暗殺に心は要らない

それが父から初めて教わったことであり、常に口を酸っぱくして言われることであった。というのも、私の家は代々続いてる暗殺一家なのだ。私もいずれは、この家の当主になる。

何故女が老舗暗殺家業の当主に選ばれたのか。理由は、私の血筋には代々男が生まれないからである。
遡ること数百年前。彼女の曽祖父が、ある依頼を受けた。陰陽師とその家族の暗殺だったそうな。なんでも曽祖父は歴代でも腕の立つ人だったので、どの依頼も難なくこなすことができたという。同じく、その依頼も容易くこなすことができた。
問題はその後だった。曽祖父の息子の長男はその依頼を終えた数刻後に狼に喉を噛み切られて亡くなってるのが見つかった。次の日同時刻には次男坊が盗賊に喉を引き裂かれ亡くなった。そして、三男坊は何かの崇りだと恐れて一人小屋に篭もった。だが、明け方様子を見に来た女中に自害して亡くなっているのを見つけられた。死因は喉に突き立てた小刀だ。そこの家の一番下だった娘は打ち震えた。次は自分の番であろうことは誰から見ても明白であった。しかし、長女は次の日もその次の日も殺されることはなかった。ただ、その事件を忘れた頃になると、必ず夢の中に顔面蒼白の男が出てきては、ひたすらに追いかけてくるのだという。貴様を呪う貴様を呪うと

「とんだ薄気味悪い話だな」

「だろう」

「まさか、あの女がその末裔(まつえい)だってのか」

「そうだよ」

「へえ、気味悪いね」

「だからそうさって」

「にしても、何でその女が忍たまにいるんだろう」

「さあな、聞いてみたらどうだ」

「よせよ、あんな化け物と話したら呪われちまうよ」

「ははは」

四人目の子にしても、生まれたのはまた女だった。父上はそれに辟易(へきえき)しておられた。母上も身体を弱くして、もうとても子を産める体力は残っていなかった。毎晩謝って泣きつく母上に父上は参っておられた。仕方なしに私を当主に育て上げることに決めた。父上は「私がこの呪いを断ってみせる」と口癖のようにおっしゃっては、私を鍛え上げてくださった。忍術学園に入学したのもそのため。忍びの勉強は暗殺行にも使える。ただ、父上は女に辟易されなさっていたのと、くのたまに余計なことを影響されないように私を忍たまへ入学させるよう学園長様に頼み込んだのだ。学園長様は私がそれで良いならと言われた。私の選択はひとつだけだ、父上の思いのままに。

そして、忍術を学ぶ傍ら暗殺の依頼をこなす為、夜中に忍術学園を抜けでることもある。家に来た依頼を父上が私に文で忍術学園に回すのだ。父上からは休みは学園に残って勉学励むようにと言われているので、その時だけが唯一の父上に会える日であった。任務を上手くこなすと必ず「良くやった」と肩を叩いてくださった。私はそれが嬉しかった。

今日は任務の日だった。武士の男とその子供を暗殺するようにと頼まれた。難なくこなす事ができた。しかし、任務を終えて気が抜けたときにうっかりからくりの仕掛けを踏んでしまったようで右足の脛に矢が刺さった。幸い毒を塗られていなかったものの出血の量が多い。ひとまずは止血をして隠すことにした。

「父上、済みました」

「おい、お前、この私を騙せると思ってか」

「騙すなど、何のことでございましょうか」

「その足は何だ」

「!、これは、油断していた隙に。しかし、任務は終えました」

「そんなのは当たり前だ!」

父上が私の右足を蹴った。私は叫び声も上がらず倒れこんだ。父上は怒られている。私が怪我を黙って過ごそうとしたことに。

「何だ転げて情けない。私はお前を弱い女に育てた覚えはない」

「申し訳ありません」

「もういい、早く学園へ戻れ」

「はい」

急いで学園へ戻った。足は痛むがそんなことどうでも良かった。父上に愛想をつかされてしまったかもしれない。小松田さんがいないことを確認して学園に入った。そうすると安心からか、どっと疲れがててきて草むらに倒れこんだ。さっきのことを思い出すと視界が潤んだ。駄目だ、泣くなんて女がすること。痛みの感覚がだんだん蘇ってきた。

「くそ」

右足を忌々しく見つめた。この足のせいで。

「誰か要るのかい」

「!」

私は息を殺して気配を消した。

「おかしいな。気配が消えた」

しまった。逆効果だった。こんなつまらないミスするなんて、父上に叱られるのも無理ないな。私は誰かが気づかずに通り過ぎることを祈った。と、その時大きな音がして目の前の木から男が落ちてきた。よく見ると自分と同じ装束の色、六年だ。

「いたた、ついてないな」

男は頭を掻いてつぶやいた、それから私を見てぎょっとしていた。無理も無い。着替える暇も無かったので返り血だらけの装束のままのうえ、私自身血だらけだ。

「君、早く手当てを」

「いい」

「何がいいんだい、早く手当てしないと」

男が私の手をつかんで立たせようとする。思いっきり腕を引いたものの、その男は強情だった。軽々と私を抱えあげて背に乗せた。そこで、彼との力の差を見せ付けられたようで、何だかもう脱力した。私は所詮女なのか。それじゃあ、何のために努力してきたのだ?

