ここ最近の忙しさと言ったらなかった。先日の壁外調査の報告書の作成。そして、巨人になる力を持っているエレン・イェーガーとの面会と彼を調査兵団へつなぎとめるための作戦を練ることと会議。俺はつかの間の休憩をとるために食堂へ向かった。そこには見慣れた顔の少年がいた。そういえばナマエと話す暇もなかったと思い返した。先日の壁外調査ではいい働きをしていた。それにたいして声をかけようと俺は足を動かした。

 ナマエは一人で椅子に座って、空虚をただ見つめてぼーっとしていた。その顔はいつもの張り付いた笑顔もなく、感情を欠落したみたいな無表情だった。こいつは何を思っているんだ、いや寧ろ何も考えてないからこんな顔ができんるのか。まるで死んでるみたいだ。流石に自分の考えにゾッとした。俺はそれを振り払うように声をかける。

「おい、ナマエ」

「……」

 反応がない。それどころか、眉ひとつピクリとも動かさない。気づいてないというか、五感が機能してないかのような反応だ。何なんだ?気持ち悪い。嫌な感じがする。
 何とか意識を戻させようとナマエの座っていた椅子を蹴った。椅子はぐらりとバランスを失ってナマエごと倒れた。
 ようやく、ナマエはハッとしたように俺を見上げた。
 
「ああ、リヴァイ兵士長」

「テメエ、頭がいっちまったみたいな顔してたぞ」

「はは、ひどいな。俺、たまにあるんですよ。ぼうっとしちゃって反応遅れること」

 いつもの貼り付けた笑顔を見せる。こんな作り笑いでも目に光が宿ってるだけマシだ。さっきの顔は本当に死んでいるみたいだった。

「反応遅れたどころじゃねえ、意識がないみてえだったぞ、手前」

「流石に目を開けながら気絶しませんよ。でも、ここ最近、書類が溜まって疲れてましたから。少し疲弊していたのかもしれません」

 確かに、ナマエの目の下には濃くクマが出来ていた。ハンジも巨人の研究に張り切っていたため、ハンジ班も忙しいのかもしれない。

「……そうか。ウォールローゼが壊された後だからな。無理もねえ」

「リヴァイ兵士長もおつかれさまです」

 ナマエが気をきかせて俺のために近くの椅子を引いた。そこへ腰掛ける。ナマエも先程倒れた椅子を戻して隣へ腰掛けた。

「そう言えばお前の出身は何処なんだ?」

「あぁ、俺、自分がどこの出身か覚えて無いんです」

「覚えてない?」

「物心ついた時には捨て子だったんです。情けない事に名字も覚えてなくて」

「そうなのか」

 確かに言われてみれば、今までコイツは名前しか名乗っていなかったかもしれない。

「まあ、結局劇団員に拾われたので、運が良かったほうかもしれませんが」

「ほう、お前を拾ったのはどんな奴だ?」

「劇団の団長ですよ。利益の為なら血も涙もないことをする人ですね。おかげで礼儀は五月蠅くしつけられましたが」

 そう言うナマエの表情は暗い。

「あまりいい思い出はないのか?」

「良い思い出ですか。正直、幼少期のことはあまり覚えていなくて。でも役を演じることは嫌いじゃなかったですね。舞台の上では違う自分になれましたから。」

「そうか」

 そういえばコイツがここに入った理由ってのも演劇のためだったな。いつか、野望が叶えば、こいつはまた演劇の世界に戻るつもりなのかもしれない。

「お前は、」

「俺の話なんて聞いてもつまらないですよ。せっかくだから紅茶でも淹れてきますね」

「嗚呼」

 余計な事を考えるのはやめるか。今は目の前のこいつを誉めてやろう。



 数日後、ようやく議会を経てエレン・イェーガーが調査兵団にとどまり、リヴァイ班の監視下に置かれることが決まった。徐々にだが、あの悲劇から続いていた忙しさも落ち着きを取り戻していた。

 俺は明日からの古城への遠征、その後のエレン・イェーガーへの実験の件について話をするべく、ハンジの研究室を訪ねることにした。ハンジの部屋からは愉快に笑う声が聞こえてきた。こいつらちゃんと仕事してんのかよ。
 中に入ると顔を歪めるナマエと腹を抱えて笑うハンジがいた。他のハンジ班の面々は苦笑して二人を見守っている。
 ハンジは俺を見ると顔を輝かせてこっちを見た。ナマエは目を見開いている。

「ねえ、聞いてよリヴァイ、今朝からナマエがすごい不機嫌だから理由きいたんだけどさ」「ちょっとハンジさん!やめてくださいよ!」

 珍しく慌てた様子でナマエがハンジの言った言葉を遮ろうとする。

「何だ」

「何でもありませんよ」

 ナマエが平静を装ったように言う。そばにいるモブリットは必死に笑いをこらえているようだった。何だって言うんだ、気持ち悪い。

「それがさ、ナマエがリヴァイ班に自分よりに先に新兵のエレンが入ったのがずるいって言うんだよ」

「ちょっと、ハンジさん!」

「は?」

 ナマエは珍しく慌てたように俺を見ている。モブリットはついに噴き出して笑い始めた。この様子だとナマエの言ったことは本当のようだ。しかし、自分にはイマイチ理解できないでいた。何がずるいというんだ。

「あれれ?リヴァイ理解してないようだね」

「あ゛?」

「ハンジさん!!仕事してください!!リヴァイさん要件は何ですか」

「だーかーら、嫉妬だよ!あっさりエレンがリヴァイ班に入った事羨んでるみたいだよ」

「俺は別に、嫉妬なんてしてませんから!」

「何言ってんの、さっきまでへそ曲げてたじゃん」

「五月蠅いですよ」

「どうせだから、リヴァイに俺も入れてくださいって頼んだら」

「この変態眼鏡ちゃんと仕事しろ。俺はエルヴィン団長に書類届けてきますから」

 ナマエはハンジにひどい暴言を吐き捨てると部屋を飛び出ていった。一度お前らの上下関係見直したほうがいいんじゃねえか。

「くっくっく。面白」

 ハンジはまた腹を抱えて笑っている。こんなことばっかりしているから暴言を量れるんだろう。ナマエが正直気の毒だな。

「リヴァイに照れて出て行ったよ」

「あいつが?」

「かわいいよね。耳たぶ赤くなってたよ」

 確かに、何時もより顔が赤かった気がしないでもない。あまり見てなかったが。

「レアだよ。あまり感情を出さない子だからね」

 クソ、よく見ておくんだった。今から引き返せば見られるか。

「……もういい、いく」

「は?リヴァイ何しにきたの?」

「うるせえ」

そう言って俺はハンジの部屋を後にした。

Keep your eyes on the stars, and your feet on the ground.

20170808
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