嫌な夢を見た。どんな夢だったのか覚えていないが身が縮むほど恐怖を感じていた気がする。寝巻きがぐっしょりと汗で張り付き気持ちが悪い。
 先ずは頭を冷まそうとベッドから重い身を起こした。

丁度その時、慌てたようなノック音が部屋に響いた。こんな朝早くから訪問とは、緊急の用件だろうか。

「どうぞ」

扉から出てきたのは自身の先輩にあたる方だ。彼は慌てた様子で寝癖もまだ直っていない。

「朝早くから悪いな。緊急の招集がかかった。15分後に大広間へ来てくれ。」

「朝早くに伝達ありがとうございます。すぐに支度を整えて向かいます。」

ナマエは彼の様子から最悪な事態を考えながら身支度を進めた。
広間へ行くと疎らに人が集まっていた。それから数十分後にはエルヴィン団長が到着して、厳粛な雰囲気のなか話し始めた。

「昨晩、何者かによって捕獲した2名の巨人が殲滅された」

部屋の空気が一気にざわつく。例に漏れず私の友人も驚いた様子で感嘆の声をあげていた。自分はと言うと驚いて言葉さえ出てこなかった。

「よって、これから荷物検査を行い、誰が行ったのか調査を行う。立体起動装置を持って、再度広間へ集まるように。」

エルヴィンは5分後に部屋へ集まるよう伝えると、一旦その場を締めた。いよいよ部屋には混沌とした雰囲気が広がり、隊士は其々に準備へと足を進めた。

それにしても、犯人は捕獲した巨人をわざわざ殺すとは、何のために行ったのだろうか。
巨人の生体検査で捕獲するという事は漏れなく周知されていた筈だ。その為に全員が命を掛けて作戦を行ったというのだから。
憎しみから巨人を殲滅したというには、あまりにも無秩序でリスクの高い行動ではないだろうか。
これでは巨人の味方をしたも同然だ。巨人を殺すことに何か他の理由があったのだろうか。
……もしくは何か隠したい事実が判明する前に巨人を殺したのか。そうなると何となく辻褄は合う。

エルヴィン団長がナマエの横を通り過ぎた。彼はナマエの何か考え込んでいる様子に気づいたのか声をかける。

「君、どうかしたのか」

「あ、いえ、何か変だと思いまして。でも、たいした事を考えていたわけではないです。」

「いや、よければ聞かせてくれないか。」

「巨人を殺した人間は、なにかを隠したかったんじゃないでしょうか。」

「ほう、何故だ?」

「本当に巨人を殲滅したいのであれば、わざわざ生態調査の為に捕獲した巨人を殺す意味がない。それであれば、捕獲した巨人を殺すことには何か別に意味があるのかもしれません。例えば、知られて仕舞えば何か困る事実があったとか。」

「つまり、調査兵団の意思に背くものがいると?」

「あ、いえ、すみません。私のつまらない考えですし、裏があるわけではありません。無礼な発言をお許しください。」

ナマエはひやりと背中に嫌な汗をかいた。エルヴィン団長がどのような人間なのか、自分はまだ理解していない。単純に自分の発言に気を悪くした可能性がある。

「検査の後、私の部屋まで来てくれるか。少し話がある。」

「えっ」

それだけ言うと、エルヴィンは去っていた。ナマエはしまったと顔を青くしてエルヴィン団長の背中を見つめていた。

Some people feel the rain. Others just get wet.

「アッハッハ!!君が青い顔して部屋に入ってきたかと思えば、エルヴィンに罰せられると思っていたんだ!!それは愉快だね。」

「何もおもしろくないですよ。笑わないでください、ハンジ分隊長。」

自分の悪い予想は外れた。
どうやら、エルヴィン団長は兵団内に裏切り者がいると考え、同様の考えを持った団員を選別していたらしい。

「すまない、どうやら君を勘違いさせてしまったようだな。」

「あ、いえ、その、結果的に光栄です。」

ナマエの慌てた様子にエルヴィンは苦笑した。どうやら、まだ緊張は溶けていないようである。

「彼は私の隊の優秀な部下、ナマエだよ。」

「皮肉にしか聞こえません。」

「まさか!君には色々な意味で話題を提供してもらっているよ。」

ナマエが蔑むような目でハンジを見つめていた。ハンジはと言うと面白いオモチャでも見つけたように愉快そうな表情だ。この様子から、かなり打ち解けた仲であるとエルヴィンは推測した。

「茶番はいい。それで、どうするんだエルヴィン。」

リヴァイが淡々とエルヴィンに問いかける。

「考えは既にある。これから説明して役割を話す。ここで話したことは誰であっても他言無用だ。」

空気は一転して引き締まった空気に変わった。この部屋にいる数名の調査兵は息を飲んで彼の話へ耳を傾けた。

***


「ハンジさん、俺、今回は胸騒ぎがするんです」

そう言った部下の顔はいつもより顔色が悪いようにみえた。みんなの前では飄々とした態度でいる事が多いが、彼は意外と繊細で脆い。

「どうしたの?」

「分かりません。嫌な予感がしてたまらないんです。」

「薬は飲んでる?」

「飲んでます。俺の病気とは多分関係ありません。」

彼の体の前で組まれた指が忙しなく動く。目元には薄らと隈がみえる。あまり寝付きも良くないようだ。

「うーん、まあ、同じ調査兵団に寝首狩ろうとしてる奴がいるって考えたら動揺はするよね」

「それもあるかもしれないんですが」

ナマエが項垂れて両手で目を覆った。

「この間、嫌な夢を見たんです。その次の調査兵団は決まって誰かが亡くなるんです。前はステファン、マイケル、その前はミラドにブラウン……」

「ナマエ、落ち着いて」

「すみません。ハンジさん、俺気疲れしてるようです。」

「今日は早く休みなよ。訓練も早めに切り上げてもらってかまわない。」

「いえ、大丈夫です。何かしている方が落ち着くんです。休憩にお茶でも淹れてきます。」

「嗚呼、ありがとう」

「こちらこそ変な話してすみません」

ナマエが下手くそに笑う。ほっといたら壊れてしまいそうな気がして、私は彼の頭に手を置いた。

「ひとりで抱え込む方が重罪だよ。その為に優しくて頼もしい上司がいるんだからね。」

今度はナマエが私のジョークに綺麗に破顔して笑い声をあげた。


20210518
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