窓際の後ろから3番目の席。
ここから見える桃の花が一等好きだった。





中学2年の春。私はグループに入ることに失敗して孤立していた。理由はシンプルだ。
仲間外れにされていた子を正義感で守ったら、今度は私が仲間外れにされるという、お涙頂戴のベタな展開だ。もし私が恋愛漫画の中ヒロインであれば格好良い男の子が私を助けてくれるんだろうけど、残念ながら現実はただのいじめられっ子で、放課後も一人で机に齧り付いて窓の外ばかり見ていた。幸い隣の席のガリ勉くんも友達が居ないボッチだったので仲間がいるように思えて幾分か心が救われた。隣の彼は私の弱虫な心を知る由もないだろうけど。この際、思い切って話しかけて友達になろうかとも思ったが、これ以上目立つことはしないでおこうと独りぼっちを極めている。

「今日も仲良くボッチなんだね、あのふたり。」

くすくすと私達を嘲笑う声が聞こえる。私は一生懸命窓の外へ夢中になっているフリを決め込んだ。
暫くすれば、悪口を言っていた子達は飽きたのかクラスを出て帰って行った。私はホッとしてチラリと隣を見る。そしたら瓶底メガネと視線がバッチリと合った。意外にも彼は鋭い眼光を厚いガラスレンズの下に持っていて驚いたけれど、悪意は感じられなかったので微笑みかける事にした。何てったって私達はボッチ同盟だからね。

「何で笑ってられんの?ムカつかねえの。」

ガリ勉くんは意外にも乱暴な口調で話しかけてきた。見た目と口調にギャップがあり少し狼狽したが、彼の言葉の乱暴さから私の事を気遣う気持ちが伺えて嬉しくなった。

「平気。君もいるから。」

ガリ勉くんはふーんと言うと面白くなさそうに国語辞典をペラペラとめくっていた。今どき辞書を持ち歩いてる人なんて久しぶりに見たなぁ。

「お前、嫌な奴には見えねえ。いじめられてる理由がわかんねえワ。」
「あはは、そんな事を言ってくれる君も嫌な奴じゃないよ。このクラスって見る目ない人ばっかだね。」

私が戯(おど)けていうと、彼がおかしそうに笑った。彼の吊り目が綺麗な弧を描いて可愛いなと思った。警戒心を解いてしまう彼の笑顔に、私は自分の思ってる事をもう少し話してみたいなって思った。だって、ずっとボッチしてたから人に飢えてんだもん。

「私ね、このクラスに入って直ぐにハブられてた子を庇ったんだ。そしたら、次の日には私がいじめられっ子になってた。まさか自分の庇った子にまで見放されるなんて思わなかったよね。」

ガリ勉くんは肯定も否定もせず、私の話を静かに聞いてくれた。

「私ダサイよね。格好付けたくせに一人になるなんてさ。」
「お前は後悔してんの?」
「え?」
「後悔してんのかよ。助けたこと。」

彼は何を考えているのか読めない表情をしていた。何だか、まるで罪を告白してるみたい。放課後のクラスルームは不思議な雰囲気を纏っていた。
助けた事を後悔してるかって?そりゃあ少しはする。だって、あの後、私は見事に助けた彼女から裏切られて、外れものになってしまったのだ。だからってガキみたいに陰気な奴らと無理して連るみたいかと言われると、一ミリも思わない。クダラナイ連中に染まりたくないし、屈したくもない。

「正直分からない。でも、きっとまた同じ事をする。」

私の言葉を聞くと、彼はまたもや可愛い笑顔をみせてくれた。瓶底メガネで顔をよく見てなかったけど、彼って実は格好良い顔立ちなのかもしれない。なんて、私は夢の見過ぎだろうか。

「カッケーじゃん。」
「ありがとう。」

彼の言葉が照れ臭くて私は窓へ視線を外した。

「ねえ、君、名前なんて言うんだっけ」
「ん、場地」
「そっか。場地くんが褒めてくれたお礼に特別に良い事を教えてあげる。」
「あん?何だよ」
「この席から見える桃の花がね。どの席から見るよりも、一等綺麗なんだよ。」

彼は暫く間を開けると「確かに綺麗だな」と呟いた。私は顔を戻して彼に視線を向けた。
またまた彼と視線がかっちりとぶつかった。何度見ても彼のシチサン眼鏡と乱暴な口調が絶妙なアンバランスで私は吹き出して笑ってしまった。

「何笑ってんだよ」
「だって場地くん桃の花の方を全然見てないんだもん。適当に相槌打ったでしょ。」
「は、うるせー」

彼は乱暴な言葉を吐き出しながら、頭をクシャとかいていた。顔は隠れているけど、制服から覗く首と耳が少し赤くなっていて、やっぱり可愛い人だなと思った。

そんな出会いを経て、私達のボッチ同盟は特別に変化をする事もなく、それぞれにボッチを謳歌する学校生活を送っていた。たまに、どちらともなくクラスルームに残って話をしたり、私が勉強を教えたりしたが、お互いに踏み込むような事は言わなかった。今になって思えば、彼への気持ちにもっと早く気づいて、素直に気持ちを伝えていれば良かった。でも、あの時の私は恋なんて知らなかった。ただお互いに孤独を癒している関係だと、そう思っていた。

そんな日々を過ごしていくうちに、彼を目で追ってしまう事が増えた。別のクラスの松野くんと仲が良いらしく一緒に居るところをたまに見かける。松野くんは、情弱なボッチの私が知っているほど学校で有名な不良だ。場地くんの見た目はシチサンの瓶底メガネなのに、不良で有名な松野くんが隣にいるのはアンバランスに感じた。
今日も何となく下校している場地くんをクラスルームの窓から見つめていると、突然彼が顔を見上げて視線がぶつかった。私が見ている事に気づいたのか、彼が私に手を振ってくれる。私は嬉しくなって全力で手を振りかえした。隣の松野くんも私に気づいて、控えめにお辞儀をしていた。アンバランスだと思っていた二人だけど、妙にしっくりくるとその時は感じた。

