習字の時間に使う半紙がなくなったので、スーパーまで足を運んでいた。不意に足に軽い衝撃がありよろける。驚いて振り返ると小さな女の子が涙を目にいっぱい溜めて、こちらを見上げていた。死ぬほどかわいい。天使かな?

「ごめんね。お姉さん避けられなかった。大丈夫?」
 私が問いかけると女の子はふるふると顔を縦に振った。大きな目からは今にも水が溢れそうだ。あまりにもいじらしい姿に私は彼女の頭を撫でた。色素の薄い髪がさらさらと指どおり良い。
「こけたのに泣かないで偉いね。」

 私の言葉に、女の子は我慢の糸が切れたのか、堰を切ったように泣き始めた。私は鞄からハンカチをだして女の子の涙を拭う。女の子は一通り泣くと落ち着いたようで、シャクリをあげながら私を見た。

「名前は何ていうの?」
「マナ。」
「そっか、マナちゃんね。ここまで家から一人で来たの?」
 マナちゃんは頭を大きく縦に振った。
「帰り道は分かる?」
 今度はマナちゃんは頭を横に振った。また目にはじわじわと涙が溜まってきている。どうやら察するに彼女は迷子になってしまったようだ。

「じゃあ、おうちの電話番号分かるかな?」
「お兄ちゃんの、携帯番号なら、覚えてる。」
「凄いね!じゃあお姉さんの携帯貸してあげるから番号うてるかな?場所はお姉さんがお兄ちゃんに伝えるから。」
マナちゃんに携帯を差し出すと彼女は小さな手でポチポチとボタンを押し、通話ボタンを押した。電話は何度かコールすると応答があったようだ。

『はい、もしもし。』
「お兄ちゃん、迎えに来て。」
『マナか?お前どこにいるんだよ探したんだぞ!』

マナちゃんは電話主の声を聞くとぼろぼろと泣き始めた。お兄さんの声を聞いてホッとしたのだろう。私はマナちゃんから携帯を受け取ると代わりに応答した。

「もしもし。ミョウジナマエと申します。突然のお電、失礼します。マナちゃんが迷子になっているのを見つけましたので連絡しました。迎えにきていただけますか?」
『はい。ご迷惑をおかけして、すみません。すぐに向かいます。場所はどちらになりますか?』
私は周りを見渡した。
「鶴亀公園にいます。場所は分かりますか?」
『はい。15分後には到着できると思います。』
 電話口から彼の息せき切った声が聞こえる。慌てて走っているのかもしれない。
「あの、慌てなくて大丈夫ですよ。あなたが慌ててきて怪我しちゃうほうが、マナちゃん悲しんじゃうと思うので。私のことは気にせず気をつけて来てください。」
『あ、ありがとうございます。また連絡します。』
「はい。では。」

私は携帯を切るとマナちゃんと目を合わせるようにしゃがむ。

「お兄ちゃん、もう少ししたらくるって。お姉さん疲れちゃったから、そこの公園で座って待たない?」
 マナちゃんは安心した顔で頷いた。
 それから、マナちゃんとベンチに座りながら彼女の迷子した経緯を聞いた。どうやらマナちゃんはお姉ちゃんと喧嘩をして、家を飛び出してきたらしい。そして、走っているうちに帰り道が分からなくなってしまい、私に出会ったと。マナちゃんの話を聞いていると彼女は安心して眠くなってしまったのか、うとうとと船を漕ぎ始めた。

「マナちゃん、私の膝で寝てていいよ?」
「ううん、お兄ちゃんまつの。」
「お兄ちゃん来たら起こしてあげるよ。」
「うん、分かった。」

 マナちゃんは起きているか寝るかで揺れていたようだが、眠気に耐えられなくなったのか、私の膝にこてんと横になって寝息を立て始めた。やっぱり、この子超可愛い。天使としか思えない。彼女のお兄さんもきっと美形なんだろうな。電話口の対応はとても丁寧だったし、線の弱い儚そうな男子が来るかもしれない。

「マナ!」
 慌てた声が聞こえて顔を上げると銀髪のお兄さんが汗をかいてこちらを見ていた。片耳には十字架のピアスが光っている。想像していたよりもずっとファンキーなお兄さんがきた。電話口の丁寧な対応とは、かなりギャップがある。しかし、慌ててきた様子を見る限り優しい人だと言うことは分かった。

「すみません。ご迷惑をおかけして。マナ、起きろ。帰るぞ。」
「ううん、もう少し……。」
「もう少しじゃねえよ。お姉さん困るだろうが。」
「ううん……。」
 マナちゃんがぐずり始める。このまま無理矢理起こしたら大泣きし始めそうだ。

