白い雪が指先をかすめていく。とうに私の身体は凍えを通り越していた。息を吐き出してみても白い息さえ見えない。なのに心の奥はいやにざわついていた。目の前に横たわっているモノは男なのか女なのかさえ見分けがつかなかった。足先で彼の頬骨辺りをけってみる。が、反応はなかった。
彼は死んだ。死んだのだ。私の唇は不自然につり上がった。
*
みっつのときに父から不思議なものをもらった。握りこぶしぐらいの大きさの透明なボールで華奢な模様が彫り込まれている。いまにも壊れてしまいそうなそれを私は両手でそっと包み込んだ。
「この玉に揺るぎない誓いをたてたとき、これはふたつとないくらい綺麗に輝くんだよ。でも、その誓いが破れたり揺らいでしまったら、その輝きは濁ってしまう。ナマエは何をこの玉に誓うんだ?」
私は、何を誓うのだろう。
揺るぎない意思。そんなものができるだろうか、見上げると父の笑顔はココアの湯気みたいに柔らかで、私の手のひらにある球体のように、私を優しく包み込んでくれているのだと分かった。
いつつのころには、父に綺麗なロンドンの街角へ連れて行ってもらったことがある。私は父に手を引かれながらめまぐるしく賑わう町に目をはしらせた。きょろきょろとよそ見ばかりしていて、足元がおぼつかない私を父は何度も注意していた。それでも、何度もつまづく私に父はとうとう苦笑した。
宝石のように綺麗な果実、歯をたてればみずみずしそうな野菜、目を奪われるようなデザインの洋服や花飾り。全てが素晴らしく子供ながらに感動した。
余りに初めてみたものにかこまれ感動してはしゃぎすぎたせいか、私は疲れて立ち止まった。ふとひと気のない通りに目を向けた。そこは緩やかな坂道になっていて、そこに続くオレンジの石畳は他に比べどこか綺麗に見えた。坂道のてっぺんに目を向けるとこれまでに見たことがないくらいに美しい男の子が立っていた。男の子も驚いたようにこちらを見ていて、ぶつかった視線に何故か胸が焼けるように熱くなった。彼はとても綺麗な瞳をしていた。私の脳裏にはすぐに父からもらったあの球体が浮かんだ。あの玉もあの瞳くらい美しく輝くのだろうか。驚くほど短く、それでいて長い数分がたったとき、男の子の薄い唇が開きかけた。私はその動きに目が釘付けになる。
「きみは…」
不意に後ろから肩を叩かれて、私は飛び上がるように後ろを見た。
「どこにいっていたんだ、探したろう」
父は肩で息をしていて言葉の通り、急にいなくなった私を心配して必死で探したのだろう。少し申し訳なく思った。ごめんなさい、そう謝ってから、そうっともう一度通りに目を向けた。しかし、そこにはどこまでも続く坂道があるだけだった。もしかしたら、さっきの男の子は私の幻覚だったのかもしれない。そう思うくらいにそこにはもう人気がなかった。
「何かあるのか?」
父も私と同じようにその通りに目を向けて、私をみた。私は少し考えたあと、首をふるふると横にふった。
「なんでもないよ」
*
「このたびは本当にお悔やみ申し上げます…」
「それにしても、問題はあの子ですよ。引き取り手がいないんですって」
「かわいそうに。でも、うちはそんな余裕ないしなぁ…」
色のないの景色、耳障りな雑音、晒されものにむけられた視線、やまない雨。
大人はいつもそう、勝手なことばかり。もううんざり。かわいそうだなんて誰が決めたの?私の幸せなんて他人に測れっこない。私の幸せは私が決めるの。だから、私はかわいそうなんかじゃない。おまえらなんかには分からない。手を貸してもらおうだなんて思わない。私は私の足で歩く。
「本当に突然の事故でお父様まで亡くされてしまわれて…」
違う。
「足場が悪くて滑り落ちたって聞いたわ…」
違う。違う。違う!
