私の同級生であるミョウジナマエは、ある日呪いによって見た目を老婆に変えられてしまった。昔は明るかった彼女は呪いのせいか年々人と関わることを避け、感情を表に出さなくなり引き篭もるようになった。五年前には高専の近くに構えていた宿舎からも、逃げるように出ていき、高専から遠く離れた街に越して行った。彼女が宿舎に住んでいた頃には、時間が空けば二人でお茶をしていたものだが、今はすっかり言葉を交わす回数も減って、先日再開したのが半年ぶりくらいのことだった。久方ぶりに彼女に会うと、老いは益々加速しているように見えた。このまま呪いが進行すれば魂は精神に基づくのか、肉体に基づくのか全く想像が出来なかった。否、したくないというのが正しいのかもしれない。

 私は自分の気持ちを落ち着けるように煙草に火をつける。もし、あのまま呪いが祓えなかったらどうなるのか。そんな嫌な考えが頭にこびりついて離れなかったからだ。私は煙を吐きながら傍に座る、もう一人の同級生を視界に入れた。

「またそれ見てんのか。お前も飽きないね。」
「同級生に飽きるも飽きないもないだろ。」
「同級生、ね。」

 私は昔の写真を飽きもせず眺める五条にウンザリとした。それはよく見覚えのある写真だった。なんだって、ソレは私が撮った写真なのだから忘れるはずがない。

 高専時代、悟がどこからかインスタントカメラをもらってきた。私はそれを借りて何枚もシャッターを切った。何かを思い出に残したいとか、そんな大層な想いはなかった。若い頃はは、日常がずっと続く気がしていたから。最強の二人がいて、穏やかな性格の友人がいて、私たちの過ごす日々に終わりが来るなんて誰が想像しただろう。
 今は二人の元同級生と離れてしまったという現実だけが残っているわけだが。私は煙草の火を灰皿に擦り付けて五条の持っている写真を覗き込んだ。

 この写真を撮った当時のことは良く覚えている、ナマエは任務終わりの徹夜明けの状態でクタクタになっているところを悟に捕まって心底ウザそうに彼を睨んでいた。初めて見たインスタントカメラにご機嫌そうな悟と、感情を少しも隠さずに不満そうな顔をぶつけるナマエが対照的でおかしくなった私は二人を写真の中へおさめた。悟は相当その写真が気に入ったのか、現像したものを持ち歩いているようだった。一方でナマエは悟がその写真を出して、彼女を揶揄うたびに嫌悪感丸出しで写真に目を向けていた。今思えば、あれも彼なりの彼女との距離を近づけるための行動だったのかもしれない。

「ナマエのこと、放っておいてやったらどうだ。」
「は?何のこと。」
「ナマエが辛そうだから言ってるんだ。」
「僕にナマエに関わるなってこと?やだね。絶対に。」
「まあ、そう言うと思ったけど。」

 悟は不機嫌そうな顔をすると懐に写真をしまった。傑が高専を出てから少しばかり振る舞いがマシになったかと思ったが、根本はそこまで変わってはいない。彼は、まるで子供がそのままデカくなったような奴なのだ。他人の感情の機微よりも自分のしたいようにする。たまに、その奔放な振る舞いができる彼を羨ましく思うが、ナマエは悟に昔のように絡まれるたびに心底辛そうに顔を歪ませていた。

「何でナマエはあんなに僕を拒むのかわからないんだよね。」
「私達と自分の時間の流れに差を感じて苦しんでんだろ。」
「そんなの気にしなきゃいいだろ。僕が気にしてないんだから。」
「そうは行かないだろ。女は特に年齢って気にするもんだ。気にしないって自分に言い聞かせててもな。」
「僕には分からないな。その感情。」

 悟は退屈そうに近くの椅子に座ってデスクに頬杖をつくと、傍らに立つ私を見上げた。私は彼に出会った時から錯覚していた。彼の圧倒的な強さに不可能なことなどないと。

「早くアイツの呪い祓ってやれよ。」
「十年前からずっと探してるよ。原因を見つけたら、すぐにでも祓ってやるさ。」

 私の同級生は存外不器用なやつばかりだ。人の感情の機微に共感できないやつ、自分の考えを信じて組織から離反するやつ、不安を押し隠して友人から距離を置くやつ。そんな彼らに手を差し伸べるようなことはせず、ただ見守るだけの私も不器用な人間の一人なのかもしれない。

