深呼吸をして心を落ち着かせる。俺は決意を決めて通話ボタンを押した。耳元には一定のコール音が鼓膜を震わす。コール音が八回目に差し掛かったとき、電話の主は応答した。

「もしもしー、何よ急に電話して。」
「あー、エマ。悪いんだけどさ、ナマエに今日の集会来れないか聞いてみてくれないか。」
「え?もしかして千冬、ナマエのこと好きなの?」
「は?違えよ。」
「じゃあ目的は何なのよ?」
「いや、その、聞いてないのか。俺、この間ナマエを怒らせたんだよ。」
「はぁぁあ?怒らせた?何があったのよ。」
「あー、そのー。」
「言わないと繋がないから。」
「……ナマエにもっと女らしくしろよって言った。」
「最低。無理。」

 そういうと電話からはツーツーと通話が終了した音が響いた。エマのやつ、ぶち切りやがった。ナマエに執心しているとは思っていたが、ここまでだったとは。俺は頭を抱えた。

「その様子じゃエマに話聞いてもらえなかったみたいだな。」

 場地さんが俺の顔を覗き込みながら言った。どうやら、一連の流れは全てお見通しのようだ。さすが場地さん、かっけー。いや、しかし、今はそんな事言ってる場合じゃない。このままだとナマエに謝れない。最早、謝んなくていいんじゃねえかとも考えたが、マイキーくんと約束した手前、それを破るのは気が引ける。それに、ナマエに対して罪悪感がない訳ではなかった。彼女は、俺の言葉に怒っているようにも見えたし、悲しんでいるようにも見えた。

「しゃあねえな。俺が学校まで連れてってやる。」
「え」
「アイツ、エマと同級生って事はマイキーがいる学校だろ。俺がここに転校してくる前は、そこに通ってたから場所は分かる。」
「ば、場地さん!」
「さっさと行くぞ。」
「ウッス!」

 場地さんはそう言うと、ナマエのいる中学まで案内してくれた。中に入るのも気が引けるので、校門前で待ってるとブレザーの制服のせいか目立ってジロジロと見られた。場地さんは周りの視線を気にしてないようで、興味なさそうに大口を開けて欠伸をしていた。

「あ!千冬と場地!」

 声のした方を見るとエマがいた。隣にはナマエもいる。エマは俺を親の仇とでも言うかのように睨むと、ナマエの腕を組んで敵意を剥き出しにしていた。肝心のナマエはというと、飄々とした表情で俺たちを見ている。見る限りいつも通りの彼女の雰囲気に見えた。

「どうしたんですか?マイキーさんでも探しに来たんですか?」
 ナマエが俺の横を通り過ぎて、後ろにいた場地さんに話しかけた。

「違え。千冬がお前に話があるってよ。」
 場地さんはそう言うと、俺の背中をグッとナマエの方に押した。さっさと用件を済ませろということだろう。俺はひりつく喉を咳払いして整えた。

「あー……のよ、この前は悪かった。酷いこと言って。」
「ああ、この間のファミレスで話したやつ?別にいいよ。」
「え。」

 ナマエが余りにもケロリと承諾するので俺の口からは流れるように驚嘆の声が漏れた。依然、ナマエの腕の後ろからは、エマの冷たい視線が此方にささっている。テメェ、これ以上ナマエを傷つけたら分かってんだろうなって顔してる。分かってるよ。もう余計なことは言わねえよ。……多分。

「まあ、私が女らしくないのは本当のことだし。面と向かって言われたからムカついたけど。ある意味陰で言われるより清々しかったよ。」
「いや、その。」
「てか、それでわざわざ来たの。別にそこまで気にしなくてなかったのに。」

 気持ちの良いくらいにナマエはハッキリと答えた。本当に先日の事は気にしてないようだった。サッパリとした性格だとは分かっていたが、ここまであっさりと許されるとは拍子抜けだ。一方でモヤモヤする自分もいる。お前のことなんだから、もっと気にしてろよ。

「俺が、嫌だったんだよ。」
「え?」
「間違ったこと言ったから訂正したかったんだよ。お前のこと女らしくないとかゴリラとか、本当は全く思ってねえ。ただ、俺自身が可愛いって言われたのがムカついてムキになって言っただけだ。」

