「マジか。俺、お前のこと、そういう風にみたことなかったわ。」
「え。」
「悪い。」
「あ、そっか。うん。わかった。」

今日、私はフラれた。

伏黒の謝罪の言葉を聞いた瞬間、手が震えて、泣きそうなのがバレないように逃げるように立ち去った。バカだな、わたし。たった三人ぽっちの同級生に告白しちゃうなんて。明日からどんな顔して会えば良いんだろう。でも、仕方ないじゃん。気持ちよく目覚めた朝に、朝ごはん作ってたら好きな人と鉢合わせて。一緒に朝食を食べて。その後、コーヒーを飲みながら冗談でも言い合って。伏黒が折角だから二人でどっか行くかって言うものだから、ふとこの幸せがずっと続けば良いなって思って。口が自然と好きって言っちゃってたんだもん。好きな人とそんな時間過ごしたから、期待しちゃったんだ。しかし、私の期待は見事に打ち砕かれて今に至る。

あー、神様なんていないわ。最高な休日が始まるはずだったのに、ジェットコースターのような急展開で史上最悪の休日になってしまった。悲しみを通り越して、むしろムカついてきたくらいだ。だから、勢いのままに美容院を予約して髪をバッサリ切った。いやいや、失恋して髪を切るとか、ありきたり過ぎでしょ。自分でも惨めすぎて本当に笑っちゃうわ。

ぼんやり朝の出来事を考えない様にしながら寮までの帰路についていると、前から三人の先輩方の姿が見えた。学園生徒が少ないせいか、どの学年と先輩も往々にして仲が良いことが多い。私も例外ではなく先輩達と良好な関係を築いていた。ただ、今はなんとなく、誰にも会いたくない気持ちだった。顔を突き合わせないように道を引き返そうとしたが、敢えなく真希先輩が私を引き止める声が聞こえた。私はため息をついて足を止める。

「なんだよ、ナマエ。先輩方を無視しようとしやがって。てかお前、その髪、もしかしてだけど失恋したか?」
「おい、真希。それはないだろ。今どき失恋して髪切るなんてベタすぎだって。」
「……先輩方デリカシーなさすぎません?」

私は泣きたい気持ちを必死に押し殺して恨みがましく先輩たちを見返した。

「え、まじ?お前、まじで失恋したの。」
「う、うそだろ。冗談だよな、ナマエ。」
「冗談だったら、どれだけ良かったか。真希先輩も、パンダ先輩も今日は嫌いです。」

パンダ先輩と真希先輩はアチャーみたいな顔をして、申し訳なさそうに私を見た。アチャーはこっちのセリフだわ、ふざけんな。

「ツマナヨー。」
狗巻先輩だけは私を励ますかのように頭を撫でてくれた。荒む心に優しさがしみる。

「悪かったって。てか、本当にフラれたのか?ナマエの好きなやつって、どうせ伏黒だろ。」
「何でバレてんですか。その名前を出さないでください。ああ、ホント優しいのは狗巻先輩だけです。」
「まあ、そりゃ、棘は優しいだろ。な?」
「うんうん。そりゃ、棘は優しいよ。な?」
「おかか!」

二年生たちが楽しそうに会話してるなか、私は未だに気持ちが晴れなくてため息を吐いた。正直、今は全てがどうでもいい。先輩方の話し声をBGMに、私は遠い空を飛ぶカラスを見つめた。

「鳥になりたい。」
「こりゃ、重症だな。」
「目も当てられないな。」

不意に腕を引かれて視線を正面に戻すと狗巻先輩が何かケータイの画面を見せてきた。そこにはお好み焼き屋のサイトがデカデカと写っていた。

「こんぶ。」
「え、なんですか。狗巻先輩。」
「すじこ。」
「え、今日は晩御飯おごってくれるんですか?」
「しゃけ!」
「や、優しい。」

私は優しさに半分泣いた。しかも、この店、前に私が行ってみたいなってぼやいていた店だし。こういうところが狗巻先輩の尊敬してやまないポイントである。

「おいおい、羨ましいなー。ひゅー。」
「よかったじゃねえか。話でも聞いてもらって気分転換しろよ。」
「え、パンダ先輩と真希先輩は行かないんですか?」
「まー、俺らは忙しいし?」
「私らが居ると邪魔そうだしな。」
「は?」
「しゃけ。」

