お酒は強いほうじゃない。
それでも”飲みニケーション”なんて言葉さえあるこの国では飲み会への誘いは重要だ。特に売り出し時の新人歌手にとっては、コネクションを作ることは番組出演を得るチャンスでもあるのだ。だから、こうして好きでもない飲み会に参加して、目上の人へ酌をして、愛想よく会話を盛り上げる。今回の飲み会は特に当たりだった。音楽番組のプロデューサーをしている方が来ていて再来週の出演を掛け合ってくれると言っていた。こうして私の健気な努力も報われていくと思うと嬉しい。

「あぁ、痛い」

ズキズキする頭を抑えて事務所のソファに腰を下ろした。身体は正直なものだ。昨日飲んだアルコールのせいで、少し歩くだけで頭痛がする。幸い今日の仕事は、マネージャーと明日の打ち合わせだけだ。帰ったら、さっさと帰って寝よう。

「あっれー?ナマエちゃん?」

後ろから聞こえた声に余計に頭が痛くなった気がした。嗚呼、カミサマ。幾ら何でも昨日嫌いな酒をあれだけ頑張って飲んだ私に、これ以上面倒臭いことを寄越してくれるなんて。
私をうんざりさせる張本人はにやにや笑いながら私の隣に腰を下ろした。

「何偉そうにソファの真ん中陣取ってんの?最近売れてきたからって調子乗ってる?」

クソロン毛もいたのか。つくづくついてない。頼むから、どっか立ち去ってくれませんかねえ。
私の願いもむなしく、もう片方の人物も二人で私を挟むように腰を下ろした。世間的にスリムな彼らでも、大の大人が3人もソファに座れば、それはそれは狭いことこの上ない。何でコイツらワザワザ私の横に座った?周りに他のソファあんだろうが。どこまでも私に嫌がらせするのが好きらしい。頭が痛いせいで何時もより乱暴な思考になる。

「何でワザワザここ座るんですか?」

「知らないの?ここのソファはRe:valeの特等席なんだよ?」

いけしゃあしゃあとユキさんが嘘を言った。あんたらが2人揃って窓際のソファに座るのを、私はこの前見たっての。ジロリとユキさんを睨む。全くもって涼しい顔で私を見ている。顔がイケメンで余計に腹が立った。理不尽な腹のたち方だと自覚しているが仕方ない。

「へえ。そりゃ初耳ですね。知ってたら座らなかったのに。今度から張り紙でもしといてくれます?2度と座りませんから」

「おいおい、冷たいなー。同じ事務所の先輩なんだから、もっと優しくしようよ」

今度はモモさんがウザ絡みして来た。馴れ馴れしく肩まで組んでくる。何だよコイツ。イケメンだからって何でも許されると思ってるのかよ。何だよコイツ。大事なことなので2度思った。モモさんの手を退かそうと掴むものの、めっちゃ強い力で掴まれて動かない。何なの……本当もう面倒臭い。てか、めっちゃ強いめっちゃ強い。モモさんの指食い込んでるわ。今度はモモさんを睨むと楽しそうに笑っていた。うわーマジ引くわー。そういう加虐趣味みたいなのあんのかよ、この人。

「優しい先輩だったら私も優しくしたんですけどね」

私の発言にモモさんが顔を引きつらせた。隣のユキさんは何が可笑しいのか吹き出してる。

「本当、君って生意気だよね。よくそんなんで飲み会とか頑張ってでてるね?」

ユキさんが未だ笑いを堪えながら聞いて来た。私は内心で、そりゃあんたよりはコミュニケーション能力ありますからと思った。私は同じ事務所だからこそ、この人が根っからのインドアでクソほど人見知りなのを知っている。それに比べれば、私は幾らか愛想よくすることを知っているし、場の盛り上げ方も学んで来た。コネクションを増やして売れようなんて邪道なんてわかってる。それでも、どんな方法を使っても私は夢を叶えたいのだ。

「自分の歌えるチャンスが増えるなら嫌なことだってやります」

私の返答にユキさんが少し驚いたように目を見開いた。何を驚くことがあるか、当たり前のことだ。私は特別容姿が整っているわけでもないし、財力もない。だから努力するのは当然なんだ。