 ナマエは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあと、一泊を置いて笑い始めた。

「はは、ありがとう。そもそも、私が最初に可愛いって言ったのが良くなかったね。褒め言葉のつもりでも人を傷つける事があるって思ってなかったから。ごめん。」
「俺も、もう気にしてねえよ。」
「そ、じゃあお互い仲直りだね。」
 ナマエはそう言うと綺麗に笑った。相反するようにエマは不満そうな顔で俺を見ている。さながら番犬のようだ。

「あれ?ナマエちゃんじゃーん!」
 どこからか聞き覚えのある声がすると、エマがいるのとは反対の方向へマイキーくんのがナマエに飛びついた。マイキーくんの両腕は綺麗にナマエの首元に巻き付かれている。

「え、マイキーさん何ですか。距離感クソ近くないですか?首でも締めるつもりですか?」
「なーに言ってんのナマエちゃん。俺ら、いつも、この距離感じゃん?」
「わあ、すごい。私のことなのに初耳だ。」
「ちょっとマイキー!ナマエにベタベタ触らないでよ。」

 エマがすかさずプンスコと音が出そうなほどマイキーくんへ怒っている。当のマイキーくんはエマの怒りにも動じずナマエの首元にべったりとくっついていた。付き合ってもないのに、馴れ馴れしい態度をするマイキーくんに正直イライラする。そんな彼の表情は俺を煽るかのように、にこにこと笑っていた。

「そういえばナマエちゃん、今夜俺んち泊まりに来るんだろ。楽しみだなー。」
「ちょっとマイキー!ナマエはマイキーに会いにくるんじゃなくて、私と遊ぶ為にくるの!邪魔しないでよね!」
「言い争うのは勝手にやって貰えば良いんですが、二人とも引っ張らないでもらっていいですか。首と腕がもげそうなんで離してください。」
「照れなくていいよ。ナマエちゃん。」
「いや、照れてるとかじゃなくて首の骨がミシミシ言ってるんです、マイキーさん。」

 すげえ、ムカムカする。俺がマイキーくんに文句でも言う為に口を開こうとした。しかし、それを遮るかのように場地さんが俺の前に現れてマイキーくんを引っ張った。

「おい、マイキー。そろそろ離してやれよ。」
「おー、なんだ場地も来てたのか。」

 マイキーくんは場地さんに気づくとナマエから離れた。ナマエはホッとした顔で首をさすっている。

「野暮用があってな。それより、今夜の集会は22時からだろ。」
「ああ。今日は最近ここらで暴れ始めてる族について話す。」
「分かった。じゃあまたな。行くぞ、千冬ぅ。」
「あ、はい。場地さん。」

 俺は場地さんの後をついていく。ふと振り返るとマイキーくんがにこにこしながら此方をみていた。どういう感情なのだろうか。彼の気持ちが読めなかった。



 集会が終わるとマイキーくんは、場地さんと俺を呼びだした。

「おう、来たか。場地、千冬、お前らこの後暇だろ?」
「あ?何だよ、急に。」
 場地さんがマイキーくんの不躾な問いにめんどくさそうに顔をしかめる。

「じいちゃんがエマの友達が家に来るって知って張り切って大量に花火買ってきたんだよ。あまりに多いから人数呼んで消費しようってなって。」
「あん?」
「だから、場地と千冬も来いよ。」
「……分かったよ。行く。」
 場地さんは少し考える素振りをした後頷いた。

「お前も来れんだろ、千冬ぅ。」
「あ、ウッス。」

 その後、マイキーくんの家まで行くとエマとナマエが表にいた。ナマエはラフな私服姿でスウェット素材のハーフパンツとシンプルな半袖を着ていた。ハーフパンツから覗くすらりと伸びた脚につい目がいってしまったが、慌ててそらす。

「遅いー!どれだけ待たせるの!」
「仕方ねーだろ。話が長くなったんだから
。」

 話も早々に俺たちは花火を始める。マイキーくんの言った通り家には今日で消費し切れないのでは?というほどの花火が山積みになっていた。最初こそ綺麗だと楽しんでいたが、もはや途中からは作業になってきてマイキーくんと俺は休憩に縁側で座って話をしていた。
 場地さんのこと、東卍のこと、色々と話しているとマイキーくんは急に話を辞めて、どこかを見ていた。視線を辿るとナマエが映った。ナマエは気を利かせているのかエマとドラケンくんを二人にするように距離をとっていた。