二人の意味深な会話を尻目に、狗巻先輩は私の手を引いて私を連れ出した。お店に着くと、狗巻先輩が次から次へと注文を頼むものだから、フードファイターばりに食べるのに必死になった。でも、ちょうど余計なことを考えなくて済んで、結果的に良かったかもしれない。帰り道はお腹いっぱいでぐったりしながらも、食べきったことで達成感に満たされていると、隣から視線を感じた。狗巻先輩のほうを見ると、彼は嬉しそうに笑っていた。彼なりに私のことを励まそうとしたのかもしれない。私は狗巻先輩に感謝の気持ちを込めて笑顔を返した。その夜は、思ったよりも直ぐに眠ることができた。フードファイトのおかげだろう。

問題は次の日だった。
私は教室の扉の前で手を上げたり下げたりしていた。どんな顔して教室に入ればいいのか、考えあぐねていたのだ。いつまでも扉の前で決断出来ずにいると、扉が開いて悠仁が正面に立っていた。

「うお!ナマエ。遅いから呼びにこうと思って……っていうか髪切ったんだな。どったん?」
「え、ナマエ、髪切ったの!?」

悠仁の後ろから野薔薇と伏黒の驚いた顔が見える。野薔薇はともかく、伏黒と顔を合わせるのは凄い気まずい。私は気持ちを隠すように、後ろ髪に手を添えて顔を伏せた。

「お前、それ、もしかして俺」「イメチェンだよ!!イメチェンイメチェン!!」

伏黒が変なことを言いそうだとしたのを察して、私は大声で理由を述べた。鈍感男だとは思ってたけど、ここまでくると本当にデリカシーないんだから。何で私はこんなデリカシーない男のこと好きになっちゃったんだろ。私は悠仁を押しのけて空いている席に座った。

「なんていうかカットモデルでさ、安く切ってもらえたから折角と思ってね。短く切ったの。長いと髪乾かすのもめんどくさいしさ。変かな。」
「いや、凄え似合ってんぜ!確かに髪長いと乾かすの大変そうだよな。」
「そうね。前の髪型も良かったけど、今の方がなんか表情もスッキリしてみえるし可愛いと思うわ!」

悠仁と野薔薇が手放しで褒めてくれるものだから少し恥ずかしくなって私は頬をかいた。髪を短くしてから朝のセットも髪を乾かすのも楽になったけど、赤くなった顔を隠せないのだけは弱点だ。私はつい伏黒の方へちらりと視線を向ける。伏黒だけは難しい顔で何かを考えるように顎に手を添えていた。何だその反応、むかつく。私は伏黒から目を離して一時間目の教科書を鞄から取り出した。

午後からの授業は先輩達と合同で組み手になった。組手の時は大体、悠仁と伏黒の三人で組むことが多いけど、今日ばかりは気まずいから違う人と組みたい。私はいつもよりも重い足取りで校庭に歩いていく。斜め前に歩く伏黒を視界捉えて、避けるように校庭の端の方に移動した。その時、服の袖がクンと軽く引かれた。

「こんぶ。」
「え、組み手私としてくれるんですか?」
「しゃけ。」
「わ、お願いします。」

昨日のことを知ってか、狗巻先輩が私とペアを組んでくれる。いや、優しい狗巻先輩のことだから確実に私のことを気遣ってくれてだろう。ここで他のことを考えるのは失礼だと私は授業に集中することにした。一時間くらい組手をすると、狗巻先輩が休憩にしようと合図をだした。私は先輩の言葉に同調して石段へ腰を下ろして休憩をした。狗巻先輩はドリンクでも買いに行ったのか、どこかへ行ってしまった。

一人になると、ついぼうっとしてパンダ先輩と組手をしている伏黒を見てしまった。いつもの癖って怖いものだな。好きな気持ちを諦めなきゃと思えば思うほど、ついつい相手のことを思い出して辛い気持ちになってしまう。

もやもやと暗い気持ちをかかえていると、突然目の前が真っ暗になった。目元に誰かの手の感触を感じるので、誰かが後ろから目を塞いでいるのだろう。

「狗巻先輩ですか?」
「しゃけ。」
「もう、何するんですか。」

狗巻先輩の手首を掴んで振り返ると、鼻がぶつかりそうな近い距離に狗巻先輩の顔があって、心臓が止まりそうになった。うわ、狗巻先輩のまつ毛長いし、毛穴が見えないほどお肌綺麗。一時間にも長く感じる数秒の時間がながれて、ハッとして距離を取った。自分が先輩に見惚れていたことに、恥ずかしくなって頬がじんわりと熱くなっているのを感じた。私の反応を面白く思ったのか、狗巻先輩は楽しそうに笑うと、頭を優しく撫でてくれた。私が伏黒を見ているのに気付いて、わざと意識を逸らそうとしてくれているのだろうか。私は消え入るような声で「ち、近いですよ。」と言った。狗巻先輩は私の言葉にただ笑うだけだった。

