今日は溶けそうなほど暑い。もう間もなく夏が来るぞ。空に見える入道雲が、そう言っている気がした。親友とアイスを片手に歩く帰り道。時間がゆったりと過ぎてく。

 突然、エマが大声を上げる。
「あ!場地と千冬。やっほー。」

 エマの視線の先には場地さんと千冬が公園でだべっていた。彼らに話しかけるエマの後を大人しくついていく。場地さんは明らかにめんどくせえと言いたそうな顔をしていた。相変わらず、よく感情が顔に出る人だ。

 ふと気を取られていると、アイスがツウと腕を伝って溶けた。私は反射的に手を舐める。ベタベタするから後で洗いにいかないと。手洗い場はあるかと顔を上げると千冬と目があった。彼は固唾を飲むようにこちらを見ていた。この暑さのせいで、顔が少し汗ばんでるようだった。

「何、欲しいの?」
「は!?」
「物欲しそうにアイス見てんじゃん。」
「い、いらねーよ。」
「ふーん。まあ、欲しいって言っても上げないけど。」
「は?じゃあ聞くなよ。」
 千冬がイラッとしたように答えた。顔を真っ赤にしてカッカッとしている。短気だな。

 私はアイスを一口で飲み込むとエマに視線を向けた。場地さんは屈んでいてうっとしそうにエマと話している。私は手でも洗いに行こうかと目を離そうとしたが、場地さんの手元を見て足を止めた。

「えっちょっまっえ!?」
「わ!どうしたの?ナマエ」
 私の驚きの声に三人がビクッと体を動かした。私の様子にエマが心配そうに問いかける。私はエマへの返答もなあなあにして、場地さんの手元を覗き込んだ。黒い小さな毛玉がもぞもぞと動いていた。

「ねこ、かわいい。」
「あ、ナマエ猫好きなんだっけ。」
 エマが思い出したように言った。私は微笑んで頷いた。猫をよく見ようと場地さんと同じようにしゃがむ。

 猫は大人しく場地さんの腕の中に収まっていた。
「いいな。場地さん、動物の扱い上手いんですね。」
「あ?まあな。」
場地さんが少し誇らしげに頷く。彼の様子を見る限り、どうやら動物好きのようだ。

「私も触っていいですか?」
「おう。」
私が恐る恐る触ろうとすると猫は逆毛を立てて威嚇し始めた。残念だが私は怖がられてしまったようだ。諦めて手を引っ込める。
「私は嫌われちゃったみたいです。いつも動物に嫌われるんですよね。」
「触り方がよくねンだよ。後ろから優しく顔周りを触れ。」
「後ろからですか?」
「正面から触ると怖がる。」
「分かりました。やってみます。」

 触り方を変えて後ろからそっと撫でると、猫は大人しく触らせてくれた。私は驚いて場地さんを見る。彼は無垢な表情で笑った。今までで一番いい笑顔だった。

「すごい。私猫に触れたの初めてです。場地さん天才なんですか?」
 場地さんは私の言葉に何も言わずに照れ臭そうにしていた。

「当然だ。場地さんは凄えしカッケーんだよ。」
「何で千冬が嬉しそうに返事するの?」
後ろから千冬の誇らしそうな声とエマのツッコミが聞こえた。

「場地さんのこと、尊敬の意を込めて場地の兄さんと呼んでもいいですか?」
「意味分かんねえわ。お前はどっかのヤクザかよ。」
「いや、でも、そのくらい感動してます。今まで上手く動物触れなかったんです。夢みたいです。」
「お前動物好きなのか?」
「はい、大好きです。」
「そうか。動物好きに悪い奴はいない。」

 場地さんは漫画の主人公バリの名言を言ってニカッと笑った。この人のこと、ずっと難しくて扱いづらそうな人だと思ってたけど、めっちゃ良い人なのでは。私の中の罪悪感がどんどんと膨らんだ。目つき悪いとか言ってマジごめん。

