最近、ハンジの側にいる新兵が男か女なのかリヴァイはずっと分からないでいた。中性的で美しい顔立ちをしていたし、常に感情の読めない笑顔を貼り付けているだけで、何か言葉を発しているのを聞いた事がなかったからだ。それから、その新兵の性別を彼の上司であるハンジに聞くのは憚れたのもあった。仮に、性別を間違えればハンジは笑ってリヴァイをからかうだろうし、新兵の自尊心を傷つけることになるだろうと考えてのことだった。
 そんな背景もあり、彼の唇から紡がれた男らしい肉声に、リヴァイは少しだけ狼狽した。目の前の少年は依然と貼り付けた笑顔を崩さないので、リヴァイの小さな動揺は悟られていないようだった。

「悪いが、もう一度言ってくれねえか?」

「ハンジさんが研究室でお呼びしております」

「ハンジの野郎がか?嫌な予感しかしねえな」

 自然とリヴァイの口から舌打ちが漏れた。どうせまた、巨人の事でああだこうだと話したいだけなのだろう。最近はやたらに巨人捕獲について熱く語っていたし、大方面倒な事この上ない。リヴァイは目の前の新兵に、どうやって迷惑がいかないよう断るか頭の中で考えていた。

「私がハンジさんに上手くお伝えしておきましょうか?」

「あ?何をだ」

「今はお忙しく手が離せないと」

 リヴァイは驚いて目の前の少年を見返した。ブッとんだ奇行を繰り返しているとはいえ、仮にも直属の上司であるハンジに嘘をついてくれるというのか。そういえば、少年はハンジのことを分隊長ではなく”ハンジさん”と呼んでいることにも違和感を感じた。

「おいおいおい、仮にも上司の私よりリヴァイを選ぶの?!」

 すぐ側の部屋から扉を壊さんばかりにハンジが飛び出してきた。リヴァイは視線をそっと気の毒な少年へ移す。リヴァイ自身には何も非がないといえど正直気まずい。
 しかし、少年は少しも意に介した様子はなく、相変わらず涼しい笑顔を貼り付けている。

「やだな、ハンジさん、盗み聞きしてらしたんですね」

「そりゃあ、君と君の憧れの兵士長が話しているなんて興味が湧いてね」

「それは……趣味の悪い上司ですね」

 リヴァイは目を瞬かせた。この少年が自分を慕っているとは初耳であった。さらに、今まで平然としていた彼の表情が忌々しげに歪んでいたからだ。その表情から、ハンジの言葉が真意であることが何となくわかった。奇行的な行動を繰り返しているとはいえ、少年の直属の上司よりも自分の方が遥かに慕われているのだと分かってリヴァイは悪い気がしなかった。寧ろ彼への好感度がぐんと上がった。

「忠誠心のない部下よりマシだよ、全く」

 ハンジがからかうように少年に告げた。

「それは誤解ですね。あなたにも忠誠の心は捧げているつもりですよ」

 彼が飄々とした口調で返す。

「あなたにも、ねえ」

 ハンジがジト目で彼を見返した。

「それでかの人気なリヴァイ兵士長は彼の事、ご存知かい?」

 リヴァイは少し罪悪感が湧いた。何度か顔を合わす機会はあったものの、彼の名前を知らないばかりか性別まで知らなかった。少年の名前に関しては全く検討がつかない。一度、ハンジを介して紹介されたこともある気がするが、リヴァイはとうに覚えてはいなかった。

「ハンジさんの事は気になさらないでください。ナマエといいます。よろしくお願いします」

 少年の華奢な手がリヴァイの方へと伸ばされた。細くて長い指先はリヴァイには扇情的にうつった。反射的に彼の手を握り返す。細い手から暖かい体温が伝わった。数秒後、ゆっくりと手が離される。

