私の幼馴染はどうしようも無いクズだった。

小学校の頃は車に火をつけて、嫌いな奴はとことん殴って。中一でバイク屋に強盗に入り、人を殺めて年少行き。年少から出てきたかと思ったら、今度は友達を殺めて年少へ逆戻り。

本当に、どうしようも無いクズだったけど、私にとって彼はヒーローだった。


わたしたちは幼すぎた







私達は家が隣同士で親同士が仲良く、自然と遊ぶことが多かった。
「かずくん、今日は何して遊ぶ?」
「今日はヒーローごっこだな。」
「ひーろーごっこ?」
「おう。俺がヒーローでナマエはお姫様だ!」

幼い頃のかずくんはいつも優しかった。私たちは何処に行くのも、何をするのもいつも一緒だった。そんな幼馴染のかずくんのことが、私は大好きだった。
しかし、大きくになるにつれ、かずくんの家族は仲違いをしてしまったようで、親同士の交流も徐々に軽薄になってしまった。それから、かずくん自身も少しずつ変わっていった。昔よりもどこか攻撃的で、暗い目をするようになった。それでも、私達は顔を突き合わせれば、話すような仲がずっと続いていた。

かずくんは小学校高学年に上がると、バジくんというお友達が出来たみたいだった。それもあり、私たちが顔を合わせる頻度は、もっと下がっていった。

「あ、かずくん。」
「げ、ナマエ。」
おうちの近くでかずくんを見つけたので、声を掛ける。隣には見たことのない男の子がいた。黒髪に可愛い八重歯が特徴的な子だ。

「なんだよ、一虎のダチか?」
男の子が目を丸くしてかずくんに問いかける。
「あー、まあ、幼馴染だ。」
「こんにちは。もしかしてバジくん?」
私は、かずくんから聞いた話を思い出して口を開いた。

「おい、お前余計な事言うなよ」
かずくんが慌てたように私に言う。
「そーだけど。何で知ってんの?」
バジくんは肯定すると不思議そうに首を傾げた。
「かずくんから聞いたことがあったんだ。気の合うお友達ができたって。かずくんをよろしくお願いします!」
「おい、変なこと言うなってば!」
「へー、一虎。俺のこと、そう紹介してたんだな。」
「ばっか。笑ってんじゃねえよ。」
バジくんはニヤニヤ笑うとかずくんを揶揄うように首元に腕を回した。かずくんは怒ったようにバジくんの脇腹を殴っているが、顔は赤く染まっていて照れてるのが丸わかりだ。
「お前の名前は?」
バジくんが爽やかな笑顔で私に問うた。
「ナマエだよ。」
「おい、名乗らなくていいよ。」

それから、バジくんともお友達になった。彼は良い人で、ある時は不良から助けられたこともあった。
ああ、そういえば、かずくんには他にも不良のお友達がいた。怖い見た目をした人達だったけど優しい人だった記憶がある。

「あ、かずくん!久しぶり。それにバジくんもこんにちわ。」
私は渋谷にお買い物に来ていた時に、たまたまかずくんとバジくんを見かけて声をかけた。

「おう。ナマエじゃねえか。」
「お前、話しかけてくるんじゃねえよ。」
優しく手を振ってくれるバジくんとは対照的に、かずくんは心底うざそうに顔を顰めた。中学校にあがってから、かずくんはパンチパーマと刺青を入れて不良になったみたい。お母さんは私の話を聞いて「もう一虎くんと関わるのは辞めなさい」って言うけど、私は変わらずかずくんと交流が続いていた。だって、かずくんもバジくんも心根は優しいこと、分かってるんだもん。

「この間、家の前で声かけた時は何も言わなかったじゃん。」
「う、うるせえよ。」
私が口を尖らせてかずくんを非難していると、かずくんの後ろから金髪の少年がひょっこりと顔を出した。金髪の怖い見た目とは裏腹にベビーフェイスで可愛い顔をしている。
「なに、この子。一虎のカノジョ?」
「こんにちは。私はかずくんの幼馴染のナマエです。」
「へー、一虎の。俺はマイキーって言うんだ。」
「マイキーさんですね!かずくんをよろしくお願いします!」
私がペコリと頭を下げるとマイキーさんは楽しそうにカズくんをみた。
「かずくんって呼ばれてるんだ。俺もそう呼んじゃおっかな。」
「あ?!揶揄うなよ、マイキー。」

