べたべたした前髪の奥にはいつも不機嫌そうな表情があった。少しの愛想も愛嬌もなくてお世辞にも人から好かれるような少年だとは言えなかった。趣味といえばねちねち嫌味を小言を言うか苛々することだろうし一体誰が彼の長所なぞ見つけられるだろうか。
それにくらべ私の兄といえば、へらへらとだがいつも笑っているし目立ちたがりの性分で友達も無駄に多い。勉強もできるしグリフィンドールのシーカーをしていて、親友は女生徒からもてているシリウス・ブラックである。
なのに、どうしてリリー・エバンズは少しも兄には興味を抱かないのか。どうして、セブルスなんてネクラに構うのか。不思議で堪らなかった。現に兄の妹というだけで羨ましがられたり、稀にシリウス・ブラックへものも紛れていたがファンレターを渡すように頼まれることも少なくなかった。兄の天真爛漫さには呆れてしまうとこが多かったが、一方で強く憧れていた。

「ねえ、あなた、ジェームズの妹なんでしょ」

金髪の髪をゆらしてガンガンにアイシャドウをつけている女が興味津々という感じで話しかけてきた。図書館の窓から風がはいってくるたびに女のキツい香水の臭いでむせかえりそうになる。私は女のハデな青い瞳を見ないように俯いた。

「そう…ですけど」

くすくすくすくす。何度も何度も聞いたことのある笑い声。私を嘲笑ってる。だって、私、兄に全然似てないもの。地味で暗くって下ばかり向いてるから地面とお友達だと思われてる。こんなときにパパとママが恨めしくなるの。なんで私だけ両親のどちらともにも似てないのかしら。視界が緩んでいっていまにもこの部屋の埃っぽい空気に溶けてしまいそう。

「うるさい。図書館では静かにするという常識も知らんのかグリフィンドールの馬鹿な女は」

声のしたほうを見ればいつも兄にからかわれているセブルス・スネイプが此方を睨んでいた。

「あら、聞き耳でもたてていたの気色悪いわね」

「お前のキツい香水のほうが100倍も薄気味悪いがな」

「何ですって?」

セブルスのすべるように口から紡がれる嫌味に女が憤慨したようで、彼に杖をつきつけた。私は慌ててそれを制止する。

「やめて」

「ちょっとその根暗を庇うわけ?本当にあなたってジェームズと違って落ちこぼれなのね」

「そこまでだ」

女の首もとに杖が突きつけられる。彼女が驚いて振り替える。気の毒なことに杖を突きつけてきた相手を見て、さらに驚嘆して尻餅をついた。無理もない。そこには話題の中心人物がいたんだから。

「悪いけど、ここからすぐに立ち去ることをお薦めするよ」

今度はシリウス・ブラックが兄の後ろから顔を覗かせて言った。女は2、3歩後退りをしてすぐに走り去った。私はホッとして胸を撫で下ろす。

「僕の妹に何をした」

兄が杖をセブルスのほうへ向けた。セブルスはいつもの不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうに歪めていた。私は慌てて兄のローブの裾をつかむ。

「違うの!この人は女の人をたしなめてくれたのよ」

セブルスは私が言い終える前に フン と鼻をならしてどこかへいってしまった。それを見て兄がジロリと私を睨む。私は体を縮こませて俯いた。兄は私を嫌っているのだ。今だって、いじめる相手だったセブルスを私が逃がしたことに腹をたてている。きっとここに来たのも彼をからかうためだったに違いない。なのに私がそのチャンスを奪ったから。それに私はこんなに暗くてトロいんだもの。いっそトロールに産まれたほうがよかったんだわ。そうすればパパやママや兄も私に落胆することはなかっただろうに。

「おい、そのくらいにしてやれって」

シリウス・ブラックが兄をつつく。それに顔をしかめるも ああ、わかってる と言って杖をローブにしまった。これ以上面倒は起こすんじゃないぞ。そう言うと二人は私の前からいなくなった。
あなたにそんなこと言われたくなんかないわ。そう言えることができたなら私の人生はどれだけ大きく変わっていたか。所詮、私はジェームズ・ポッターの根暗な妹でしかない。


「ミス・ポッター。申し訳ないが薬草を裏の花壇から摘んできてくれないか」

変身術も闇の防衛術の授業もどれもが苦手な教科だったけれど、唯一魔法薬学だけは得意な教科でテストでもトップをとることがザラにあった。そのせいか魔法薬学の先生には特に気に入られていた。

