「テメェ、何ジロジロ見てんだクソガキィ。オエッ」

ピンクや水色の蛍光ネオンが煩わしい。街行く人は心底引いた目で、植え込みの木に四つん這いになる私を見ている。そんな中、周りの視線を諸共せず、綺麗な顔した男が私をじっと見ていた。ムカついたから罵倒したら去っていくかと思ったのに、益々男は観察するかのように私を覗き込む。ぶん殴ってやろうかと思ったけど、胃から込み上げてくる嗚咽感に私は情けなく植え込みの木に俯いた。

「お姉さん苦しそうだね。手伝ってあげるよ」
「は?アンタ何言ってアガッ」

男が私の喉に指を突っ込んでくる。私は真っ青になって彼を見た。まさかコイツ、辞めろ。そう願って彼を睨んだが、男はどう捉えたのかニッコリと笑うと躊躇する事なく手を奥へ突っ込んだ。今度こそ私は情けなく胃の中のものを全部吐き出した。頭がクラクラして視界が点滅する。意識がままならないまま男を睨むと依然として彼は笑顔を浮かべていた。コイツ、マジで頭イカれてんじゃあないのか。

「マシになったみたいだね」
「アンタ、殺されたいの?」
「あはは、さっきから口悪いね」

何がおかしいのか男は笑い声をあげる。ドMのクソ野郎か、頭のネジが外れたキチガイに違いない。私は警戒して彼をみた。

「ほっといてよ、他人でしょ」
「いや、何かお姉さん見てたら猫が毛玉吐けなくてえづいているとこと重なってさ」
「意味わかんねぇし」
「お姉さん、何でそんなに荒れてんの?」
「今私は人生のドン底にいんのよ」
「へー、暇だから聞いてあげるよ。その話」
「誰も聞いて欲しいって言ってないし」
「いいから、ほら、捕まりなよ」

男が立ち上がって私に手を差し出す。男の手を振り払いたい衝動に狩られたが、どうせ全部捨ててこの世から居なくなってやろうと思ってたし、この手を掴んでもいいか。最後の夜くらい、頭はイカれているが、顔だけは良い男と一晩過ごすのも悪くないかもしれない。
私は深く考える事は辞めて、彼の手を掴んだ。腕が細いのに意外と力は強いらしく、私の体は力を入れずに上へ引っ張り上げられた。

暫く歩くと公園のベンチに男は腰を下ろした。すっかりラブホテルにでも連れてかれると思ったので、拍子抜けをする。いや、もしかしたら外でやるつもりなのかも知れない。先程のようにイカれた野郎の考えることなんて正気じゃあないのだから。

「それで?何があったの」
「へ」
「嫌なことあったんでしょ。気が変わらないうちに聞いてあげるよ」
「はぁ、」

私は気の抜けたように息を吐いて、もうどうにでもなれと今まであった事を全て話し始めた。両親が借金を作っておきながら私を置いて夜逃げした事、孤児院でも虐められて孤独だった事、やっと就職できたと思った矢先に仕事先が倒産寸前で露頭に迷いそうな事、極め付けが婚約者に結婚破棄を言い渡されて300万を投げつけられた事。最後の別れに、男は金が有れば何も言えないだろと鼻で笑いやがった。

「本当にあり得ないのよ、あの男!私を振った理由が君には親がいないから、僕の人生が傷つくって言ったのよ!!コロス!!」
「それは災難だな。でも良かったじゃん。そんな男と結婚しなくてさ」
「そうなんだけどさ、信じてた人に裏切られるってさ、苦しいじゃん」

私はアラレもなく鼻水を垂らして泣き始めた。必死に袖で拭うも次から次に涙と鼻水が止めどなくでてくる。

「私の人生裏切られてばっかだよ!くぞおおお」
「うわあ、鼻水でてんじゃん。引くわ」
「アンダもっど優じぐじでぐれても良ぐない?」
「あー、ごめん。かわいそう。本当に。よしよし」
「クソ野郎が」

男がおかしそうに笑った。この最低野郎に話しをした私が馬鹿だった。馬鹿にしたくて私の話を聞いたに違いない。鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔で男を睨みあげた。

「汚ねえ顔でこっちみんな」
「しね」
「それで、お前どうすんの?」

男が私を試すように聞いてくる。

「あの男を殺して、私も死ぬ」
「はー、辞めろ辞めろ。そんなつまんねーこと」
「アンタに何がわかんのよ」
「わかる訳ねえけど、どうせ死ぬつもりなら俺がもっと有意義な事を教えてやるよ」
「は?」
「明日一日だけ俺に命預けてみろよ」

男が得意げな顔で言う。あまりに自信満々に彼が言うので、私は騙されたフリして信じてやってもいいかと思った。もう人生なんて落ちるとこまで落ちた。これ以上落ちたとしても何とも思わない。