「てか、どうでもいいけどお前パンツ見えてんぞ。」
「あ」
「はあ!?お前場地さんに汚ねえモン見せてんじゃねえよ!?」

 千冬はそう言うと私の方に制服の上着を投げつけてきた。私は顔にぶつかるすんでで掴むと千冬を睨んだ。

「何すんのよ。」
「それでも使って汚ねえモン隠せや。」
「は?いらねえし。」
 私は千冬に上着を投げ返すと自分のカバンからカーディガンを出して腰に巻いた。

「くそ、人の好意を。」
「千冬ぅ、お前は一言多いんだよ。」
「すみません。場地さん。」
 千冬が場地さんに怒られてシュンとなる。さながら怒られた忠犬のようだ。猫顔なのに。ちょっとかわいいじゃねえか。でも謝るなら私に謝れ。

「お前、ナマエだっけ。エマの親友の。」
「はい、そうです。」
 先日は興味なさそうにしてたが、意外にも私の名前を覚えてたらしい。
「なんか、この間千冬が不良どもに嵌められそうになってんのも助けてくれたらしいな。」
「え?」
「千冬に聞いた。」
 私が驚いて千冬の方を見ると、彼が気まずそうに目を逸らした。

「ありがとな。これからもエマと千冬と仲良くやってくれ。」
 場地さんが優しい表情で言う。マイキーさんもそうだが、東卍は良い人が多いみたいだ。
「はい、場地さんも私に動物の扱い方また教えてくださいね。」
「いいぜ。今度俺ん家にも良く猫来るからエマと観にこいよ。」
「いいんですか?絶対いきます。」
「おう、待ってるぜ。」
 そう言うと場地さんはそっと猫を地面に下ろして逃してあげた。

「そろそろ行くぞ、千冬。」
「ウッス。」
 二人は颯爽とバイクでかけていった。仲良いんだな。

「いつの間にかナマエちゃんがエマ以外の人と仲良くなっていく。」
 私はエマの言葉に目を瞬いて彼女の顔を見る。両頬がぷっくりと膨らんでいで明らかに不満ですという顔をしていた。私は余りにも分かりやすい彼女の嫉妬に笑った。
「心配しなくてもエマが一番だよ?」
「えへへ、ホント?」
 エマが私の腕に巻きつく。柔らかい感触が腕に伝わる。こんな可愛いこと男がされたら皆んな落ちちゃうだろう。現に私は落ちた。私はエマの可愛さに頭を抱える。神様、この世にエマを授けてくれてありがとう。



「千冬ぅ、お前あの女に惚れてンのか?」
「え、は、え!?急に何すか。」
 場地の突然の問いに千冬は顔を真っ赤にして聞き返した。場地は千冬の反応に冷やかすことなく、チラリと目配せだけする。

「エマの親友のナマエのことだ。」
「いや、別に惚れてなんかないですよ。あんなガサツそうな女。」
「まあ、どうでもいいけどよ。気をつけろよ。」
「え?どういう意味ですか。」
 千冬は彼の言葉の真意が分からず頭を傾げる。

「マイキーがあの女のこと気に入ってるらしい。エマの親友だからだと思うが。」

 マイキーくんがナマエを。千冬は何となく納得をした。彼女の見た目は整っているし、何せマイキーが大事に想っている妹の親友だ。しかも、エマは学校でクラスメイトに避けられているなか、彼女だけは味方になってくれたと聞く。そんな話を聞けば誰だって彼女に興味を持つだろう。それに、彼女はガサツなところがあるが、そんなところも気にならないほど漢気があり魅力的な性格をしていた。

「あんまりマイキーの前であの女に突っかかるような真似するなよ。」
「……ウッス。」

 千冬は頭を巡らせた。彼女はマイキーのことをどう思っているのだろうか。マイキーは間違いなく俺様で自己中心的なところがあるが、誰もが憧れるほど喧嘩が強く、カリスマ性があり、見た目も性格もカッコいい。彼女はマイキーのことを好意的に思っているのだろうか。そういえば、この前の集会では総長が女を乗せて帰っていったと話題になった。それはナマエのことではないだろうか。そんな風に優しくされたら女ってモンは落ちちまうものなんじゃないか?
 千冬はマイキーとナマエが並んで歩いている姿を想像してみる。なんとなくお似合いだと感じて胸がチクリと傷んだ。彼はそんな胸の痛みに気づかないふりをして頭をふった。

 入道雲は空に溶けて、陽が傾いてきていた。もう間も無く夜が来る。千冬は単車のアクセルを思い切り踏んだ。


まやかしに溺れる熱


20210925
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