お父さんは事故死なんかじゃない。私は見た。あの日、帰り道、父の動きが不自然に止まるのを。何度呼びかけても父は何も聞こえないかのように微動だにしなかった。私は恐ろしくて恐ろしくて父の腕にしがみついた。しかし、其の手は怯える父の手によって弾かれる。周りは父の異様さに気づいたようで、ざわめきがおこる。そのあと、父は突然に発狂し、前のめりにホームの線路の中へ落ちていった。正面からは眩い光が近づいていた。全てはもう手遅れだった。一瞬の時がスローモーションに見えて、それが何百年のようにも感じた。
そう、父は殺された。だれかに操られたように。でも、誰も聞いてくれなかった。子供の戯言だと片付けた。戯言なんかじゃないのに。必ず、必ず復讐するわ、お父さん。
私の胸元から落ちた玉は皮肉にも世界一美しく黒い光で輝いていた。
*
「ナマエ、落ちたよ」
目の前にはひどく美しく光る玉が差し出されていた。その光は何かに似ているはずなのに、思い出そうとすると頭が痛くなって思い出せない。ずきずきと痛む頭を私は手で抑えた。
「ねえ?大丈夫?」
ふいに私の知人、トム・リドルの顔が目の前に飛び込んできた。私は驚いて後ずさりした。私の反応を見て、彼は困ったように笑う。全く嫌な男だ。彼はいつだって自分の美しさに気づいてないように振る舞う。私はそれを誰にも気づかれないように平生と行う彼がとても恐ろしかった。
「いつも言ってるでしょ、必要以上に近づくかないで」
「厳しいね、君は」
「そんなことないわ」
「そう?」
彼は何がおかしいのか楽しそうに笑った。その笑顔は無垢にもみえた。これが彼の本当の表情なのか、それともこれも演技なのか、私も偶に分からなくなる。彼は飛んだピエロだ。
私は彼の手から近いの玉を素早く抜き取った。
「よかったら、今度」「遠慮しておくわ」
「まだ何も言ってないじゃないか…」
「言わなくても分かるわ、あなたも暇ね。もっと愛嬌のいい子を食事に誘えばいいのに」
「君だから誘うのに」
彼が照れたように頬を染めて言う。でも私には分かる。これは彼の計算の顔。本当に胸くそ悪いやつ。一体、何が目的なのかしら。
「嘘が得意ね。私に言わせてもらえばあなたって不快よ」
トム・リドルの目がすっと細まり黒い瞳が一瞬ちかりと赤く瞬いた気がした。気味が悪いと同時にそれが彼の本質である、とそう感じた。
「……そんなつもりはなかったんだけど、君が嫌だったなら謝るよ」
「変に演技のかかった態度じゃなくて、ずっとそういう顔してればいいのに」
リドルはぴくりと眉を動かして、私の手首を自分の方へと引き寄せた。有無を言わせぬその瞳に私はぞくりとして、誓いの玉を手から落とす。誓いの玉は私の手からすり抜けると、床へかたい音を響かせて、そのままころころと何処かへ転がっていってしまった。
「離してよ」
「どういうこと?」
「何が」
「君はどうして僕のことを好きにならないの」
「今すぐ、その口閉じて私から離れないとふっ飛ばすわよ」
「おもしろいね」
「本気よ、早く離しなさい」
「やだね、やっとなんだ」
そう言った彼の瞳は赤かった。見間違えなんかじゃない。燃えるような色に私はさらに恐ろしくなって、背筋が震えるのがわかった。
「何を言ってるの」
「……ごめんね、気を悪くしたかな」
リドルはいつもの表情に戻って笑った。
こんなの、冗談じゃない。こんな奴のそばに居るのは恐ろしい。いつか私もこの赤に取り込まれてしまいそうだ。
「私に近づくな!」
私は彼の手を振り払って、その場を後にした。
*
あれからトム・リドルとは、めっきりしゃべらなくなった。彼が見えたら私は逃げたし、ひとりで行動することも極力避けた。幾度か彼と目が合うことはあったが、すぐにあの恐ろしい赤い瞳が思いだされて目をそらし続けた。
「あ、ノート忘れた」