私は、もう一度煙草に火をつけるのであった。



 五条悟の教え子である乙骨憂太くんは呪術師には珍しく非常に性格の良い生徒だ。呪術師は癖のある子が多いものなのだが、彼は悟の遠い親戚と微塵も感じさせないほど素直で優しい性分をしていた。

「ごめんね、乙骨くん。最近特に思うように身体が動かなくて。」
「大丈夫ですよ。ナマエさん軽いですし、むしろ今日は手伝っていただいて助かりました。ここまで来るの、大変でしたよね?」
「ううん。大丈夫だよ。任務くらいじゃないと海外なんて来る機会なんてないし、全然気にしないで。」

 高専から託された任務により、私は乙骨くんのサポートのため、遠路はるばる海外に来ていた。任務は乙骨くんの助力もあり滞りなく終わったのだが、久しぶりに遠出をしたせいか酷く身体が重かった。私の様子を察してか、乙骨くんが私をおぶって近くのホステルまで運んでくれることとなった。

 誰かの体温を身近に感じるせいか、酷く瞼が重くなってきた。いつも眠りに床につく時よりも、十倍くらい眠気がおそってくる。そこで初めて、私は自分の寿命が間もなく終わろうとしているのではないかと思い至った。私の体を蝕む呪いは、一体どれくらいのスピードで進行しているか定かでないが、体感としてはとうに体の年齢は80代を超えている気がしていた。そう自身の中で結論付けると、今までの体のだるさの正体がストンと胸の中に収まって、そりゃ寿命には抗えないよなと諦めさえも出てきた。

 まさか十も離れた歳の子の背中で人生を終えるなんて、乙骨くんに酷いトラウマを植え付けてしまうかもしれない。とても申し訳なかった。でも、本当に自分が命の灯火を燃やし切ろうとしているのであれば、今のうちに私の最期の言葉を彼に伝えておかなければならない。少しでも彼の心に負担をかけないように。それから、私の大切な友人に負担をかけないように。動かない頭を必死に働かせ、私はなんとか言葉を紡ぎ出す。

「乙骨くんが皆と仲良くしているところを見ているとね、私も在学中のことを思い出すの。硝子と悟と、それから今は居ないけどもう一人の友人。三人とも、関われば関わるほど面倒事ばかり起こす子達なのに、一緒にいる時間が一等好きだった。」
「ふふ。僕らと一緒ですね。どちらかといえば、僕は皆に面倒ごとを引き寄せてる側かも知れませんが。」

 乙骨くんが冗談混じりに苦笑した。今、彼も頭の中では同級生の三人の姿を思い浮かべているのかも知れない。

「ねえ、悟は乙骨くんに迷惑かけてない?」
「えっと……五条先生はいつも頼りになりますよ。僕の命の恩人ですし。」
「ふふ、そう。それはよかったわ。」

 乙骨くんが考えたのちに、質問の回答とは少し違う、悟を尊重する言葉を述べた。私の質問へ肯定も否定もしないのを見る限り、彼は本当に優しい。彼の優しさで救われた呪術師が今までも、この先も沢山いることだろう。自然と口元には笑みが溢れていた。
 悟は奔放なところは傷だが、乙骨くんの言う通り、誰よりも強い呪術師で頼りになるのは間違いないだろう。そして、乙骨くんもまた悟に並ぶ強さを持つ可能性を秘めた特級呪術師だ。悟が乙骨くんの話をするとき、どこか彼を特別に見ているように感じる。その話を悟から聞く時、私はひどく安心するのだ。
 彼は一人じゃない。彼の周りには人が沢山増えた。

「乙骨くんは数年ぶりに現れた特級呪術師でしょ。悟も乙骨くんのことを、すごく頼りにして期待していると思うよ。」
「え?そうですかね。僕には恐れ多いですよ。」
「本当に乙骨くんは謙虚で優しいね。私は貴方が大好きよ。貴方が悟の教え子に現れてくれてよかった。」
「え!?嬉しいですけど、今の発言を五条先生に知られたら、僕怒られそうです。」

 私の言葉に乙骨くんの慌てた雰囲気を感じる。彼の反応が可愛くて笑いたかったのに、声を上げて笑う元気さえも今はなかった。もう少し、あと少しだけ、私に時間を頂戴。

「悟のこと、よろしくね。」
「それじゃあ、もうナマエさんが五条先生に会わないみたいじゃないですか。きっと先生が聞いたらへそ曲げますよ。」
「そうかもしれないわね。どれだけでっかくても心はずっと子供みたいな大人だからね。何度、悟に私も硝子も振り回されたことか。でも、不思議なことに思い出すのは彼と笑っていた思い出ばかりなのよね。」
「そうですよ。ナマエさんがいないと五条先生を叱る人がいなくなっちゃいます。」