それから、かずくんが照れて暴れ出したんだっけ。あれくらいの時のかずくんが一番楽しそうだった。
彼が明確に悪の道に進んでしまったのは、それから数ヶ月後のことだった。彼は人を殺めて少年院に入ったと、母親経由で聞いた。あの時、私はまだ呑気にかずくんの心配をしていて、彼が少年院から出てきたら出来るだけ今まで通りに振る舞おうなんて考えていた。

彼が少年院に入ってから2年。私は中学でクラスのいじめに巻き込まれていた。そのせいか、前よりも性格が塞ぎ込むようになってしまい、髪型は顔が見えないように前髪をザンバラに伸ばしていたし、顔はストレスでニキビだらけだった。服装も目立つといじめられてしまうので、出来るだけスカートも伸ばして目立たないように生きていた。

そして、その年の10月29日。私たちの仲に亀裂が入った日になった。学校が終わり、当時の唯一の楽しみであった漫画を買った帰りに事件は起きた。
自宅に着くまでに通らなくてはいけない道に、数人不良がたむろしているのが見えた。私は極力目立たないように顔を伏せながら歩く。しかし、不良のうちの一人が、此方に歩いてきて、私をわざと突き飛ばしたのだ。慌てて地に手を着いた私は、鞄を落としてしまった。すると、不良は私のカバンを奪って中身をひっくり返した。カバンからは先ほど買った漫画がバラバラと落ちる。私はすくむ足を奮い立たせて慌てて落ちたものを拾った。怖い人たちは私を見下ろしてクスクス笑う。
「お前オタク?キメェ。」
不良が私の手を踏んで言った。私は恐怖に何も言えず俯く。

「何してんの?お前ら。」
その時、凛とした声が響いた。聞き覚えのある声に顔を上げると良く見知った顔と目があった。
「か、かずくん」
かずくんは目を見開いたあと、眉を顰めて私を見た。まるで道端に落ちてるゴミを見るみたいな目だった。
「ん?コイツ一虎さんの知り合いっすか?」
「あ?こんなブス、知り合いでも何でもねえよ。」
そういうとかずくんは踵を返して私に背を向けた。不良たちは、かずくんの言葉を聞くと、私の頭を掴んで地面に叩きつけた。
「おい、金出せよ。」
「か、かずくん。助けて!」
私は咄嗟に彼に助けを求めた。
しかし、かずくんは振り返ることなく遠ざかっていく。
「おいおい、可哀想だな。ブスは大人しく金出して地面に頭ついとけばいいんだよ。生きててごめんなさいってな。ほら、言ってみな。」
「や、やめてください。」
「じゃあ言えよ。コラァ!」
「うっうっ、い、生きてて、ごめんなさい。」

なんで私がこんな目に。ボロボロと涙が頬を伝う。幼馴染には知らない人だと切り捨てられて、学校ではいじめられて、今は知らない不良に髪を掴まれて地面に叩きつけられている。

「何してんだよ、お前ら。しょうもねえことしてんじゃねえぞ。」

私の髪を掴んでいた男は、誰かに殴られたのか、私の隣に宙を描き転がり込んだ。声のした方を見上げるとバジくんが居た。周りの不良たちと同じジャケットを着ているのを見る限り、一緒のグループに所属しているみたいだ。

「お前ナマエだろ。大丈夫か?」
「……はい。ありがとうございます。」

私はバジくんの言葉に答えるとカバンを抱え込むように掴んで走って逃げた。後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、立ち止まることなんか出来なかった。あまりにも自分が惨めで、こんな姿を見られたくなかった。