それから、数週間。私と伏黒の絶妙の距離感は変わらずにいた。私は彼に相当惚れていたのか、彼と少し話すだけで胸が苦しくなり、上手く元の関係に戻れずにいた。幸いにも、悠仁も野薔薇も鈍感なので、私と伏黒の間に流れる妙な空気に気付いてないのが救いだった。私のせいで二人にまで気をかけるのは忍びなさすぎる。

「おい、ナマエ。俺にちょっと時間くれねえか。」

たまたま悠仁と野薔薇が任務でいない時、伏黒が私に話しかけてきた。私は慌ててカバンを持って寮に帰る準備をする。

「いや。忙しいし。」
「5分だけでいい、俺の話聞けって。」

伏黒が私の動きを阻むかのように、腕を掴んで引き留めた。自分とは違うゴツゴツした手に私の心臓は跳ねた。そんな自分にイライラもしてしまう。いつまで自分は彼に気持ちを振り回されなければならないのだろうか。

「いやだよ。そんなの。伏黒は好きな人に振られたことないから私の気持ちが分からないの?」
「だから、そのことで話したいことがあるんだよ。」
「分かってる。そのうち前みたいに戻れるように頑張るから、今は放っておいてよ。」

自分で言っておきながら、本当に前みたいに戻れるのだろうかと疑問に思った。今もこんなにも胸がドキドキしているのに。苦しくして悲しくて視界が少しばかり潤んだ。

「前みたいにって」「おーい、ナマエ。って、あれあれ?お邪魔だったかな。」

教室のドアから五条先生が顔を覗かせる。私たちの普通じゃない雰囲気に何かを察したのか、にやにやと顔を緩ませていた。先生は最高に性格が悪いと思う。でも、今は此処を離れる口実になるかも知れないと憎らしい先生さえ助け舟にみえた。

「邪魔なの分かってんなら、どっか行ってくださいよ。」
「いや、でもナマエにちょっと用があってね?悪いねー、恵。」
「それ後じゃダメなんで」「邪魔じゃないです。五条先生、私をどこまででも連れてってください。」
「それはちょっと語弊が生まれる言い方だよ?まあ、望み通り連れてくんだけどね。丁度、ナマエにご指名の依頼があったからね。」

私は伏黒の手を振り解くと、五条先生の背を押して教室を出た。先生が「いやー、若人ってのは青くていいねー。」とか言い出すので、イラッときて回し蹴りをした。普通に術式使って防御されて私の足がただ痛くなっただけだった。本当にこの人は大人気がない。



任務は思ったよりも重いものでは無かったので、そこまで労力をけることなく終えることができた。しかし、今日は色々考えることがあって気疲れした私は今すぐにベッドにダイブしたい気持ちだった。寮に戻ると、共同ルームに誰かが消し忘れたストーブとテーブルにアルバムが置いてあった。暖かそうなストーブに、私はついソファへ腰を降ろしてアルバムを眺めた。アルバムには誰が撮影したのか、悠仁と野薔薇、それから伏黒と私が楽しそうに微笑んでいる写真が収められていた。それは、恐らく私が告白する前の写真だった。この頃は何も考えずに三人といられた。今は前みたいに仲良くしたいって思うのに、どうしたって苦しくて一緒にいられない。私は重くなっていく瞼に身を任せてゆっくりと目を閉じた。

「───ナマエ」

誰かが私の名前を呼んでいる。暗い意識の中から私はゆっくりと意識を起こした。そこには、心配するように私の顔を覗き込んだ狗巻先輩の顔が見えた。

「いぬまき、せんぱい。……さっき私の名前呼びましたか?」
「おかか。」

狗巻先輩が頭を横に振って、それから私の頬をゆっくりと撫でた。突然のことに驚いたが、それ以上に自分が涙を流していることに気づいて更に驚いた。

「私泣いてたんですね。すみません。」

私が慌てて目を擦ると、狗巻先輩が私の両手首を掴んでゆっくりと顔を近づけた。すごく真剣な表情をしていて、私はどうしたんだろうと狗巻先輩の顔を見返す。黒い影がすっぽりと私を覆い隠して、唇がくっつくまで数センチというところで、何か硬いものが地面に落ちる音が聞こえた。
驚いて狗巻先輩の胸を押して振り返ると、間抜けな顔した伏黒が此方を見ていた。足元には彼の愛用のマグカップが落ちていて、音の原因はそれみたいだった。

「ま、真希先輩が狗巻先輩のこと、呼んでましたよ。」
「しゃけ。」

そう言うと狗巻先輩は私の頭をさらりと撫でて共同ルームを出て行った。伏黒が去っていく狗巻先輩を見送って、私の隣に無遠慮に腰を下ろした。私はソファから立つのも億劫で、また瞼を閉じようとそっぽを向く。

