく微笑むと私の手を引いて歩き始めた。歩みは先ほどよりもゆっくりになった。なんだか気を使わせてしまったか。

「マイキー、鯛焼き買った。食うだろ。」
「おう。三途、ありがとな。」

 三途さんは意外にもマイキーさんには大人しく従うようで、彼の好物のたい焼きを買ってきて渡していた。それから、私の目の前にもずいっとたい焼きが差し出される。何だろ、私にもくれるのかな。私がマイキーさんに掴まれている方と反対の手を出すと、鯛焼きを掴む直前で三途さんが手を引いた。

「お前にはやるって言ってねえよ。」
「うざ。なんなんですか。」
「見せただけだ。」
「あっそう。」

 三途さんは楽しそうにニヤニヤ笑いながら、見せつけるように鯛焼きを食べている。クソムカつくじゃん。私は反抗心が疼いて、三途さんの腕を掴んで彼が食べかけていた鯛焼きを食べた。三途さんは呆気に取られたように口をポカンと開けて私を見ていた。彼の間抜けな顔に、今度は私が優越感に笑い返す番だった。

「お前、ぶん殴られたいのか?」

 三途さんは怒り狂っているようで顔を赤くさせて怖い顔をしていた。私は三途さんを前に鼻で笑ってマイキーさんの後ろに隠れる。マイキーさんは鯛焼きに夢中になっていたようで、私たちのやり取りは見ていなかったらしい。キョトンとした顔で私を見ている。

「ん?どした?」
「何でもないですよ。鯛焼き美味しいですか?」
「うん。一口食う?」

 マイキーさんはそう言うと私の方に鯛焼きを差し出した。先程、三途さんのを食べたばかりだが、断るのもなんなので彼の鯛焼きも一口もらった。視線を感じて顔を上げると、マイキーさんがジッと私の顔を穴が開くほど見ていた。

「な、何ですか。」
「いや、なんか浴衣って色っぽくていいな。」
「は?今ちょっと背筋が寒くなったので手を離して貰ってもいいですか?」
「やーだ。」

 マイキーさんは楽しそうに笑うと、私の手に指を絡めた。絶対面白がってんじゃん。必死に手を振り解こうと引っ張るがマイキーさんの馬鹿力にびくとも動かなかった。むしろ、マイキーさんの親指がすりすりと私の手の甲をなぞってゾッとした。

「おい、マイキー。目の前でイチャイチャしてんじゃねえぞ。」
 三途さんは不満そうに言うと、私とマイキーさんの手を外した。この人も相当馬鹿力だな。
「何だよ。邪魔すんなよ、三途。」
 何か急に言い合いを始めたので、めんどくさくなる前に私はそっと二人から離れた。

 そろそろエマと合流してもいいかなと、私は人混みを外れてエマに連絡をすることにした。
 奥まった所に雑木林があって、そちらに行くと見慣れた背中を見つけた。

「あれ、千冬じゃん。」
「あ?……あ?」
「え、何。今なんで2回言った?」
「うるせえ。」

 千冬は不機嫌そうに口を真一文字に結んでソッポを向く。何かあったのかな。不機嫌そうだし、そっとしておくか。
 私はその場を離れようと千冬の横を通り過ぎようとした。しかし、木の根に足を取られてうっかりバランスを崩してしまった。
 やばい。そう思って咄嗟に目を瞑ったが、私の体は痛みを感じることはなく、誰かに体を支えられた。まあ、この場には私ともう一人しかいないので必然的に千冬に支えられていることになるんだけど。

「あっぶねえな、お前。ちゃんと下見て歩けよ。」
「ごめん。下駄が慣れなくて。」

 千冬の腕が私を支えるために両肩を掴んでいた。私は体制を整えて顔を見上げる。思っていたよりも近い距離に千冬の顔があり、花浅葱色の瞳とかち合った。綺麗な瞳に私は時間を忘れて惚けるように見つめた。

「……ナマエ?」
「あ、ごめん。千冬の目って綺麗だね。ついじっくり見てたわ。」
「は?!お前、そうやって変なこと言うのやめろよ。」
「え、変なこと言った?」
「いや、もういいわ。」

千冬が呆れたような声で言う。表情は暗闇で少し見づらいが、声と同じで呆れた顔をしているのだろう。

「足、大丈夫か?」
「あー、ちょっと捻ったみたい。」
「状態見るから、俺の肩掴まってて。」
「あ、うん。ありがとう。」

 千冬がしゃがんで私の足元をみる。私はお言葉に甘えて千冬の肩に捕まった。意外にもがっしりした肩で、彼が男の子だということを認識させられる。

「足首腫れてんな。俺の単車で送るから今日は帰れよ。」
「え、悪いから良いよ。」
「あ?そんな状態でどうやって帰るんだよ。匍匐前進か?」
「たしかに、それはキツイな。」

