ゆらゆらゆら、ゆらゆらゆら。ぬるい母胎の中で私はすやすやと眠っていた。そこは静かで暗くて私にぴったりの場所だった。愛しそうに撫でる手のひらがいつものお気に入りでそれを感じるたびに心がくすぐったくなって身をよじった。きっとママとパパは私にありったけの愛をくれる。たとえ、パン一切れ買えないような貧乏な家に生まれたって幸せになれるわ。私はぬるいゆりかごの中でひっそりと微笑んだ。


「お前は私の子ではないよ」

父が嫌いだった。
いつからか、それは記憶にないが物心がついたときには既に目障りだと感じていた。みっつの時に母を亡くして唯一の肉親は父だけだと言うのに、私は一度だってかわいいドレスをねだったこともおもちゃをせがんだこともなかった。べつに遠慮をしているわけではない。私のまわりにはつねに食べ物があふれていたし、着るものも二日とかさなったことがない。ただ、父を父だと思えなかったのだ。グレーの瞳もダークブラウンの髪も私と同じ色なのに、肌の下の血管には違う血が流れている気がしてならなかった。父があまりにも私に無関心だったことも理由のひとつなのかもしれない。保育園の入学式の日も小学校への入学先も中学校の懇談会の日にちも何一つ聞かれたことがなかった。自分は惨めだとは思ったが寂しいとは思わなかった。今だって父から聞かされた言葉に ああ、やっぱりな とただそう思うだけだ。

――お前は私の子ではないよ。同じ言葉を呟くと、それはまるで奇妙な響きであった。目の前の父はただ気味が悪そうに私を見ている。自分の腕を触れるとざらざらとしていて鳥肌がたっているんだと気づいた。一体、私は何を恐ろしく思っているの?ぞくぞくする両腕を抱き締めて私は父を見た。父は私が悲しんでいると錯覚したのかもしれない。申し訳なさそうに眉をひそめていた。

「じゃあ私は誰の子なの?」

それは―――――





「嬉しくないのか?じつの父に会えたのだぞ」

冷たい目をしたひとが、冷たそうな唇を動かしてそう言った。自分の腕に触れると私の腕にはまた鳥肌がたっているのだった。そのざらざらした腕を、私じゃない冷たい手がするするとなでる。驚くことに鳥肌はあっという間にひいていった。何故だか私はこの人の手を懐かしく感じた。

「あなたがママを殺したの?」

くつくつと耳障りな笑い声が私の耳に届く。彼の人間にはには見えないような姿はみるみるうちにハンサムな青年に変わっていた。その顔のパーツのひとつひとつが私のそれに全部そっくりで驚嘆してしまいそうになった。唯一、ひとつだけ違うところは彼の瞳がダサいグレーの色なんかじゃなくて赤だった。見つめられれば簡単に狼狽してしまいそうなくらいに美しい赤だ。

「君には初めからママなんていないだろう」

私は目を閉じる。真っ暗な暗闇が昔を思い出して、複雑な気持ちにさせた。そう本当は分かっていた。私にママなんかいないってこと。だってただの分霊箱なんかにママやパパなんて必要ないでしょ?私にあるのは嘘にまみれた記憶ばかり。
冷たい手が私の頬をなでる。「 僕の中に還っておいで 」 ぞっとするくらい優しい彼の声に、私はくすくす笑いを堪えきれなかった。目をゆっくりあけると、彼が私の首もとに静かに口付けをしていた。彼の唇はやはり冷たい。

「良い目をしている」

私の瞳は燃えるような赤色に染まっていた。

理想のゆりかごに守られていればいい

title by へそ
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