 きっと大丈夫。硝子が私の分まで悟に小言を言ってくれるから。口ではそう紡ごうとしたのに唇は思うように言葉を紡げなくて、瞼が抗えないほど重くなった。ごめんね、乙骨くん。だけど、最後に話したのが貴方で良かった。

「ナマエさん?」

 遠くから私の声を呼ぶ声が聞こえる。優しくて心地よくて何時迄も聞いていたいような優しい声。私はゆっくりと目を閉じた。



 日本時間にして午前三時零零分。五条悟の携帯電話へ乙骨憂太からの着信が入った。普段連絡を寄越さない乙骨からの着信に何かを察した五条は任務を終えた気怠さも忘れて電話をとった。脳裏に浮かぶのは何故か彼女の姿。そういえば、今頃彼女は乙骨憂太とともに任務をこなしているはず。

 ほどなくして電話から聞こえたのは乙骨憂太の震える声だった。

「五条先生。ナマエさんが───」



 学校まで辿り着くまでの、気が遠くなるほどの長い階段に、虎杖悠仁と伏黒恵、釘崎野薔薇は立っていた。

 彼らの両手には抱えきれないほどの荷物があり、いずれも釘崎の購入した洋服や化粧品、雑貨などの品が詰め込まれていた。給料日の次の日の任務だったせいか、釘崎はいつもよりも随分と目についたものを買い込んでいた。良くこんなに大量な荷物が寮のクローゼットに入るなと、伏黒はうんざりした目で両脇に持たされている紙袋をみやった。伏黒の少し後ろを歩く虎杖は、彼の倍以上の荷物を落とさないようにバランスよく抱えている。

「君たち、すごい荷物だね。良かったら手を貸そうか?」

 聞き覚えのない女性の声に三人は驚いて振り返った。振り返った際に虎杖の紙袋から落ちそうになったスカーフを、俺たちの後ろに立つ女性がスカーフが床に着地する前に掴んだ。かがんだ体を起こした身長は、虎杖よりも伏黒よりも高くみえる。

「は!?誰よ、この長身美人。」
「もしかして私のことかな。どうもありがとう。」

 女性は苦笑して釘崎に礼を述べると虎杖の積み重なった荷物をいくつか回収した。虎杖は呆気に取られて女性を見上げている。呆気に取られている三人に女性は少し困ったように微笑んだ。その表情が、一瞬自分の知っている人物と重なって、伏黒はあっと声を上げた。

「もしかして、ナマエさんですか?」

 伏黒の問いに女性は目を見開いて彼を見た。その反応に伏黒は自分の考えが正解だったと思い至った。

「よく分かったね。伏黒くん。」
「何で私が知らないのに、伏黒がお姉さんのこと知ってんのよ!」
「いや、何でそんな理不尽な理由で怒られなきゃいけないんだよ。」
「二人ともタメで話してるってことは貴方が釘崎野薔薇さんかな?」
「え!?私のことも知ってんの!?」
「貴方の先生から聞いたの。私も一応ここの呪術師なんだ。よろしくね。#family#ナマエって言うの。」
「よ、よろしくお願いします。」

 彼女の柔らかい雰囲気に当てられたのか、釘崎が珍しく大人しく彼女に会釈をした。その後は釘崎と虎杖が交互に彼女にいろんな話を振った。伏黒は彼らのコミュニケーション能力に感心しながらも黙って後をついていった。なんとなく、自分はその輪に入らないようにしていたのだ。伏黒は、この後に現れる人物のことを想像して面倒事を避けたいと思ったからだ。
 
 そうこうしているうちに、長い階段を上がり切ると、先程話に出ていた人物が正面に立っていた。

「ひどいよねー。呪いが解けて先ず会いにくるのは、愛しの同級生である僕のはずじゃない?」

 五条は不満そうに口をへの字に曲げている。いつもよりも更に子供っぽい五条の態度に、虎杖達は顔を見合わせた。

「どうせここで待ち構えていると思ってたよ。案の定だったね。特級呪術師って本当に忙しいの?」
「あー!先生が持ってた写真のナマエさん!?おばあちゃんの呪い祓えたの!?」
「え?今頃気づいたの?悠仁くん。」
「お前、さっきのやり取り聞いてなかったのかよ。」
「つい見惚れていました!ナマエさん俺のタイプにドンピシャなんで!」
「へえ。かわいいこと言ってくれるね。」