男は部屋に私を降ろして、それから驚いていた。それもそうだろう、自分が助けたのは散々噂になっている呪われた女だったのだから。

「ごめん!そんなに嫌だったなんて、ほら、僕の手ぬぐいだけど、よかったら使って」

「何を、手ぬぐいなど」

私は手に当たる温かいものを感じた。それは涙だった。まさか、自分が泣いているなんて。情けない。男の手から手ぬぐいを奪って何度も涙を拭くのに止まらない。

「手当てしてもいいかい」

「いいよ、もう、好きにすれば」

私の言葉を聞くと男はほっとしたように手当てを始めた。驚くほど手際が良く、吉野先生と同じくらいか、それ以上だ。

「2週間は安静にしてないと」

「そうか」

「今日はここで寝る?同室の人は帰ってこないし、僕も隣へ行くよ」

「いい」

「そう、じゃあ送ってく」

「頼む」

少しやけになっていたのかもしれない。何せ人前で泣くのは初めてだった。黙って男の背中に乗った。廊下にでると美しい満月がでていた。月明かりがひどく眩しい。雲が晴れたようだ。私たちは黙って廊下を進んだ。男は私の部屋の前でぴたりと止まった。どうやら、私の素性を知らないわけではないようだ。

「悪いが布団を敷いてくれ」

「え、ああ、分かった」

男は躊躇しつつも部屋に入り布団を敷いてくれた。丁寧にも私を布団の上へ運んでくれた。そして、男が立ち上がろうとしたとき、男の胸倉をつかんでひっぱった。男は私に覆いかぶさるように倒れこんだ。男は困惑の表情をしていて、浅い息遣いが聞こえる。

「何故何も聞かない。恩でも売ったつもりか」

「違うよ、そんなつもりない」

私の言葉を聞いて男は慌てたように言う。

「じゃあ、何だ。まさか私のことを知らないわけではないだろう」

「知ってるさ。だから聞かなかった」

鼻で笑うしかなかった。こいつはつくづく馬鹿にしているに違いない。己と私を比べでもしているのだろうか。こんな哀れな人生歩んでなくてよかったと。

「同情でもしたか?」

「違う、僕は」

「何が違う?」

私が睨むと男は言葉を失ったように黙った。それから目を伏せる。

「そうだね、違わない。でもそれだけじゃないよ」

嘲笑して男を離した。男は私の隣へ座りなおすと服装を正して私を見た。その顔は泣きそうな顔をしていた。情けない男。お前は男だというのだから、何を泣くことがあるか。

「何だ?」

「君を泣かせたくなかったから」

私は言葉を失った。それから、むしゃくしゃした気持ちになった。男に背を向けて出て行けと怒鳴った。男はすんなりとそれを受け入れて扉をしめた。彼の足音が通り過ぎるのを聞いてから、息を殺して泣いた。なんとも情けない話だが、産まれて初めて人の優しさに触れた気がした。

それから、何度か男と顔を合わせることはあったが言葉を交わすことはなかった。

あれから九十日が経って、やっと父上からの文がきた。今夜落ち合うとのこと。私は嬉しくなって夕飯を食べるのも忘れて仕度を整えた。こういう時、一人部屋でよかったと思う。
ついに日は落ちて私は部屋の扉を開けて辺りを見た。静かな夜。満月は雲に隠れている。学園の門のそばに行くとあの男が立っているのが見えた。私は慌てて方向転換する。

「ちょっと待って」

私は動きを止めた。気づいていたのか。

「今日はあの時と似た空だから、もしかしたら君に会えるかなと思っていんだ」

「ストーカーめ」

男は苦笑いした。
本当はそんなことちっとも思っていなかった。別に悪い気はしなかったし、むしろ彼の顔を見ると何故か落ち着いた。

「そうだ、手ぬぐいを返す」

彼に立ち手ぬぐいをつきだした。彼はそれを見た後、考えたような顔をした。

「今は受け取らない。無事に帰ってきて返してよ。また泣くかもしれないしね」

「貴様」

「ごめんごめん、それは冗談だよ。ただ約束がほしくてね」

「ふん、心配しなくても私は帰ってくる」

私はそれだけ言うと学園を出た。思っていたよりもすんなりと言葉が出た。何だ割りと平気じゃないか。これならわざわざ避けることも無かったのかもしれない。
今度は私から話しかけてみようか。昼に話しかけたら奴は驚いた顔をするかもしれない。彼の驚く顔を想像して一人苦笑した。そうだ、ついでに次に会ったときは名前を聞こう。それがいい。

