※死ネタ

「私を美しいと言った人は貴方で3人目だわ」

ゆらゆらと沈んでいく夕陽をバックに彼女はそういった。逆光の所為で彼女が、どんな表情をしているのか分からなかった。もしかしたら、彼女は泣いていたのかもしれない。声が微かに震えていたからだ。



彼女はアルビノだった。肌や髪、まつげの先まで色を忘れたように真っ白な色。それから瞳は血が滲んだように赤い。その稀な見た目を隠すためか、彼女は何時も帽子を目深に被りゴーグルのようになサングラスで顔を隠していた。初めて、その姿を見た時は実に滑稽に写った。華奢な身体つきから辛うじて女という性別が分かるだけだった。

「おい、お前」

「はい、何でしょうか リヴァイ兵士長」

「その間抜けな恰好は何の真似だ?室内でくらい脱げ。煩わしくて堪らん。」

「それは……兵士長命令でしょうか」

「グズな質問をするな。俺は常識を指摘したまでだ。」

「申し訳ございません。」

そう言うと彼女は帽子とゴーグルを外して真っ直ぐに俺を見た。初めて、アルビノの人間を見た俺は驚いて見惚れてしまった。否、アルビノどうこうとは関係なく、彼女は人形のように整った顔つきをしていた。鼻はスッと通っていて、顔は小さい、はっきりした二重に、白いまつ毛がツンと上へ伸びている。ただ、肌は恐ろしいほど白く、頬も全く血の気が感じられない。髪もサラサラと美しいが、色を塗り忘れたかのように白い。

「お前、アルビノか」

うわさ話には聞いたことがあった。この世には色素が薄く、驚くほど肌も髪も白い人間がいると。こうして目の前にしてみると実に奇妙なものだった。

「はい」

「だから隠していたのか」

「…はい」

「すまない。不快にさせるつもりは無かった。」

「慣れています。」

彼女ははっきりとそういった。無遠慮な物言いは逆に清々しく思わせる。

「初めて会った。」

「そうでしょうね。多くのアルビノは大人を迎える前に死にます。」

「ほう、何故だ?」

「その珍しさから売られるからです。肉を食えば、長生きできるという馬鹿馬鹿しい噂まであります。だから、多くのアルビノは人攫いか、体の一部を売るために襲われるのです。」

「お前も辛い思いをしたのか?」

「そうですね。一般的に見ると、そうなのかもしれません。まあ、ただ、捕食される敵が他の人間よりも多いというだけだと考えています。」

「随分と楽観的だな。」

「そうでないと生きていけませんから。」

「そうか。」

それから彼女は半年後に俺の進言で俺の班に入ることになった。何時もは帽子とゴーグルを装着しているが、俺の前になると気をつけているのか外していた。それには少し優越感もあったかもしれない。

「リヴァイ兵士長、手合いのご指導頂けませんか。」

数週間に一度、彼女は俺と手合わせを申し込んできた。大して力が強い訳でも、技術がある訳でもないので捻り潰すのは何時も簡単だった。

その日もいつも通り簡単に投げ飛ばした。何度も彼女は立ち上がり、また立ち向かってくる。それの繰り返しだった。数時間後、彼女は満足したように礼を言った。いつものように俺はアドバイスをする。ただ彼女は前よりも動きが鈍いように感じた。その上、何時もより疲れているようにも見える。

「何かあったのか?」

「え?」

「何かあるんなら言え。何時もより辛気くせえツラしてんだろ。」

「はあ、リヴァイ兵士長って変な所で敏感ですよね。」

「まだ投げられ足りねえのか?」

「すみません。冗談です。」

「クソ野郎が。」

「……私が捨てられた日なんです。今日は。」

「そうか……」

「別に恨んでいるわけではないんです。私のせいで母もつらいめにあっていたし、死なれるよりましです。ですが、時々思うんです。もし、私が、こんな見た目で生まれなければ母と私は幸せになれたのではないかと。」