 虎杖は突然ナマエに告白まがいの言葉をかけると、ピシッと敬礼するように彼女に向き合っていた。そういえば、虎杖のタイプって身長が高いやつとか言ってたな。伏黒はぼんやりと虎杖が話していた内容の記憶を辿る。釘崎はドン引きした様子で虎杖を見つめていた。伏黒がチラリと視線を五条に写すと、彼は心底つまらないというように虎杖とナマエを見つめていた。伏黒が予想していた面倒事というのは、こういったことを想定してのことだった。
 虎杖とナマエの話の腰を折るように、五条が彼女の肩に手を回して首を絞めるように引き寄せる。急なことにナマエは蛙が潰れたようなひしゃげた声を喉から発した。

「悠仁、ナマエはアラサーだから倫理的にアウトー。」
「えー!先生、今時は歳の差カップルなんて沢山いるよ!?」
「だめだめ、ナマエは年下に興味ないから、ね?」

 五条は見せつけるように彼女に顔を寄せた。虎杖もナマエも鈍感なのか、平然と会話を続けているが、なにかを察した釘崎と伏黒はやはり引いた顔で五条をみやるのだった。それは明らかに虎杖に対しての大人気ない牽制だったからだ。

「うっさい。てか、アンタ図体でかいんだから寄りかかって来ないでよ。重いのよ。」
「えー、僕とナマエの仲じゃん。昔からよく肩組んで歩いたり、地元じゃ負け知らずだったろ?」
「架空の過去を作るな。それより私は学長に挨拶行かなきゃだから退いてよ。」
「じゃあ僕も行く。」
「は?授業戻りなよ。」
「しばらくしたら戻るから悠仁達は自習ね!」
「いや、だから私に構わなくていいから、五条は」「はい!レッツゴー!」

 五条はナマエの反論に捲し立てるように、彼女を引きずって歩いて行った。

「何か先生、今日すっげー機嫌よさそうじゃなかった?」
「うるっさいわよ。クソ鈍感男。さっさと私の荷物運びなさいよ。」
「は?!鈍感男って何のことだよ?ってオイ!釘崎!」

 釘崎は虎杖の呼びかけに一ミリも反応せずにさっさと歩いて行ってしまった。

「鈍感って何のことだよ。な、伏黒。」
「俺に振るな。」

 伏黒はため息をついて釘崎の後を続いた。あの人の機嫌の良い理由なんて一つしかねえだろ、と伏黒は心の中ではそう思っていたが声には出さないことにした。口を開くことさえも面倒だったからだ。



「ちょっと、悟。引っ張らないでよ、腕ちぎれるから。てか、夜蛾先生の部屋通り過ぎてるじゃん。ついに頭おかしくなったの。」

 五条はナマエの文句に一切反論することはなく、医務室にナマエを押し込んだ。いつもは居るはずの硝子が今は出払っているのか、部屋には人気がなかった。五条は後ろ手で医務室の鍵をかけると彼女を逃さないように医務室の壁へ追いやった。余りの剣幕な雰囲気に流石のナマエも圧倒されて驚いた様子で五条を見上げた。

「本当にムカつくよね。ナマエのことがずっと好きだったのは僕なのにさ。」
「は?何言ってんの。」
「君のことだよ。今までは気にも留めてなかった奴が、ナマエのこと口説こうとするかと思うとちょっとイラッとするよね。」

 五条の言葉に何が言いたいかを察したナマエは静かに口をつぐんだ。思い返してみれば呪いにかかる前からも、かかった後からも私に好意を寄せてくれるのは悟だけだったかも知れない。ナマエは色男の悟が隣にいるだけで、自分まで目立ってしまってしまうことが嫌で嫌で仕方なかったが、変わらず接することができる五条には尊敬の念を感じずにはいられなかった。

「さあ、これで君と僕を憚るものは何もなくなったわけだ。」

 五条はゆっくりと目隠しを外すと宝石のような綺麗な瞳でナマエを射抜いた。ナマエは自分の心の全てが見透かされてしまいそうな気がして思わず目を逸らした。そんなナマエの態度を気に入らないと思った五条は彼女の手を握り込んだ。
 五条の積極的な態度にナマエは慌てて彼を見返した。全て彼の思い通りだった。綺麗な瞳がもう一度ナマエの瞳を捉えて離さないというように愛しそうに細められた。