「ナマエちゃん、こっち来て俺たちと話そうぜ。」
 マイキーくんがナマエを呼ぶ。彼女はマイキーくんの隣に腰を下ろした。

「マイキーさんの家大きいですね。」
「うん。道場もあるんだ。あっちが俺の部屋。」
「へー、本当に広いですね。おじいさんとエマとマイキーさんの三人で住んでるんですか?」
「うん。前は兄貴もいたんだけどね。去年亡くなったんだ。」
「あ、そうだったんですね。すみません。辛い話してしまって。」
「うんん。大丈夫だよ。ナマエちゃんは兄妹いるの?」
「いえ、兄弟はいないです。でも私も昔兄貴分みたいな存在はいましたね。今は遠くにいるので会うことはできませんが。」
「へえ、そうなんだ。どんな人なの?」
「うーん、おっかない人ですかね。短気ですぐ怒る人でした。でも、思い出す記憶は優しくしてもらったことばかりなんですけどね。」
「そっか。ナマエちゃんにとって大事な存在だったんだな。」
「まあ、そうですね。そういうことになりますかね。」

 ナマエが昔を懐かしむかのように苦笑した。自分の知らない過去に少し胸が苦しくなる。兄貴分と言っていたが幼馴染のような存在なのだろうか。

「おい、マイキー。お前人呼んでおきながら座ってくつろいでんじゃねえよ。こっちきて付き合えや。」
「あー、仕方ねえな。」

 場地さんが遠くからマイキーくんを呼んだ。彼は場地さんの方に歩いていく。俺はナマエと二人残されたことにドギマギとする。

「千冬は行かなくていいの?」
「もうちょっと休憩する。」
「そ。もうすぐ夏休みだけどどこか行ったりするの?」
「いや、特に決めてねえ。ナマエは?」
「エマが祭りと海いこうとは言ってたな。こっちのお祭り行くの楽しみ。」
「行ったことねえの?」
「うん。地元のお祭りはいつも別の用事で行けなかったからね。」

 それから何を喋ればいいか考えあぐねて妙な沈黙が続いた。様子を伺うように隣を見ると、ナマエとばっちり目があった。至近距離で見る綺麗な瞳に目が逸らせなくなる。
 不意に、ナマエがゆっくりと俺の方に手を伸ばした。俺は突然のことに肩を揺らす。

「動かないで。」

 ナマエの手が俺の頬にぺちんと触れた。熱い熱が彼女の手からじんわりと伝わって、熱が背中を汗で濡らした。彼女から、ふわりと柑橘系の爽やかな香りがする。香水だろうか、シャンプーだろうか。俺の視線は目の前の唇に向いた。艶々とした唇が艶かしく映りどきどきする。

「ごめん。蚊がいたから。」

 そういうとゆっくりと彼女の手が離れて俺に手のひらを見せた。手には蚊が潰れているのがみえた。

「ああ、蚊か。」
「うん。」

 また沈黙が続く。俺の背中は暑さのせいか、焦りのせいか汗でぐっしょりだった。何か話さなきゃ、何か話さなきゃ。

「ねこ、」
「え?」
「ねこ、見に来いよ。お前好きなんだろ。俺んち猫飼ってるから。」

 咄嗟に出た言葉だった。何言ってんだろう、俺。熱い顔を隠すように場地さんとマイキーくんの方へ視線を向けた。この前の場地さんの言葉まんまじゃん。馬鹿みてえだ。恥ずかしい。

「いいの?」
「おう。」
「ありがとう。楽しみにしてる。」

 彼女の声色は弾んで楽しそうに聞こえた。俺は緩みそうな頬を、下唇に力を入れて必死に耐える。じわじわとへばりつくシャツも今は気にならないくらいに気分がスカッとした。


二人きりが苦しくて


 今朝、天気予報士が言っていた。今年の夏は、去年よりもずっと暑いらしい。

20211008
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