「それでハンジ、話とは何だ」

「そうそう、新しい巨人捕獲の方法なんだけどね」

「それなら興味はねえ。ナマエ、手を煩わせてすまなかったな」

「いえ、いつでも何かあれば仰られてください」

「ああ!ひどいなあ、リヴァイも君も」



「あ」

 リヴァイは傍で聞こえた呟きに顔を上げた。そこに立っていたのは昨日挨拶を交わしたばかりの新兵のナマエであった。彼は朝食の乗った盆を手にリヴァイの座るテーブルを見下ろしていた。周りには誰も見当たらないので一人のようだ。

「おはようございます。相席してもよろしいでしょうか」

 彼の落ち着いた声がリヴァイの耳に心地よく響いた。
 新兵の多くは初めのうち、リヴァイの迫力に慄いて話しかけることを躊躇するのだが、彼には微塵もその気が見られなかった。リヴァイは彼の態度に妙に気を使わなくていいから楽であると感じた。

「リヴァイ兵士長、朝は紅茶だけなんですか」

 ナマエがスクランブルエッグを食べながら聞いた。リヴァイはちらりと正面に座る彼を見た。唇の横にパン屑がついている。食事開始早々、どうしたらそんなに汚く顔にモノをつけれるんだと突っ込みたかったが、昨日今日会った上司に五月蠅く言われるのも嫌だろうと彼は言葉を飲み込んだ。

「いや、今日は徹夜明けでな」

 リヴァイは未だ残っている書類の束を思い出してため息をついた。壁外調査の後は報告書やら情報処理の書類が溜まって仕方ない。兵士長ともなると余計に仕事が多くなる。

「嗚呼、壁外調査後は報告書沢山書かなきゃいけないですよね?ハンジさんが楽しそうに巨人の生態まとめてましたよ」

 ガツガツと音がでそうな程、ナマエが勢いよくスープをかきこむ。見た目は綺麗なのに食い方はガサツだ。リヴァイはそれに少しウンザリした。

「お前、少しは綺麗に食えねぇのか。口の端についてる」

 遂に痺れを切らしてリヴァイが少年へ口をはさんだ。当の彼はケラケラ笑って見当違いな場所を拭っている。

「そっちじゃない。反対だ。ちがう、オイ、もっと上だ」

「すみません」

「ちがう。上すぎる、クソ、もういいじっとしろ」

 リヴァイはジャケットからハンカチを出して、彼の頬を拭った。

「痛い、痛い痛い痛い。痛いです。リヴァイ兵士長」

「うるせえ。綺麗に食事もできねえ野郎に人権なんてあるか」

「罪が重い」

 リヴァイはハンカチを彼の頬から離して、正面から彼を見た。しっかりと綺麗になったのを見て、リヴァイは満足した。
 改めてみると、本当に彼は色男だ。彼の長めに切られた前髪の隙間から、アーモンド形の眼が覗いていて、キラキラと新緑色の瞳が光を宿している。唇はふっくらと綺麗な孤を描いていた。リヴァイはつい息を止めて見惚れてしまいそうになる。

「やあやあ、お二人、朝から仲が良いようで」

 慌ててリヴァイが彼から視線を外すと楽しそうに笑うハンジが目に映った。隣にはモブリットも立っていた。彼らも朝食を手に同じテーブルへ腰を下ろした。

「ハンジさん、今度は盗み見ですか?えっちだ」

「ナマエ、君、そんなに仕事増やされたいのかい?」

「やだな、冗談ですよ。僕、ハンジさんのことは尊敬してるんです」

「いやあ、そんなに説得力もない言葉も初めてだよ」

「まあ、落ち着いてくださいよ」

 モブリットが二人の仲裁に入る。彼が実に気の毒だとリヴァイは紅茶を啜りながら思った。相変わらずハンジはあの手この手で部下をからかおうとしているが、ナマエは飄々と交わしていた。賑やかになったところでリヴァイは席を立った。仕事の続きを始めなくてはいけない。

「あ、リヴァイ兵士長、ありがとうございました」

 リヴァイには彼の笑顔がいつもより感情的であるような気がした。

「嗚呼」

 不器用な彼はただ一言返して食堂を後にした。そして、心の中で少年の自分に対する憧憬(しようけい)を悪くないと考えていた。

The die is cast.

20170605
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