そうこう考えているうちに目的地に着いた。そこにはもう父上がいた。

「遅い」

「申し訳ありません」

「まあ良い。今回のターゲットはあれだ」

目を向けると、一人岩に腰掛けた無愛想そうな男だった。私はすぐに返事して心を殺した。父上のためだ。それにしても愚か者め。あんな人気の無いところに一人で座って。殺してくださいといってるようなものだ。様子を伺っていると男は月を眺めながら呪文のように何か呟いているようだった。

私は静かに彼の背後の岩陰に隠れる。

「はやくあいてえなあ」

男がひたすらに繰り返しているのはその言葉だった。その声があまりにも優しい声で、彼のことを思い出してしまった。
うっかり苦無を取り落とす。苦無は岩にあたりチンと音をたてた。男は素早く飛びのいてこちらを見たまま抜刀した。仕方ない。私は男の懐に一気に飛び込んで、相手の手の甲を弾いた。刀は弧を描いて飛んでいく。

「や、やめろ!この人殺し」

人殺し?そうだ、私はこの手で何人も殺めている。理由なんてない。父上が褒めてくださるから。それが生きる意味だから。今更何を躊躇する?私は一気に苦無を振り下ろした。

「あああああ」

苦無は男の顔の横に突き刺さった。男の私を見る目が今まで殺してきた何人もの人間と重なる。耐えられなくなって走り出した。すると、父上が素早く私の前へ立ちはだかった。殺し損ねた男を抱えている。私は後ずさった。

「冗談だろ?早くしとめろ」

父上が私に苦無を投げてよこす。私は受け取って苦無を見つめた。何をしてるんだ、私は。今までやってきたじゃないか。簡単なことだ。そのために忍術学園へ進んで。じゃないと父上が。私は女のように弱くはない。組むを持つ手が震える。

その時、私のために泣いてくれた男の顔が浮かんだ。

「いやだ。もうやりたくない」

血飛沫が飛んだ。私じゃない。恐怖のまま死んでいった男の顔がこちらを見ている。

「じゃあ何のために生きてる?」



雲が月を覆っていた。僕は門を背に月が出るのを待っていた。不意にドンという音が背後からした。彼女が帰ってきたのかもしれない。直ぐに扉を開けた。
すると目の前に彼女が倒れこんできた。顔には殴られたのか鬱血したあとがいくつか見える。一番気になるには彼女の体が冬の夜の中にいるように震えていることだ。この症状は

「ナマエ何か毒でも受けたの?」

「約束したんだ。この苦しみに耐えたら、もう人は殺さなくて良いって」

「まさか、自分から?」

馬鹿な。これは大分強い毒を盛られているだろう。耐えたらだって?殺そうとしているとしか思えない。いそいで彼女を抱きかかえて走った。

「これは最後の試練なんだ」

「お願いだ、もう少し我慢して」

「父上は私を許したんだ」

父親がやったのか?なんてことだ。この殴った後もそうなのか。許せない。僕は部屋に飛び込んで敷いてあった布団に彼女を降ろした。

「ん〜、伊作か?どうした」

「留三郎」

「って、女!?何か今にも死にそうじゃねえか。どうしたんだ」

「事情は後で言うから、この桶に水を」

「あ、ああ!」

彼は何も聞かず飛び出して行った。留三郎が同室でよかった。他の誰かだったらこうはいかなかっただろう。僕は棚の薬を急いでだした。すると、彼女が唸った。僕は慌てて彼女の手を握る。何か言っているようだ。

「お前の顔が浮かんできて殺せなかった」

僕は溢れ出しす涙を止められなかった。怖かったろうに。苦しかったろうに。彼女の手をさらに強く握り締めた。

「今度は僕が最善を尽くすから」

虚ろな目で彼女がこちらを見る。

「おまえはわたしにもうつくしてくれたじゃないか」

「そんな、ぼく」

「おまえ名がききたかった」

「ぼくの?」

「ああ」

「伊作、善法寺伊作だよ」

「いさく……」

彼女の瞳が一瞬潤んで満月のように光った。

「なきむしね、伊作は」

ゆっくりと満月は雲に隠されていった。



まなこ



やっと、私の呪いが解けたよ
ありがとう伊作

20131219
タイトル・バイ・ヘソ
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