朝の日差しが酷く眩しかった。斜め前に座っている少年の頬にまつげの影が落ちている。日に当たった髪は金色に輝いて見えた。その少年を見つめていると、いつも胸の奥にじわじわと暖かくなる。私はこの気持ちに名前を付けてはいけない。
少年は緑の装束を美しく着こなしている。その装束からごつごつとした男らしい腕が伸びて、和紙の上へ滑らかに筆を走らせていた。紙に綴る一字一字の音が私には心地良く耳に届く。図書室には少し先に彼が座るだけで他の生徒は見当たらない。今だけは彼と私だけの時間が流れているように錯覚してしまいそうだ。全くもって甚だしい勘違いだけど、私はこの時間の中へ沈んでいきたいと静かに目を閉じた。
瞬間、紙へ綴る音がピタリと途絶えた。私は慌てて本に目を向ける。遠くからは朝練に励む下級生の忍たまたちの声が聞こえてくる。

「あの、そこの人」

心底驚いて、私は飛び上がった。そして、声のした方へ目を向ける。少年は苦笑いをして此方を見つめていた。正面から見ると、とても美しいと思った。 「 ごめん。少しおどろかせたかな。 」 声変わりを果たした声は確実に少年から青年に成る準備を整えていた。
なんでしょう、と掠れた声が埃っぽい空気を震わせる。ああ、もう少しだけ可愛らしい声がだせていたら。もう少しだけ愛想良く笑えていたら。私は頭の片隅で馬鹿らしいことをごちゃごちゃと考えていた。

「勉強は得意かな。どうしても、この問いが分からないんだ」

物腰が柔らかく、その口調からとても優しい人柄なんだと分かる。私の無愛想さとは雲泥の差だ。そんなことを考えていたら、どうにも泣いてしまいたい気持ちになった。それでも無愛想に「 多少は 」と述べている辺り、私は正真正銘の根暗と言っていいだろう。
少年は答えを教わるために私の向かいへ腰を下ろした。ひとつの机を挟んで私たちは向かい合う。何とも気恥ずかしかった。私は手元の問題へ必死に集中した。今度は私が静かな音楽を綴る番だった。少年のダークブラウンの瞳が私の貧相な手を見てると思うと恥ずかしくて、いつもよりも計算が早く進んだ。彼が向かいから感嘆の声を上げて頷いている。窓から刺す日差しが先程より柔らかくなった気がした。

「ありがとう」

少年の声が私の鼓膜を震わして、その声にほっと落ち着いた。私は今度はしっかりと彼へ微笑んで頷くことができた。

「君は進路が決まったかい」

「ええ、気が遠くなるほど遠くの城へお仕えしに行くの。でも、とても美しい景色のある場所だったわ」

「そう」

「うん」

沈黙がおとずれる。言いたいことはたくさん浮かぶのに、どれも言葉にならずに蒸発して消えていく。私は巻物の空白へ視線を落とした。まるで私と少年を表しているようだ。私たちは真っ白。何の感情も持ってはいない、ただの同期。

「さみしいね」

「え?」

「環境はなにひとつ変わらないのに、僕らは変わってゆくね」

「そうね」

私は顔を上げて少年をしっかりと見た。やはりどこまでも透明で、透き通っていて、このまま目を閉じてしまいたくなくなるくらいに美しい。

「私たちは少しづつ大人になっていって、それぞれの道へ選択して、それから」

めまいがした。日差しにあてられてのだろう、そうに違いない。私たちはただの同期なんだから。初めから何の感情を持ってはいけなかった。

「それから他人になっていくんだね」

彼は悲しそうに目を伏せる。やはり、まつ毛が彼の頬に長い影を落としていた。何故だろう。悲しみに似た感情が押し寄せてきて、私は目を窓の外へ向けた。
まるで少年と私は正反対な人種だ。少年はとても美しくて透明感があるのに、私はというとどろどろと汚くて、酷く強欲だ。喉が張り裂けそうなほど痛い。どうしてだろう。彼と私はただの同期だというのに。涙が止まらない。こんな表情悟られたくない。恥ずかしい。

「光に当てられてしまったんだね」

顔をあげれば陽だまりの中で彼は微笑んでいた。どこまでも優しい人である。しかし、今はその優しさが胸に沁みた。

「あなたは本当に優しい人なのですね」

ダークブラウンの瞳が少し揺れた気がした。

「どうかお元気でお過ごしくださいませ、善法寺伊作さま」

私が初めて彼の名前を呼んだ日であり、最後に呼んだ日でもあった。

私はもうすぐ気が遠くなるほど遠いお城へ行く。そこには私の知らない美しい景色がたくさん待っているだろう。
しかし、そこに世界一美しいあなたはいない。
20131027 20160325一部修正
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