そして転機というものは突然現れるものだ。
夏休みも超えて、肌寒い日が続くようになった頃、クラスメートの一人が私の席に寄ってきた。何か嫌味でも言われるのかと視線を上げると、その子は神妙な面持ちで私を見ていた。

「あの!私と一緒にご飯食べない?」

私は目を白黒させて彼女を見た。そう言えば彼女は遠巻きに私を悲しそうな目で見ていた事があったかも。別に私自身は彼女の事は何とも思っていなかったけど、彼女は相当な勇気を持って私に話しかけてきてくれたと思う。だって彼女の手が震えていたから。

「でも、私と一緒にいたらクラスから浮くよ。」
「そんなのどうでもいいよ。ナマエさんと一緒にいる方が楽しそうだもん。」

彼女は真っ直ぐな目で私を見ていた。困ったなと思い視線を外すと、場地くんと目があった。彼はニヤリと笑うと「良かったな」と口パクした。彼のその態度で私のつっかえていた心の靄は消えた。

「うん、一緒に食べよう。」

彼女は嬉しそうに微笑むと私の前の席に腰を下ろして弁当を広げた。ここ暫く誰かと食べることなんて無かったから変な感じだ。今まではずっとボッチでご飯を食べていたから。あ、でも場地くんは隣で一緒にボッチライフを送ってくれていた。だから、自然と寂しくはなかった。
その日から私は彼女とランチを共にする事が多くなった。場地くんは場地くんで千冬くんとランチをとっていたようなので、彼を見かける事も減ってしまった。もしかしたら、彼は私に気遣って一緒にボッチ飯をしてくれたのかもしれない。いや、それは自意識過剰かな。

そんな私が彼を異性として意識する事は必然だったと思う。毎日、どういう風に彼に気持ちを伝えようかと考えていた。しかし、10月辺りから彼が体調不良で休む事が多くなった。もともと留年していたみたいだし、身体が弱くて出席日数が足りていなかったのかもしれない。
私はそんな風に軽く考えていた。ボッチで無くなった事に浮かれていて、気が細部まで向いていなかったのかもしれない。

「昨日、場地圭介くんが亡くなりました。葬儀は親族で慎ましやかに行うそうですので、皆もこの場で冥福を……」

先生の声が途中から入ってこなかった。私は茫然と隣の席を見つめる。そこはどこか寂しそうで花のない花瓶みたいだった。何度隣をむいても、もう二度と彼の視線とかち合うことはない。
涙は出てこなかった。あまりにも唐突な事で現実のように思えなかった。その日から毎日、色が、味が、匂いが、何も感じなくなってしまった。心に整理をつける事ができなかったのだと思う。

数日後、先生にお願いをして場地くんのお墓の場所を聞いた。この目で見るまでは場地くんの死を現実だと思えなかったからだ。
いくつかの花を腕に抱えて、彼の元へ向かう。先生から聞いた墓跡近くまで足を進めると、同じ歳くらいの少年と背の高い少年が墓の前に立っていた。少年達も私の存在に気づいたのか、小柄な方の少年が無表情で私を見つめた。その瞳は何を考えているか全く読めなくて、見た目は正反対なのに、どこか場地くんに似ていると思った。少年の金髪が太陽に反射してキラキラと光を纏っていた。

「誰だ、お前。」

誰だ、か。
確かに、私は一体全体彼にとって何だったのだろうか。友達かな。そう呼ぶには私達は余りにも軽薄な関係だったようにも思える。

「誰だろう、ね」

もっと、もっと側にいたかった。彼に好きだと伝えたかった。どうして私はもっと早くに自分の気持ちに気づけなかったのだろう。
後悔の念に耐えられず瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。止めようと思っても、表面張力が切れたコップの水のように止めどなく溢れ出しては地面を濡らしていった。初めて会った人達の前で、どうしてこんなにも泣いているんだろう。

「俺、アイツの幼馴染なんだ。」

小柄な少年が言った。それは、まるで叱られた幼子をあやすかのように優しい声色だった。

「だから分かるよ。アンタは場地の好きそうな奴だって。」

彼はそう言うと、背の高い少年を引き連れて私の横を通り過ぎていく。まるで私は許しを得た罪人ように心が軽くなっていくのを感じた。

「あの、」

思った以上に掠れた声が出た。聞こえないだろうと思ったけど、振り返ると彼らは足を止めて私を見ていた。

「ありがとう。」
「俺は何もしてないよ。思った事を言っただけ。それよりも、場地暇してるだろうから沢山話してあげて。」

私は場地くんに向き合うと、花を生けて線香を焚いた。目をつぶると彼が笑っている顔が浮かんだ。
貴方の笑顔が好きだった。貴方のことを思い出せば思い出すほど、貴方が好きになる。私達は一人だったけど、二人だった。ずっとずっと側にいてくれたんだね。居なくなって気づくなんて本当に馬鹿だよね。


初 恋


窓際の後ろから3番目の席。そこから梅の花を見るのが一等好きだった。彼と一緒にあの花を見ることはもう叶わない。だけど、私は来年も同じ席で梅の花を眺めるだろう。

初恋は叶わないと良く言ったものだが、それは恋だと気付かないままに終わってしまう事が多いからではないだろうか。
せめてもの救いに弔いをしよう。この恋に。

20210708
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