「偉いぞ、ナマエ。ももちゃんが褒めてつかわそう」

モモさんが肩を組んでない方の手で頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。

「頭に響くんでやめてください」

「辛辣だな」

ユキさんがツッコミをいれる。

「大体、モモさんもそうでしょ?私はそれを見習っているだけですから」

「え?嬉しい。ちゃんと俺のこと分かってくれてるんだね」

今度は全力で抱きついてきた。頬にモモさんの髪が当たってくすぐったい上に頭がグラグラ揺れて気持ち悪くなった。

「ちょ、本当やめてください」

「そうだよ、モモ。いくら事務所とはいえ年頃の男女が公然の場で抱きつくのはちょっと誤解を生む」

何か言い方が嫌なんですけど。年頃の男女とかジジくさいよユキさん。

「それに僕ってものがありながら」

「あ!違うんだユキ!これは誤解なんだ」

やべえ。面倒臭え。私を挟んで夫婦漫才コントが始まった。その間もモモさんがぎゅうぎゅう私の頭を胸板に押し付けてくる。筋肉質で痛い。

「あの、用がないなら行って良いですか?」

その声にハッとしたようにモモさんが我に帰る。

「そうそう。今日知り合いのプロデューサー何人かと食事会があるからナマエもどうかと思ったんだけど、その様子だとキツそうだから、また今度誘うよ」

わざわざモモさんが誘ってくれたって事は相当有名な方が来るって事だ。この人は面倒臭いし認めたくはないけど、良い人なのでチャンスがある場所に良く呼んでくれる。それなら私がする事は、ただ一つだけだ。

「行きます」

「何言ってるの。君既に二日酔いなんでしょ。なのに飲むってドMなの?」

「そうだよ。顔色も良くないし無理する事ないよ」

モモさんが私の頭を優しく撫でた。私はその腕を両手で握って、モモさんの顔を見上げた。

「モモさんが呼んでくれるってことは、相当有名な方が来るんでしょ。そんなチャンスを与えてくれるのに無下にしたくないんです!」

モモさんがウッとした顔で私を見ている。ユキさんのため息が後ろから聞こえる。これはもう一息だ。

「それに何かあってもモモさんが側にいるから助けてくれるって信じてますもん。そうでしょ?」

手に込める力を強くする。モモさんの唸り声が苦悶の表情から漏れていた。

「モモさん、お願い」

モモさんが遂に折れて「分かったよ」と呟いた。

「ちょっとモモ、幾ら何でも甘いんじゃないの?そもそも自己管理出来ないこの子が悪いし」

ユキさんの辛辣な言葉が後ろから聞こえた。折角説得したのに酷いことをする。確かに図星なんだけど腹が立つ。私はユキさんを睨んだ。

「僕には猿芝居効かないから」

ぴしゃりとユキさんが言う。私だって元から彼にはそんなの通用するはずないと分かってるし、彼にだけはしたくもない。したとこで女慣れしてる彼は冷めた目で見下ろして来るのが分かっているからだ。

「ユキさんには分からないんです。私は1人だから、それだけ必死に努力しないとダメなんです!そうじゃないと誰にも私の歌が届かなくなる」

私の言葉にユキさんは顔を歪めた。

「……分かったよ。だけど俺も行くよ」

「ありがとうございます!」



それから、仕事後、2人に連れられて個室の飲み屋に行った。そこには大物のプロデューサーや監督や芸能人が多くいた。すごい。毎回ゴールデンの企画を組んでいるような監督もいる。私はモモさんの隣に腰を下ろした。ユキさんはモモさんの隣に座って最近有名になってきたアイドルの人と話していた。たしか、アイドリッシュセブンだったかな?の一人だ。ユキさんとドラマにも出ていたはず。

「やあ、君はナマエちゃんだよね?」

私の隣に座っているおじさんが話しかけてきた。確か、この人は深夜の特番を監督をしている人だ。何だか良い噂は効かない人だが、一見、物腰柔らかく良い人のように思える。まあ、噂が絶えない芸能界だから噂を鵜呑みにするのも良くないと言うことか。

「はい。山口監督ですよね?初めまして。私の事を知っていただけて光栄です。ドラマ、毎回楽しく見ています」

「へえ。僕の監督してる番組ちゃんと分かってるんだ。嬉しいね」

そこから会話は弾んで沢山お話しした。しかし、厄介なことに山口監督はよく飲む人で、もう一杯もう一杯と沢山お酒を勧められる。モモさんは他のプロデューサーに連れていかれて何処かに行ってしまった。このままじゃまずいと私は一度席を立った。