授業の帰り、友人が思い出したように呟く。
「わたし、とってくるわ」
「え、じゃあ私も」
「いいから、いいから。すぐに追いかけるから先にいってて」
「うん…」
「そんなかなしそうな顔しないでよ、あとでね」
私はびくびくとして廊下を歩いた。もしあの角を曲って彼がいたら、私を待ち伏せていたら…。急に冷や汗が、ぶわっとでてきて気づけば私は廊下を走っていた。瞬間、前につんのめり倒れる。散らばる教科書を拾おうにも手が震えてうまくいかない。不意に後ろから腕が引かれた。
「やだ!」
「ちょっと、大丈夫か?」
それはクラスメートの男の子だった。胸をほっとなでおろして彼を見た。
「ひどい汗だな、ちょっと休もう」
「大丈夫よ」
「いいから。さ、ここに」
どっと疲れがでてきたせいか抵抗する力もなく連れられるままに風通しのよい廊下まで歩いた。
「大丈夫かい」
「えぇ…ごめんなさい」
「いいんだよ」
そう言うと急にその廊下に押し倒された。強く頭をうって動きが鈍くなる。その瞬間、男の子が馬乗りに私へかぶさる。私が叫ぶより早く、彼の杖がふられて私の声はでなくなった。廊下は風通しもいいが、人通りも極端に少なかった。男の子の瞳はギラギラとしていて私は恐ろしくなって必死に暴れた。
途端に目の前が真っ白に瞬いて、右頬に痛みがはしった。男の子が私に拳をふりあげたのだ。その男の子は私に何かを叫んでいるが、何を言ってるか分からないくらいに私は混乱していた。ごつごつして豆だらけの手の感触が、私のお腹の上をすべった。次に首すじにねとねとした気持ち悪い舌が這う。悔しさに涙がでた。
「ああぁああ、ぁぁああ!」
不意に男の子が奇声をあげて私の横に倒れた。一体全体、さっきから私の身に何が起こっているの?何も分からない。うまく呼吸ができない。くるしい。
「落ち着いて、ゆっくり呼吸するんだ」
誰かに背中をだきとめられた。優しい声が耳に届く。
「もう大丈夫だ」
誰かに指示されたとおりに、ゆっくり呼吸するよう心がける。背中をトントンとあやすように優しく叩かれる。昔を思い出した。よく父にもこうして背中を叩いてもらった。そばにある身体に私はすがりつく。
「大丈夫、もう大丈夫」
どれくらいたったか、そして私がどれほどがっかりとしたか。私を助けたのは今まで散々避けていたトム・リドルだった。目の前に立ったらもっと恐ろしくなると思ったのには実際の私はどうにもなっていなかった。
「ありがとう…」
身体にドスンと重みがきた。彼が私を抱きしめたのだ。あまり急なことに私は何も言えずにいた。なぜだかリドルは悲しんでいるように感じた。徐々に落ち着きを取り戻した私は、彼の名を呼んだ。トム・リドル、それは掠れた声だった。
「欲しい」
ポツリと呟かれた彼の声は昔の私に妙に似ていた。
そんな彼のたまに垣間見える本来の姿に、私は惹かれてしまっていて。年を重ねるごとに、その差は縮まっていった。
*
トム・リドルとは久しぶりの再開だった。
私は長い間アズカバンにいた。学び舎のホグワーツをでてから闇の帝王の傍に仕えていたのだ。
つい先日のこと、仲間のおかげで私はアズカバンから出ることができた。腕の印がチリチリと痛む。
トム・リドルは私を見ると、微笑んで私の首筋にキスをした。
「美しいままだな貴様は」
「ちょっと闇の呪文に手をつけたのよ」
トム・リドルは似つかわしくない笑い声を上げた。彼の言葉の通り、私の容姿は数十年前から老けた容姿になっていなかった。これはあくまで魔法で得たから様の姿だが、彼の前では美しいままの自分でいたかった。
彼の容貌は、あの頃から酷く変わっていたものの瞳の色は変わらなかった。あの日と同じ何かを渇望したギラギラした瞳。
「貴様はよく私の顔を見て叫び声をあげなかったな」
「あらそう?昔とたいして変わらないわよ」