「お前、気をつけろよ。あのままだとキスされてたぞ。」
「は?伏黒に関係なくない。」

伏黒が怒ったように言うので、私はカチンときて伏黒よりも声を荒げて反論した。私から反論が来ると思ってなかったのか、伏黒が驚いた顔をして私を見た後、ムッとした顔をする。なんだそれ、どう言う感情の変化だよ。

「関係なくねえだろ。お前は俺が好きなんだろ。」
私はさらに頭にきて、伏黒を力一杯睨んだ。伏黒も引く気はないのか怒った顔で私を見ている。久しぶりにまともに見る伏黒の顔が怒った顔なんて、なんだか悲しくて、やっぱり元には戻れないだろうと思ってしまった。

「だから何?そうだったら、私は他の人と恋愛もしちゃだめなわけ。あんた何様よ。」

私の言葉に伏黒はぐうの音も出ないのか、悔しそうに唇を噛み締めていた。それにしても、伏黒がこんなにも横暴な人間だとは思わなかった。振った人間の恋情くらいほっといてくれたらいいのに。

「……そうじゃねえな。悪い。俺が言いたかったことはそうじゃなくて。」

伏黒が頭をぐしゃぐしゃとかいて申し訳なさそうに眉を下げていた。その表情が数週間前の出来事を思い起こさせて暗い気持ちにさせた。

「やめて。謝らないで。私のこと振ったくせに何時迄もそんな態度取らないでよ。」
「振ってねえよ。俺は。」
「は?私の一世一代の告白を無かったことにする気!?」
「そうじゃなくて、俺はお前のこと彼女として意識したことなかったって言っただけだろ。」

伏黒の次から次に紡がれる言葉に理解できなくなってきて、私は呆れた顔で伏黒を見返すしか無かった。ここまでくると、コイツ本当に今まで恋愛とかしてきたことなかったんだろうなと思わざるをえなかった。

「俺はその後に少し考える時間がほしいって言おうと思ったんだよ。お前のこと中途半端に考えたく無かった。」
「はあ……?」
「おい、そんな気の抜けた顔すんな。」

伏黒がずいっと距離を詰めて私の顔を覗き込む。二人が座るソファがギシリと軋む音を立てて部屋には妙な雰囲気が流れていた。先程、伏黒が落としたマグカップは未だに床にシミを作ったまま拭かれる様子はない。その、いつもとは違う態度の伏黒に私は益々読めなくなってきて眉根を寄せるしか無かった。

「だから、その、付き合うなら、これからのこと真剣に考えてからナマエに返事するべきだと思ったんだよ。それが真剣に気持ちを伝えてくれたナマエへの誠意だと思った。」
「待って。寝起きで頭回らないんだけど。」
「遠回しで悪い。俺もナマエが好きだ。俺と付き合ってほしい。」

数秒の静寂なかで、私の頭はじわじわと状況を理解してきた。つまり、伏黒は私のことを好き?

「えええ!?あんなの振る言葉だったじゃん。紛らわしすぎだから!!」
「仕方ねえだろ。付き合うとか、告白とか、初めてで何で言えばいいか分からなかったんだよ。」
「伏黒の馬鹿ー!」
「で、どうなんだよ。」

伏黒が私のことを追い詰めるように、私の顔の横に手をついた。彼の顔は拗ねたように表情を歪めているが、頬は恥ずかしそうに赤くなっていた。突然の展開に混乱して頭が沸騰しそうなほど熱くなった。

「私も好きだよ!バカ!」
「泣いてんじゃねえよ。」
「泣いてないし。」
「泣いてんだろ。」

伏黒が私を見てクスリと笑った。私は予想外の告白に涙腺が緩んで仕方がなかった。伏黒が手を伸ばして私の髪を梳かす。

「髪、俺のせいか?」
「そうだよ。」
「それも悪くねえな。俺のこと想ってくれてる感じがして。」

伏黒が今までに見たことがないくらい甘い顔でそんな台詞を吐くものだから、私は驚きで涙も引っ込んでしまった。

「ば、馬鹿じゃないの。」
「馬鹿はナマエだろ。うかうかしてたら、狗巻先輩に靡きそうで焦った。」
「は、そんなわ」

私の言葉は伏黒の唇によって途中で飲み込まれた。唇の柔らかい感触を感じて、これが本当に夢じゃないのだと実感した。

「もう余所見すんなよ。ナマエ。」

相変わらず甘い表情で伏黒が私の頬をひっぱった。私の頭はとっくの昔にショート寸前だ。明日、どんな顔して教室に入ればいいのよ。今まで通りに戻れる自信なんて、やっぱりなかった。

20220206
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