「そんなこと考えても仕方ねえだろ。お前はアルビノとして生まれてきたし、母親は別のとこで生きてんだ」

「ハハッ厳しいですね 兵士長は。だから話しやすいのですが。」

「俺は口が悪いだけだ。」

「自覚してたんですね。」

「削ぐぞ。」

「すみませんでした。」

可笑しそうに彼女が笑っている。彼女はいつ見ても浮世離れした美しさだが、破顔して笑う時だけは年相応に見えた。

「お前は自分自身の見た目を恨んでいるようだが、俺は悪くないと思っている」

「え?」

彼女が目を見開いて俺を見た。夕陽にさらされた彼女の瞳が燃えるように輝いている。こんなに綺麗なモンを見て食いたいと思う奴がいるなんて、どうかしているな。

「初めて見た時から、お前の姿は美しいと思っていた。とって食おうとは思わなかったがな。」

彼女が何時ものように笑って 「何言ってるんですか」と、そう言うと思っていた。しかし、彼女はゆっくりと立ち上がって俺に背を向けた。

「変な人ですね……」

「は?」

「私の見た目は一般的に気持ち悪いって言うんですよ。」

「世間一般が何だ。綺麗だと思ったもんは綺麗なんだよ。」

「ふふっ」

彼女がゆっくり振り返る。彼女の顔が逆光で見えない。

「貴方で3人目だわ 私の母とエルヴィン団長とリヴァイ兵士長。」

「……」

「ありがとう。ありがとうございます、リヴァイ兵士長。」


それから彼女が死んだのは一ヶ月後のことだった。死因は肺炎。視力は紫外線のせいで殆ど見えなくなっていたそうだ。
俺は知らなかったし、少しも知らされていなかった。恐らく彼女はわざと俺には言わなかったのかもしれない。同情を酷く嫌うやつだったから、俺までもが態度を変わってしまうことを恐れたんだろう。馬鹿なやつだ。知っていても、俺は手加減なんてしなかった。変わらず何度でも彼女の手合いを受けただろう。

「リヴァイ……」

「何だ、エルヴィン」

「俺は彼女を この道に引きずり込んでしまった。もし彼女が こちら側へ来てなかったら、もっと長生きができていたのだろうか。」

「……さぁな。ただ兵団にいてもいなくても、あいつの人生は常に死と隣り合わせだった。そして、この道に進むことを決めたのは手前じゃなくあいつだった。それだけは言える。」

「そうだな。しかし、この道に進むという選択を教えたのは俺だ。あいつは俺のことを恨んでいるかもな。」

エルヴィンが彼女の墓標の前に白いユリを手向けた。俺はあいつの白い顔を思い出していた。

「お前は何もわかっちゃいないな。」

あいつがエルヴィンの名を出すとき、恨んでいるようには見えなかった。とても大事そうに その名を呼んでいた。俺は、そんな奴がとてもエルヴィンを恨んでいるとは思えなかった。

「お前は分かるというのか、リヴァイ。あいつが私達のことを少しも疎ましく思わずに死んだかどうかを」

俺は何も言えなかった。
彼女が俺の前で帽子とゴーグルを外すことをしなければ、もっと視力を保つことができたのだろうか?俺が彼女を自分の班に迎え入れることをしなければ、もっと長く生きていたのか?彼女が俺に出会うことが無ければ、もっと人生は変わっていたのか?
分かるか。そんなもん。どれだけ考えても分かるはずねえ。
喉の奥が、鉤爪で引っ掻かれたように 痛い。いつもそうだ。誰かの命が消えるとき、体の中にいる何かが俺の喉を掻き切る。俺はこの痛みに既に慣れていたはずだった。感情の殺し方も心得ていた。なのにどうだ、手先が震えてやがる。

「……そんなこと、考えても仕方ねえだろ。」

俺は心を隠すように腕を組んだ。体の中では未だ何かが蠢いている。
この感情に名前をつけるようなことを、俺はしない。

20170510
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