私が言うと、彼はまた笑ってもう一度私の首筋にキスした。あつい気持ちが胸にせり上がってきていた。私はとうに彼を好いていてしまっていた。
「間もなく、私達は世界を手に入れることができる」
彼は蒸気した声色で私に言った。
彼の言葉の通り、私達の作戦はもう仕上げに入っていた。これを遂げればトム・リドルは完全な力を取り戻す。
そして、本日の私の任務は1人の男を殺すことだった。私にはなんの関連もないハリー・ポッター側につく男。慈悲はない。私に関連がない人間だからこそ、慈悲も罪悪感も生まれないのかもしれない。何時ものように見ず知らずの男へ杖を振れば、緑の光が瞬いて、男は静かに目を閉じた。
あっさりと任務が終わり、帰路についていると、恐らく十にも満たない男の子が道端でうずくまっているのがみえた。わたしは男の子のそばへ座り覗き込んだ。
「どうしたの?」
足をくじいたの、その男の子は泣きながら言った。私は気まぐれに背に男の子を乗せて、家まで送り届けることにした。コツコツとレンガの道路が音をならす。ロンドンの町だというのに寂しい雰囲気だった。ひと気がない通りだ。
「その先、右に曲がるの」
「ええ」
私は言われた通りを路地を右に曲がったとき、自分の目を疑った。ここは、この街は、昔に父と訪れた場所───今の今まで気づかなかったなんて、まあ、無理もないが。
見覚えのある坂道を上がっていくと、古ぼけた四角い建物が見えた。
「あれが、僕の家だよ!」
男の子がぴんと指を指して言った。そう、と私は短く答えて建物の中へ足を進めた。古びたドアを押して入ると老婆が銃を握って立っていた。私は背中にしょっている男の子をちらりと見せる。老婆は男の子の顔を見ると、慌てて銃を下ろし、私をうやうやしく中へ案内した。
「驚かせてしまい、すみません」
「いいえ。こちらこそ、この子の命の恩人へ銃を向けてしまうなんて。非礼をお許しください」
「こんな時代ですので仕方ありません」
中に入ってから気づいたが、此処は孤児院のようだった。たくさんの子供が遊んでいる。女性は私を大きなテーブルの前に座らすと横に座ってふたつマグカップを置いた。中にはココアが入っていた。私は父を思い出して、コメカミを抑えた。頭がいたい。
「ごめんなさいね。大したおもてなしもできなくて」
「いえ、気にしないで」
「それにしても、ひとりでこの街へ?」
「ええ、まあ、ちょっと」
男の子が車のおもちゃで遊んでいるのを見て、あの日のことを思い出した。もしや、あの日に坂道の通りで出会った少年も孤児院だったのだろうか。
「あの……ここに写真とかありますか?」
「はい?」
「あ、いや、実は……父親が此処にお世話になっていたらしくて」
私の口からはスルスルと嘘の言葉が出ていた。自分でも、なぜそんな嘘をついたのか分からなかった。分からなかったが、そうしなければならないと何故かそう感じたのだ。
女性は、ああ、そういうことね、と声をあげて。奥の棚から名簿をだした。
「悪いけど、写真はないわ。名簿なら。普段なら見せられないけど、ここもいずれなくなるだろうしねぇ」
私は苦笑いをしてそれを受け取った。あの年のページをめくる。そして私はある名前を見つけて顔を歪めた。トム・リドル。彼の名だ。私はそこを指でなぞった。
「この少年が父親だったの?道理で貴方も綺麗な顔立ちのはずだわ。私も彼を知ってる頃は小さかったけど───あら?どうしたの?」
「帰ります」
マグカップが音をたててこぼれた。あらあら、と女性が声をあげたのが耳に入った気がした。頭の奥が痺れていて何も聞こえなかった。
*
「よく帰ったな、ナマエ」
トム・リドルはそう言うと私の手の甲をつかんで口元に近づけた。私は咄嗟に手をひく。トム・リドルは驚いた様子もなく、よめない顔でこちらを眺めていた。
「どうしたのだ?」