「お兄さんのお時間が大丈夫だったら、もう少しこのままでも大丈夫ですよ。」
「いや、そんな、悪いですよ。」
「はは、気にしないで下さい。私小さい子が好きなので。嬉しいくらいです。」
「そうなんですね。……じゃあ、15分くらい良いですか。いつもそれくらい寝て起こしたら、ぐずらなくなるので。本当にすみません。」
「構いません。良かったら隣座ってください。」
「あ、ありがとうございます。」
 お兄さんは申し訳なさそうに腰を下ろした。

「えと、お姉さんの名前はミョウジさんでしたっけ。俺は三ツ谷隆と言います。」
「そうです。三ツ谷さんですね。」
「あー、あの勘違いだったらすみません。ミョウジさん、この間東卍の集会にいませんでしたか?」
「え、いました。なんで知ってるんですか。」
 私は警戒して彼を見る。

「あ、すみません。突然。俺、東卍の人間でエマとマイキーとも知り合いなので、彼女達からあなたのこと聞いてて知っていたんです。」
「ああ、エマの。ということは、エマとも歳が近いんですか?」
「はい。俺はマイキーと同い年です。」
「あ、じゃあ、年上じゃないですか。敬語じゃなくて大丈夫ですよ。」
「そう、ですか?じゃあお互いにそうしない?」
 三ツ谷さんが人懐っこい顔で笑った。マナちゃんの天使な笑顔と少しダブってみえた。やっぱり兄弟なだけあって似てる。

「いや、私は年下なので。」
「俺、そう言うの気にしないよ。それに俺が話づらいだけだから、ミョウジさんにも敬語使わないで欲しいんだ。」
「あ、わかりました。えと、じゃあタメ口で。」
「うん。よろしく。ミョウジさんはマイキーとエマと同じ学校なんだっけ?」
「うん。エマと同じクラスで仲良くなったんだ。」
「へえ、マイキー喜んでたろ。エマは最初クラスの奴にビビられてたみたいだし。」
「うん。私は別にエマと友達になりたかっただけなんだけどね。」
「ふーん。噂とか気にならなかったの?総長の妹とか色々言われてたんだろ。」
「噂とかくだらないよ。誰も自分の目で見てないのに怖がって、ビビって、馬鹿みたいだもん。」
「ハハッ 強いな、ミョウジさんは。」
「別にそんなことないよ。三ツ谷さんはマイキーさんと友達なの?」
「おう。マイキーとは東卍が出来る前から連んでたんだ。」
「へえ。なんか昔からの仲でずっと仲良いのっていいね。羨ましい。」
「まあな。一緒にいて楽だよ。ミョウジさんにも友達たくさん居そうだけどな。優しいし話しやすいから。」
「私、何度か引っ越してるから。ここに来たのも小学校6年からなんだよ。」
「そうなんだ何回も環境変わるのって苦労しそうだな。」
「んー、どうかな。それが当たり前だったし、周りの人間には恵まれてたと思うから、辛くはなかったかな。」

ううんと膝下から唸り声が聞こえて、視線を足元に移すとマナちゃんが目を擦って眠そうに此方を見ていた。

「お兄ちゃん、おはよう。」
「おはようじゃねえよ。勝手に出歩いたらダメだろ、マナ。」
「はーい、ごめんなさい。」
「ったく。帰ったら、またお説教だ。じゃあ、帰るぞ。」
「えー、ナマエお姉ちゃんともっと遊ぶ。」
「バカ、これ以上迷惑かけちゃダメだ。それに夕飯の時間に間に合わなくなるだろ。」
「やだー。」

マナちゃんが両頬をぷっくりと膨らました。私はマナちゃんの頬を両手で押すと口からプスっと空気が抜けた。気の抜けた音がして、三人とも可笑しくて笑い声を上げた。
「お姉ちゃんもマナちゃんと遊びたいから、今度は別の日にゆっくり遊ぼうね。」
「約束だよ!お兄ちゃん、ナマエお姉ちゃんと連絡先交換して!」
「は、お前、そんな急に。」

 マナちゃんは三ツ谷さんから携帯を取ると私に携帯を突き出した。

「あー、ごめん。ミョウジさんが嫌じゃなかったら、連絡先交換していいかな。」
「うん。もちろん。」

 私は赤外線のボタンを押してマナちゃんから三ツ谷さんの連絡先を受け取った。マナちゃんは満足そうに微笑むと三ツ谷さんの手を取ってたち上がった。

「じゃあ、マナちゃん、三ツ谷さん、気をつけて帰ってね。」
「うん。ばいばーい!」
「ミョウジさんも気をつけて帰ってね。」

 三ツ谷さんとマナちゃんが手を振る向こうに夕焼け空が見えた。何だか、不思議な出会いだったな。私はぼんやり夕焼け空を見ながら帰路に着く。

 ああ、そういえば、半紙買い忘れた。


きみは噂の魔法使い



20211013
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