「ちょっとトイレに」

おかしいな。何時もよりクラクラする。私は頭を抑えて廊下を進んだ。そこで誰かに腕を掴まれる。山口監督だ。その顔はいやらしくニヤリと笑っていて嫌な予感がする。

「大丈夫かい?そうだ何処かで休憩する?」

あー、噂ってのもあながち間違いじゃないんだな。と私は場違いにも呑気に考えていた。掴まれた手は強くて私の酔って弱った力じゃ振りほどけそうにもない。

「いいえ。トイレで少し休めば大丈夫ですので」

「なんだよ。いいじゃん。どうせ夜な夜なマクラしてんでしょ?俺じゃ付き合ってくれないっての?」

監督の顔が近づいてきて、むわっと酒の息が私に降りかかる。気持ち悪い。ペロリと舌が私の唇を舐めた。私は生理的に涙がでた。嫌だ、こんなの泣いたら負けだ。でも、上手く突きとばせない。その時、急に監督がぐらりと倒れてきた。私は咄嗟に目を瞑る。しかし、何も起こることはなく、私の隣でドサリと何かが倒れる音がした。そっと目を開けるとモモさんが怖い顔で腕を振り下ろそうとしていた。え!?もしかして監督を。

「こらモモ!」

ユキさんがどこともなく現れてモモさんを羽交い締めにする。その後ろには「あちゃー」と言いたそうな、先程ユキさんと話していたアイドルが見えた。モモさんはユキさんの言葉が聞こえてないみたいに、フーッと息荒く怒っている。というか、大変だ。私のせいでモモさんが、監督を殴ってしまった。

「モモさん、ごめんなさい!」

私は涙を拭ってモモさんに深く頭を下げた。

「な、何でナマエちゃんが謝るの」

ゆっくり顔を上げると面食らったような顔をしてるユキさんと悲しそうに顔を歪めてるモモさんの顔が映った。涙を堪えて私は言葉を続けた。

「だってこれは私が起こした問題なのに、そのせいで監督を殴らせちゃいました。私、モモさんが一生懸命皆んなを笑顔にさせようとしていた事を知っています。なのに、それを台無しにしました。本当にすみません」

「ナマエ……」

ユキさんが顔を歪ませて私の名前を呼ぶ。ユキさんはきっと怒ってるに違いない。ちゃんと、私が行くとモモさんに迷惑をかけることを分かっていて止めていたのに。
その時、間が悪く他のプロデューサーがやってきた。

「あれ!?どうしたの山口くん」

私が正直に話そうとすると新人アイドルくんが遮るように声をあげた。

「何か酔いつぶれちゃったそうで、モモさんとユキさんのどっちが監督を運ぶかで揉めてたんですよ」

「あはは、何それ。そりゃイケメンに運ばれて山口くんも嬉しいだろうね」

どうやら機転を利かせてくれたらしい。それにしても演技が上手い。私が彼へ視線を向けると眼鏡をくいっとあげてウインクしてきた。それがまたイケメンで、ちょっとゾワっとした。

「それにしても、この人も若い女の子見つけるとすぐに飲ませて大変なんだよ。君もよく頑張ってたね。根性あるよ。どう?今度うちで番組出てみない?」

予想外の言葉に私はただただ驚いた。私でも知っている。このプロデューサーの番組はゴールデンタイムの音楽番組だ。これは今までにないくらい大チャンスだ。

「おっお願いします!精一杯やらせていただきます!」

「はは、いいね。じゃあ楽しみにしてるよ。」

監督はそう言ってトイレへ向かった。私は嬉しさのあまりモモさんとユキさんに抱きついた。

「わああ、ついに。わだじ、ゴールデンダイムでうだえまずうわああ」

私の喜びに二人は吹き出して笑い始めた。

「おいおい、それくらいにして、そのおっさん運びましょうよ」

新人アイドル君が呆れたように言った。正直、名前も知らないけど、彼のおかげで助かった。私は彼の手を握ってお礼を言う。

「ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました。紹介遅れましたが、私はナマエと言います。ユキさんとモモさんとは事務所の先輩後輩なんです」