「明日8時に駅前集合な」
「は、明日?」
「うん、絶対来いよ」

男はそう告げると私を置いてさっさと帰っていった。こんな深夜に星空の元、テメェが連れてきた女を公園に置いてったよ。本当にアイツは何者なんだ。



次の日、駅に私は来ていた。昨日の事が衝撃的すぎて、夢でも見ていたんじゃないかと思ったが男は確かに私の目の前に現れた。

「おう、きたか。こっち」

男についていくと、たどり着いた場所はファンシーな店だった。ふわふわな犬や猫が何匹もいる。私はショーケースに張り付くようにして犬を見た。どうやらここはペットショップらしい。

「かわいい」
「な、かわいいだろ。ソイツ」
「うん。コイツなんていうの?」
「マルチーズだよ。まだ産まれて間もないんだ」
「ふーん、小さいうちから親元を引き離されちゃったんだね」
「ああ、それでもコイツらは馬鹿だから育ててくれる奴を親と思うんだよ」
「そーなんだ。何か可哀想だね」
「だろ?人なんかよりよっぽど動物の方が純情だぜ」
「そっか。なんか守ってあげたくなるね。自分より弱い存在って」
「……お前さ、ここで働けば?どうせ今の仕事リストラされたんだろ」
「え」

私は男の顔を穴が開くほど見つめた。表情を見る限り冗談ではなく本気で言っているようだ。

「一虎くん。どっか行ったと思ったら何女連れてきてんの。まだ開店前だけど」

イカれ男の発言に呆けていると、店の奥からツーブロックのお兄さんがでてきて、イカれ男を嗜めた。一虎と呼ばれていたが、随分と彼に似合った名前だ。

「コイツ、なんか野良猫みたいで気の毒な女でさ。可哀想だから連れてきた」
「おい、誰が野良猫だ、クソ野郎」
「すげぇ口は悪いの」

ツーブロックくんは訝しげに私たちを見ている。それもそうだ、開店前に店に関係ない奴連れて来たから誰だって訝しげに思う。

「千冬、コイツここで雇おうよ。人手足りないって言ってたでしょ。多分根性あるよ」
「「は!?」」

ツーブロックくんと私の声が重なる。どうやら、先程の彼の発言は本気だったらしい。

「何急に言ってんだよ。無理に決まってんだろ。アンタも仕事あるんじゃないの?」
「いいえ。先日、会社が倒産してリストラされました」
「そ、そうなんだ」

ツーブロックくんが気の毒そうに私を見た。どうやら情に弱いタイプらしい。なんか同情された顔されると余計に悲しくなってきた。でも、コレが正常な反応だよな。やっぱり、目の前の前髪金髪は頭おかしいと思う。

「千冬ぅ、いいじゃんよ。女がいた方が客も増えるかもよ?」
「いや、そーゆー問題じゃなくて。この人だって色々事情があんだろ」

イカれ男とツーブロックくんが言い合いを始める。どうやら人手は欲しいようではあるが、いきなり素性の知らない人を雇うのは憚れるようだ。まあ、当然である。
私は目の前のマルチーズに目を向けた。犬は私たちの事情も知らず呑気に寝ている。寝ているだけだけど、何だか先程の親と引き離された話を聞いてから「コイツも必死に生きてんだな」とぼんやりと思った。
私は決心をしてツーブロっくんに向き直った。

「私、もし本当にやり直せるなら、人生もう一回頑張りたいです」
「おっ覚悟決めたか!女ァ!」
「いや、だから急に」「あの、私、ペット飼育員の経験は有りませんが根性と諦めの悪さは人以上にあると思います。ここで働かせて下さい!」

ツーブロッくんに地面につきそうな程一生懸命に頭を下げる。

「はぁ、そこまで言われたら断れねえじゃん」
「じゃあ」
「良いけど、一応明日に履歴書を持って来れる?」
「はい!分かりました。有難うございます」
「お姉さん、名前は何て言うんだ?」
「あ、俺も知らなかった」
「は?推薦したんだから一虎くんは知ってろよ」
「ミョウジナマエです。この御恩は一生忘れません!」
「おい、俺と態度違すぎねぇ」
「アンタは五月蝿いから黙ってなよ」
「は、俺のお陰なのに」
「はいはい、ありがとね」
「うぜー」

千冬さんがため息をついて私達を見た。

「アンタら先に言っときますけど、店内で痴話喧嘩とか恋愛持ち込むのやめてくださいね」
「あはは、このゲロ女と?ナイナイ」
「私もこのクソドM男が恋人とか絶対ないんで、安心してください」
「そう。じゃあナマエさんは明日からよろしくね」
「はい!」
「よろしくな、ナマエ」
「うっせー呼び捨てにすんな、バカズトラァ」
「態度違いすぎだろ、うざ」
「やっぱり、私がこの人と恋愛とかないですよ。千冬さん、心から安心してください」
「こっちから願い下げだわ」

これが盛大なフラグになるとは、この時誰も予想もしていなかった。ここまでが一虎と私のロマンもイロケもない出会いだ。

20210621
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