「僕からの愛の言葉、受け取ってくれるよね?はいとイエス以外聞くつもりはないけど。」

 そう言うと彼女の手には五条の瞳の色と同じブルーサファイアに輝く宝石が嵌め込まれた指輪が嵌められていた。恋愛に疎い彼女でも分かる。それは所謂婚約指輪というやつだった。

「いや、急に重……。」

 彼女のドライな反応にも五条は関係なしにことを進めようと彼女の顔に自信の顔を寄せる。ナマエは慌てて五条の顔を避けると彼の顔を固定するように両手で掴んだ。

「いや、今のは黙って頷いてくとこでしょ?」
「私が大人しい性分じゃないのは悟が一番よく知ってるでしょ。」
「チッ。君はいつも流されてくれれば楽なのにさ。」
「ありがとう。悟のこと想ってるのは私も一緒だよ。」




「あれ?七海?久しぶり。」
「───ナマエさん、ですか?」
「わー、よくわかったね。」

 数ヶ月ぶりに顔を突き合わせた彼女は数年前の学生時代を思い出すほど表情に学生時代の面影が残っていた。
 猪野君が呪術師に珍しい性格美人がいるといっていたのは彼女のことか。今度会った時に連絡先を聞くとはしゃいでいたが、残念ながら彼女には強力なボディーガードがいる。

「見た目が若返っているということは、呪いが祓えたと言うことですか?」
「そうそう。高専二年の乙骨憂太くん知ってる?彼がね。なんか人に憑いて弱ったところを最後に食い殺す呪霊だったみたいでね。私が死ぬ間際になったことがトリガーとなって、やっと呪霊が顔を出したってわけ。そこを乙骨くんが倒して、瀕死状態の私を一か八かで反転術式したらギリギリ蘇生できたみたい。それから呪いを倒してくれたおかげか見た目も身体も元の年齢に戻ったんだ。」
「なるほど。五条さんは大層悔しかったでしょうね。」
「え?そんなことないでしょ。乙骨君は悟が一目置いてる教え子だからね。」

 ナマエさんが考えるように顎に手を添えながら言う。だからこそ、悔しいのではと思ったが、これ以上この話題をするのも面倒で口をつぐんだ。それよりも、私はキラリと光る手元の指輪に目を奪われた。位置からして婚約指輪にあたる。あのボディーガードがいて、指輪をスルーしているわけはないし、だがしかし彼女が五条さんと婚約するなどあり得るだろうか。

「あの、まさかとは思いますが、その婚約指輪は五条さんからですか。」
「ああ、気づいた。そのまさかですね。つい先日、婚約指輪もらったんだ。」
「……彼に何か弱みでも?それとも頭を強打しましたか?」

 私の言葉を聞いてナマエさんが可笑そうに大口を開けて笑った。豪快に口を開ける笑い方が昔から彼女らしくて好きだった。呪いにかかってからは日に日に笑顔を見る事は無くなっていったが、彼女の笑顔が戻ったようで私もつられるように笑みを浮かべた。

「お生憎様。心配ないよ。呪いが解けてから調子はすこぶる良いんだ。」
「心配しかありませんが、人の恋路に口を出すのは野暮というやつですかね。ただ、学生の時は五条さんと付き合うなんて真っ平ごめんだと言っていたあなたが、驚きです。」
「そうだね。学生の時の私が知ったら、とても驚くだろうね。」

彼女が太陽にかざすように手をかざした。キラリと空の青さに負けない輝きを手元の指輪が主張していた。

「あの頃はさ、目先のことなんか見えてなくて未来しか見てなかったんだ。御三家の悟と付き合ったらどうなるかとか、この先も自分が呪術師であり続けられるのかとか、いつになったら死と隣り合わせのストレスから解放されるんだろうとか。」

 彼女の言う事はよく分かる。私たちが呪術師である限り、死との恐怖は常に隣り合わせで、それを考えないと言うのは容易ではない。現に私は昔、この業界から一度離れたことがある。

「でも、今は違う。今、この時を大切にしたいって思うんだ。」

 そう言う彼女の表情は強がりではなく、心からそう思ってると伝わってくる優しい表情だった。

「私、今がすごく好きだよ、七海。」
「そうですか。それは、本当に───良かったです。」

どこか長年の積年から解放されたかのような彼女を、私は少し羨ましく思った。遠くからは彼女の"コンヤクシャ"である五条さんの声が聞こえていた。

20220821
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