相変わらずの口調だ。私はそれに寒気がした。いつから私は彼の雰囲気に飲まれてしまっていたのだろうか。
「答えて。貴方は、父を知ってるの?」
「随分とした物いいだな、ナマエ」
「私の名を呼ぶな!質問に答えろ!」
彼の喉に杖を突きつける。彼はくっくっくと喉を鳴らした。
「それを聞いてどうするのだ」
「インペーリ」
全て言う前に私の体は吹っ飛んでいた。壁に叩きつけられズルズルと倒れこむ。私の目の前にはセブルス・スネイプが杖を構えて、ごきげんよう、ミス・ミョウジと言い、私を見下ろしていた。
「よくやった、セブルス」
「我が君、ホグワーツに攻め込むまで、あともう少しです。そろそろご準備を」
「分かった。下がれセブルス」
「クソ野郎どもが」
そう言った次の瞬間、目の前が真っ白になっていて右頬から頭にかけて痛みが広がった。口の中は血の味がする。トム・リドルが私の顔面を蹴ったのだ。彼が私の喉元に手をかけて持ち上げる。
「お前が察しの通り、私は幼い頃にお前とお前の父にあったことがある。そして、私がお前の父を殺したのだ。まさか、お前があの時殺した男の娘だったとは思わなかったがな」
「何故、父を殺した」
「理由などない。たまたまそこにいたからだ」
「何だと」
「私には使えるモノがほしかったのだ。憎しみに歪んだお前が私のもとに落ちるのは容易かった」
「消えちまえ!」
「悪いが、消えるのはお前だ。もうお前に価値はない。アバダケダブラ」
緑の光が私を包んだ。彼の手から赤く光る誓いの玉が落ちたのが見えた。そう、あの玉は私の父を殺した犯人の目と同じ瞳の色をしていたのだ。あの日、私はホームで少年を見た。彼の赤い瞳を。彼の赤い瞳と目があった瞬間、私は気を失って。目を覚ましたら父が死んでいた。どうして長い間、忘れていたのだろう。こんなにも強く父を殺した人間を憎んでいたのに。
*
暗闇の中で目が覚めた。よく目を凝らすとぼんやりと光が見えた。手探りでそれに触れると見覚えがあった。誓い玉だ。まだソレは燃えるように赤く輝いている。私はフードを深くかぶり部屋をでた。私はついている!奴ははしくじった!
「待ちなさい」
側で懐かしい声がした。ふと声の方を見ると古ぼけた額にアルバス・ダンブルドアがいた。目を見張って額の中を覗き込むと、彼は私に微笑んでみせた。
「何故ここにいる」
「君に、真実を伝えにきたんじゃ」
「真実?そんなものいらない老いぼれめ」
私が去ろうとしたのに、尚もアルバス・ダンブルドアは言葉を続けた。
「君は嫌かも知れぬが、よく考えてみておくれ。何故トム・リドルが君の父を狙ったのかをの。」
「そんなの、知るわけない!」
「ならば代わりに答えよう。始めに言うておくが、ワシがこれから話すことは、彼を擁護するわでない。真実なんじゃ」
気づけば私はその話に耳を傾けていた。
「儂は幼い日の彼の記憶に触れることがあった。彼は幾つもある記憶の中で君と出会ったときのことを、強く覚えていた。怯える同い年の子の中で君だけはちゃんと彼を見つめていた。そして、彼は君に目を奪われていた。彼が何よりもほしかったのは、部下ではない、君だったんじゃ。彼は考えた末、君の父が死ねば、君も児童擁護施設にくると思ったんじゃろう。君も知っての通りトム・リドルの執着心は普通より強いからの。」
「信じるはずない、そんなの」
「じゃあ、何故君は生きている」
私は口をつぐんだ。
「彼の心に迷いが生じたからじゃ。彼は君を確かに愛していた。」
アルバス・ダンブルドアはまっすぐに私を見ていた。
「何故私にそれを伝えたの」
「それが君への罰だからじゃ」
アルバス・ダンブルドアはそれだけ告げると消えていた。
世界一美しい輝きを放っていたはずの誓いの玉は、もうすでに白く濁ってしまっていて、憎い仇ももうこの世にはいなくなってしまった。
201309
タイトル・バイ・へそ