 私は大人しく千冬のバイクで送ってもらうことにして、先ずはエマに連絡をした。エマは慌てて私の元まですっ飛んできて、私の浴衣姿を褒めちぎりながら携帯のカメラで何度もシャッターを押していた。授業参観に来た親か。私はエマの手を引っ張ってエマの肩に手を回した。

「折角なら二人で撮りたいな。」
「ナマエ……!もちろんだよ。」
「それにしても浴衣似合ってる。めっちゃ可愛い。一緒に回れなくて本当にごめん。写真送ってね。」
「もち!祭りなんて今度また行けば良いし、ナマエの身体の方が大事だよ。」
「ありがとう、エマ。また連絡する。」
「うん。写真送るね!」
 その後、エマに見送られながら神社を後にする。千冬のバイクは裏の駐車場に止めてあったようだ。

「ちゃんと捕まっとけよ。」
「うん。腰?掴めばいいんだよね?」
 私は以前マイキーさんに乗せてもらった時を思い出して、千冬の腰に両手を回した。体温が背中からじわりと伝わる。

「ばっ!?後ろのグラブバーと片方の手は腰掴めばいんだよ。」
「は?グラブ?なにそれ。後ろのどこにあんの。これ?」
「そこじゃねえよ。あー!危ねえからそんな所掴むな!クソっもういいわ。腰に手回してろ。」
「何よ、結局腰でいいんじゃん。」
「うっせー。振り落とされんなよ。」
「安全運転でおねしゃす。」

 千冬がエンジンをふかす。バイクから振動が伝わり重低音が鼓膜を揺らした。バイクはゆっくりと発進して、夜の街を駆けていく。赤信号で止まった時にふと夏の匂いが鼻腔をくすぐった。もうすっかり季節が春から夏に移り変わったのを感じる。入学してからエマにあって、それからエマのお兄さんや千冬に会って、もう数ヶ月が経つんだ。
 暫く走ると見慣れた景色が見え始め、千冬が私の家のそばまでバイクを止めてくれた。私はバイクが止まったのを確認すると、ゆっくりと地面に足をつける。ずきりと痛みがはしってバイクに片手をついた。

「大丈夫か?俺の肩掴まれよ。」
「え、ああ。ありがとう。」
「おう。体重かけていいから。」

 千冬が支えるように私のそばに立つ。彼の肩に遠慮がちに捕まった。
 家の前まで来ると玄関のドアがガチャリと開いてお母さんが顔を出した。

「あら、ナマエちゃん。どうしたの?」
「足挫いちゃって。友達が送ってくれたの。」

 千冬がペコリと頭を下げる。

「まあ!ありがとうね。良かったら上がって言って。」
 お母さんが興奮気味に千冬を家に通そうとする。何かよからぬ事を考えていそうだ。千冬は戸惑い気味に視線を彷徨わせてる。
「明代さん。友達も門限あるから、また今度来てもらうよ。」
「あら、そう?じゃあ、気をつけて帰ってね。ナマエちゃんを送ってくれてありがとう。あ!そうだ!良かったら、信州で買ったお土産があるからちょっと待ってて!」
 お母さんはそう言うとバタバタと家のなかへ戻って行った。千冬は玄関の側に私を座らせてくれる。

「母さんか?」
「ああ、うん。ごめん。男友達連れてくるのなんて初めてだから、張り切ってるんだと思う。」
「そ、そっか。」
 千冬が照れ臭そうに頬をかいた。

「はい、これ。引き留めちゃってごめんなさいね。そういえばお名前は?」
 お母さんはバタバタと戻ってくると紙袋を千冬に渡した。ちゃっかり名前まで聞いてる。
「明代さん、いいから。」
「あ、松野です。松野千冬。」
「そう。松野くん。ナマエちゃんとこれからも仲良くしてあげてね。」
「うっす。」

 千冬はまた軽くお辞儀をすると帰っていった。お母さんは期待に満ちた笑顔で私を見てくる。

「家まで送ってくれるなんて、とても優しい子ね。もしかして、ナマエちゃん、あの子と……。」
「いやいや、本当にただの友達だから。それよりも浴衣脱ぐの手伝ってほしいな。」
「はいはい。足も冷やさないとね。」

 ご機嫌そうにお母さんが私の体を支えてくれる。これは1ヶ月くらいは千冬のことで色々聞かれそうだな。私はうんざりしながらお母さんの手に捕まった。ふとリビングの窓に視線を移すと満月が見えた。今日はとても綺麗だ。なんだか、千冬の瞳を思い出す。


瞳の奥に閉じ込めた


20211013
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