俺、エレン・イェーガーはリヴァイ班に就任した。初めての活動は旧調査本部の清掃から始まった。リヴァイ兵士長という人物はそれはそれは潔癖症なようで、小姑のごとくしごかれた。
初めての活動に少しの期待もあったが1日の殆どが、この掃除にあたることとなった。

1日の最後、ダイニングに集まりミーティングを行うこととなった。

「こんばんは、リヴァイ班のみなさん。お城の住み心地はどうかな?」

 鈍い音の後、ミーティング中に部屋に入ってきたのはハンジ分隊長だった。彼女は何故かとても機嫌がよさそうである。その後ろから、ハンジ分隊長の部下であろう若者が続いて部屋に入り敬礼をした。

「早かったな」

 リヴァイ兵士長は顔色を変えずにハンジ分隊長に言った。

「居ても立っても居られないよ」

「ハンジ分隊長」

 俺は興奮した様子のハンジ分隊長の様子が不可解で、彼女の真意を確認するかのように名前を呼んだ。

「お待たせエレン。私は今町でとらえた2体の巨人の生態調査をしているんだけど、明日の実験にはエレンにも協力してもらいたい。その許可をもらいに来た」

「実験、ですか?俺が何を」

「それはもう最高にたぎるやつをだよ」

その時、ハンジ分隊長のおそらく部下と思われる人物が、わざとらしく咳き込んだ。それに気づいたハンジが、その若者を前に突き出した。

「アハハ!忘れてたよ、ごめんごめん」

 そこにいる青年──あるいは女性は中性的で目鼻立ちの整った顔をしていた。俺は特に特定の誰かへ好意を抱いたことはない。しかし、このアーモンド形の切れ長の瞳に真っすぐ見つめられると、魅了される人は多いのではないだろうかと思った。同時にその目力に俺の心を見透かされているような気持になり背筋が整った。
 やばい、女なのか、男なのかマジで分からない。先輩の性別を間違えるのは、かなり失礼だ。

「初めまして、俺の名前はナマエです。君は新しく入隊したエレン・イェーガー君ですね。よろしく」

 彼の肉声は予想以上に低いもので、少し驚いた。それと同時に、彼が男ということが分かり安堵する。

「ああ、初めまして。こちらこそ、よろしくお願いします」

「それで、エレン。実験に参加してくれるかい」

ナマエを押しのけるようにハンジ分隊長が俺に尋ねる。ナマエさんはウンザリした顔でハンジ分隊長を見ていた。

「ハンジ分隊長、お言葉ですが、その件については先ずはリヴァイ兵士長に確認すべきではないでしょうか。」

「はぁ、君は相変わらず目ざといね。」

「当然のことでしょう。」

彼女たちのコントのようなやり取りに、俺は呆気にとられて見つめることしかできなかった。一体全体「実験」とは何なのか?
あれよあれよという前に俺の実験への参加が決定されたようだ。
ナマエさんは何故か気の毒そうな表情で俺を見ていた。

「ところで実験とはどういうものでしょうか。」

俺の一言に周りは何故か凍りつく。しかし、ハンジ分隊長だけはノリノリであった。
後ろのナマエさんはハンジ分隊長に悟られないように首を左右に振っている。

「そうだね、エレン。君がそんなに聴きたいと言うのならじっくり説明をしよう。」

その言葉にリヴァイ班の全員は部屋を後にしていく。ナマエさんだけが少し迷ったように俺を見ていたが、ペトラさんが彼の腕をそっとひっぱっている。

「ハンジ分隊長…僕は先に帰りますね。」

「ああ、君も聞いていったらどうだい。」

「またの機会に。申し訳ないが、エレンくん。僕は先にお暇(いとま)させていただきますね。」

俺は数時間後に、その真意を理解することとなった。

The first duty of love is to listen.

「ナマエ君は相変わらずお人よしね」

ペトラは彼のほうを振り返り微笑んで言った。
ナマエは彼女が何故そんなことを言うのか理解できずに目を瞬かせた。

「人のことなんて気にせず。まっすぐ帰ることもできたでしょ。なのに残るか迷っていた。」

「ああ、そのことですね。」

「残って一緒に聞くつもりだったの?」

「僕は慣れていますからね。それにタイミングがあれば彼を逃すこともできたでしょう。」

「人がいいんだから。自分のことも大切にしなよ。」

「ペトラさんこそ、僕を逃がしてくれたじゃないですか」

「私はナマエ君に一度助けられているからね。恩返しよ。」

「はは、ありがとうございます。」

ペトラは以前の練習のことを引き合いに出しナマエへ礼を述べた。

「ナマエ君はこれから帰るの?」

「ええ」

「遅いしここに泊まっていったら。一部屋余っていたはずよ。」

「いいえ、お言葉に甘えるわけにはいけません。」

「そう、気をつけて帰るのよ。」

「ありがとうございます。」

ペトラは少し名残惜しい気持ちになった。どうして自身がこんな気持ちを抱くのはわからなかったが、自分が彼を弟のように感じているからなのかもしれないと考えた。

「ナマエ君とも、もう一度一緒に練習できたらいいね。」

「そうですね。僕も心からそう思います。」

彼がそっとペトラの手を取った。

「おやすみなさい。ペトラさん。」

彼はペトラの甲に唇を近ずけてキスをする仕草をした。ペトラは慌てて彼から手をひく。その行動にナマエはきょとんとした表情で彼女を見ていた。

「前から思っていたけど、それはわざとやっているの?」

「それとは?」

「その、口付けする仕草のことよ。」

彼は目を瞬かせて彼女を見た。

「名付け親から目上の女性にはそのように挨拶するように習いましたが……」

「文化の違いなのかしら」

「もしかして僕の常識は誤っていましたか。」

サッと彼の顔に赤みがさす。あまり見ない彼の恥ずかしそうな顔にペトラは胸がくすぐられた。

「ふふ、私は好きだけどね。勘違いしちゃう人は多いと思うわ。」

「以後気をつけます。今までご無礼を働いていたようで、大変申し訳ございませんでした。」

彼の赤い顔に触れたい。ペトラはそう思ったが、そっと彼の頭に手を置いた。

「おやすみ、ナマエ。」

頬を赤く染めたまま、彼はふわりと微笑んだ。

20200330
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