「いいって俺もおっさんが変な薬入れてんの気づいてて止めれなかったし」

「は?!」

私とモモさんの声が重なる。通りで何時もより酔いがひどいと思った。と言うか気づいてて止めないとか鬼畜かよ。私は掴んでる手をギリギリと力を込めた。

「ちゃんと撮ったからゆすりには使えるな」

「極悪最低冷酷無血眼鏡」

「落ち着いて。異変に気付いて僕らに教えてくれたの彼だから」

私は舌打ちして彼の手を振り払った。その勢いでふらっとして体制を崩した。そこをモモさんが後ろから抱きとめてくれた。優しいモモさんの香りがして、私は安堵した。

「モモ、もうフラフラだからナマエ返してきて。俺が後は適当に言っとくから」

ユキさんがサラッとそんな事を言う。私は急いで断ろうと口を開いた。でもその口をモモさんが手で優しく塞いだ。

「……うん。そうしようかな。ありがとう、ユキ」

私はモガモガと喋ろうとする。しかし、抵抗も虚しく聞こえていない。ユキさんが呆れたように私を見て私の目線まで腰を低くした。

「言っとくけどね。俺は最初からこのつもりで来たんだから。この借りは今度倍にして返してもらうよ?」

そう言ってユキさんが私のおでこにデコピンした。唸り声が私の口から出る。この男、容赦ない。

その後、モモさんに引きずられるようにタクシーに乗り込んだ。まだフラフラな私を心配して玄関まで肩を貸してくれている。

「あの、モモさん、ごめんなさい」

「いいっていいって、かわいい後輩のためなら俺もひと肌脱ぐのが当たり前でしょ。鍵はだせる?」

「はい」

私は鍵を出してドアを開けた。そのままモモさんが私を玄関先に座らせて、ミュールを脱がしてくれた。不意にモモさんが顔を上げる。ジッと見ていたせいか、思っていたよりも近くでバチリと視線が交わった。私は気恥ずかしくなって目をそらした。

「お、お茶でものんでいきますか?」

「えーと、いいの?」

「珈琲でよければ」

「それじゃあ、いただこうかな」

モモさんも靴を脱いでそっと私を抱き起す。

「もっモモさん?」

そのままモモさんの腕が私を抱きしめたまま離さない。優しい香りがする。
モモさんの体が離れて顔が近づいてきた。鼻がくっつきそうなほど近い距離。モモさんの手が私の頬をなぞった。どきどきと心臓が早鐘を打つ。モモさんの目は私の唇をジッと見つめていた。

「ごめん。何だか、ナマエが不用心すぎて堪え切れなくなっちゃった。簡単に俺のこと家にあげちゃうんだもん」

「だって、それは、」

「これがユキでもあげてた?」

モモさんの綺麗な瞳が私に向いた。情けない顔の私が瞳に映っている。
私は答えられなかった。

「もっと男には気をつけないとダメだよ。あんな奴にナマエの唇奪われるなんて、殺してやりたかったよ」

モモさんが私の唇を指でそっとなぞる。顔が熱くなるのが自分でわかった。心臓がどくどくと煩い。

「そんな顔されたら、俺本当に我慢できないよ。ねえ、キスしてもいい?」

「そんなこと、」

答える前にモモさんの唇が重なった。モモさんの何時もより真剣な瞳にドキドキする。頭がぼうっとするのは酒のせいかな。視界が緩む。

「かわいいよ、ナマエ。俺、ナマエ見てると何にも考えられなくなるんだ。馬鹿みたいでしょ」

もう一度、唇が重なる。唇の形を確かめるように。

「口、開けて」

ゆっくりと口を開ける。舌がゆっくりと入ってきて私の舌と絡まった。子宮辺りがキュッとする。私は必死にモモさんのシャツを掴んだ。口の端時からいやらしく唾液が漏れた。それさえも、ペロリとモモさんが舐めて離れた。荒い息づかいが部屋に響く。

「モモさん」

「好きだよ、ナマエ。先輩なんて関係じゃ我慢できなくなるくらい」

モモさんが優しく私の髪を指ですいていく。
私はモモさんの熱い瞳から目が逸らさなかった。

「こんなことされたら。私だって、後輩じゃいられなくなりますよ」

優しい笑い声が耳に届いて、モモさんが私を優しく抱きしめた。

おねがいのつづき

title by へそ
20170627
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