それから、私は保健室に通いながらも何とか地獄の中学時代を卒業した。高校は誰も知らない土地に出て、今までの自分を変えるかのように髪を変えて化粧をするようになった。
大人は見た目じゃなくて心が大事だなんて言うけれど、そんなの嘘だ。そう思うのは、見た目を変えたら高校では驚くくらいに周りに受けいられて貰えるようになったから。一方、クラスで目立たない子は空気みたいに扱われていた。それを担任の先生も何も言わない。

人生ってくだらないものだな。
そんな風に腐っていた私を変えたのは、若狭さんだった。
彼は職場にお客様として足を運んでくれる人の一人だった。他の同僚がイケメンだと色めき立っていたけれど、私は冷たくて自信に溢れた彼が少し苦手だと感じていた。

「お前、そんな風に生きててつまんなくねえの。」
「はい?」
「顔につまんねえってかいてある。」
「あなたに私の何が分かるんですか?」
「何にも知らねえけど。お前が他力本願に生きてるのは分かる。」

私は返す言葉がなかった。彼の言う通り、私は今の職場で適当に仕事をして、それなりに年収の良い人と結婚をして、それなりに暮らせばいいなんて考えていた。その為に自分の身なりを綺麗にして、好きでもない料理教室に通って、好きでもない服や髪型をしていた。

まるで、若狭さんは、そんな私を見抜くような事を言ったのだ。
私は彼の不躾な言葉に、なんだか急に吹っ切れて自分が好きなこと、好きなもの、好きな服をきて、幼馴染が大好きだったロングヘアをバッサリと切った。今まで、なあなあに生きていたのが馬鹿みたいに、周りの目を気にせず生きることができるようになった。そんな私が若狭さんを好きになるのは必然だった。

数年の時を経て、幸せなことに、若狭さんと私はお付き合いから婚約をする事が決まった。今夜は二人の結婚指輪をお店まで取りに行くことになっていた。仕事が終わり、若狭さんと待ち合わせのコーヒーショップまで早足に歩く。
もう少しで待ち合わせ場所だ。はやる足を伸ばしていた時、腕を不意に掴まれた。驚いて振り返ると、私は目を見開いた。昔よく見た顔がそこにあったから。
「ナマエ、だよな?」
「一虎」
そうか。彼はもう少年院から出所していたんだ。最後に見た時よりも、彼の顔はずっと優しい表情になっていた。この数年でいい出会いが彼を変えたのかもしれない。

「なんかお前、雰囲気が変わったな。最近、どうしてるんだ?良かったら、俺お前に話したいことがあるから連絡先教えてくれよ。」
まるで何事も無かったかのように、当然と話す一虎に背筋がゾッとした。私はずっとあの日に囚われて苦しんでいたというのに。

「冗談でしょ?私は話すことなんて無いよ。」
「あ、ごめん。俺、お前に謝りたくて。謝って許してもらえるなんて思ってないけど、ただ、本当に聞いて欲しいだけで。」
「何で私が一虎の謝罪の言葉を受け止めなきゃいけないの?貴方の自己嫌悪に私が巻き込まれて、私はどういう気持ちでいればいいの?本当に申し訳ないと思うなら、私を放っておいてよ。私はもう一虎が居なくても生きていけるの。」
「ナマエ」
「離して。前に言ってたじゃない。私みたいなブス、知り合いでも何でもないんでしょ?」
私の言葉に一虎が目を見開いてショックを受けたような顔をする。嗚呼、まるでわたしが悪者みたいだ。私は鼻で笑って、彼の手を思い切り振り払う。私は振り返ることなく、彼に背を向けて歩きはじめた。

人の垣根から若狭さんが私の元にやってくるのが見えた。私は平静を装おって彼の正面に立つ。
「さっき喋ってたやつ、ナマエの知り合いか?まだこっち見てる。」
若狭さんは私の後ろの景色を忌々しげに睨んでいた。私は彼の腕を掴んで先を急かすように歩き出す。
「うんん、全く知らない人だよ。人違いみたい。」
「そうか。ならいいけど。」

若狭さんの手がするりと私の腕を伝って私の手を握った。指が綺麗に絡まって、指から伝わる温度が胸の嫌な高鳴りを鎮めてくれた。

20211017
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