「ねえイタチ、結婚してよ」
これで何度目だろうか。
昔はよちよちと俺の後ろをついて回ってはサスケにちょっかいをかけられ泣いていたのに。俺は彼女に悟られぬよう、心の中でため息をついた。
アカデミーに入学した頃からナマエは生意気にこんなことを言うようになってしまった。たしかに慕われていることが嬉しくないわけではない。わけではないが、どうにも 結婚して という言葉には参ってしまう。勿論、ナマエのことは好きだ。しかし、ナマエの好きと自分の好きは似ているようで全く異なるものであった。俺はそれを解っているし、彼女もそれを理解している。理解していてもなお、彼女は俺に婚約を求めるのだ。質が悪いことこの上ない。
「ナマエ、いつも言ってるが」
「イタチは私が嫌い?」
「……いや」
「じゃあいいじゃん」
にたにたと笑ってナマエが腕に絡みついてくる。こうすれば俺が黙ると知っているのだ。そしていつも流されてしまう。まるでその行為は彼女が自分以外を愛さないように呪いをかけているようでもあった。
「ナマエ」
「……いやだよ」
ナマエの細腕が俺の腰を痛いほどにつかむ。正直驚いた。彼女がここまで成長していたとは知らなかった。もう、俺の後ろをよちよち歩いていた頃とは違う。俺の知らない間に、俺のいない間に、彼女は女へ変わっていってしまったのだ。だが、俺だけはあの日に、あの頃に取り残されたまま。俺は絡みつく細腕を引き寄せたいとも口づけをしたいとも思わなかった。ただ、こつん、と彼女の額を小突くだけ。
「すまない」
「なんで、わたし、もうおんなのこなんかじゃない」
「いや、ナマエはいつまでも俺のかわいい妹だよ」
「ひどいんだね、イタチは」
彼女が咽び泣く。いったい、本当に酷いのは誰なのか。彼女の気持ちを知っていながら突き放す俺か、あの日に俺をおいてきぼりにした彼女なのか。もういっそ初めから全て無かったことにしてほしいと、あの日に彼女の手をひいた俺を恨んだ。
おんなのこなんかじゃない
20120727