頼まれた薬草を採るため裏の花壇に向かうと既に誰かがいてそこにしゃがみ込んでいた。何をしているんだろうと不振思って覗きこめば不機嫌そうな顔と目があった。

「セブルス先輩」

「…ポッターの妹か。何故ここにいる」

「あ、わたしは、先生に頼まれて」

「あの老いぼれ教師は一体何人に薬草摘みを頼めば気が済むんだ」

予想外の言葉に思わず笑ってしまった。そうするとセブルスが私の顔をまじまじと見つめてきた。驚いて後退ると彼は あ、すまない と言って気まずそうな顔をした。私は苦笑いをしてセブルスの隣にしゃがみ薬草をぷつぷつとちぎった。それを見ていたセブルスが何か言いたそうに口をもごもごさせている。

「何ですか?」

「…この薬草は尖っている葉よりもまるっこい葉のものを摘んだほうがいい」

「あ、はい。わかりました」

私がまた薬草の選別をはじめるとセブルスも選別を再開しだした。
数十分と経ったところでちらりと彼の方を伺うと、彼も同じように私の方を伺っていたようで視線が交じり合う。彼は豆鉄砲でもくらったかのように目を丸くして、そのあと二人同時にきゃらきゃらと笑った。

「君はあまりポッターに似てないな」

今までその言葉を言われるときは落胆や嫌みが含まれていたけれど、セブルスからは全くそれらを感じなかった。兄はセブルスを嫌っているようだけど言うほど悪い人じゃないと思うなぁ。こんなこと思ってるから落ちこぼれって言われるんだろうけど。

「そうですね。よく言われます」

セブルスが少しハッとして慌てたように私を見た。

「悪い意味ではない」

「わかってます。セブルス先輩は兄が嫌いですからね」

おどけたように私が言うとセブルスはホッとしたように肩の力を抜いて微笑んだ。彼がこんな風に笑うのを知らなくて私は少し動揺してしまう。悟られないように薬草を採るフリをして俯いた。

「君は自分がポッターに似てなくて落ちこんでるようだが、僕は君がポッターに似てなくてよかったと思ってる」

「どういう意味ですか」

「もし君があんなふざけた性格をしていてボサボサな髪だったら僕は君としゃべらなかっただろうし。それに、君はとても…」

セブルスはそこで言葉をきって私を見た。私はセブルスの視線につかまって逸らすことができなかった。心臓が嘘みたいにどきどきしてる。あり得ない。こんなの、私、まるで

「スティーピファイ」

白い光が一直線に放たれてセブルスを貫いた。私が悲鳴をあげてセブルスに駆け寄ると強い力で手首を後ろに引かれた。一体、こんなひどいことするのは誰なの。

「…お兄ちゃん」

「何でコイツと一緒にいるんだ」

「ひどい、こんなの」

痛い、腕だけじゃなくて、喉の奥が痛くて何かが刺さっているような。兄の視線がいままでにないくらいに私を心から恨んでるとでもいうような雰囲気で、怖くてがたがたと足が震えた。私が震えると兄がもっと苛々とした顔をして手首を捻る。

「やめて」

「お前はどうして」

「やめてよ」

「どうしていつも」

「もうたくさんだわ」

パシンと軽い音がすぐそばでして、私の手首は解放された。その代わりにもう片方の手のひらにはジンジンと痺れるような痛みが広がっていく。兄はひどく驚いたようで目を白黒させていた。兄のこんな表情を見たことがなかったけれど、私の心はどんどん熱くなっていって、謝ることさえ忘れてセブルスにかけよっていた。

「セブルス先輩、ああ、ごめんなさい」

視界がぼやけて頬に何度も何度も涙がつたう。私がそばにいなかったら彼はこんなことにはなっていなかっただろう。

「来い!」

兄が私の腕を強引に引っ張ってホグワーツ中を引きずる。何でこんなことをされなきゃいけないの?そんな苛立ちが募って、私をつかむ腕を何度も引っ掻いたり噛みついたりするのに兄は私を離してはくれない。回りの生徒は呆気にとられたように私達を見る。でもそんなのお構い無しで兄は自分の寮の部屋へ私を投げ込んだ。部屋にいたシリウス・ブラックは間抜けなツラで此方を見ている。

「はなして、セブルスが」

「黙れ、それ以上喋ると一生口を開けなくするぞ」

「今までずっとそうだったわ。私は貴方が怖くていつも口答えすることができなかった。そして今やっと私は自由になれたのよ。私の言ってることが理解できたなら離して」

私が喚きたてると兄は一層顔をひきつらせた。

「…どうしてだ。いつも君は期待を裏切る」

剥き出しの怒りと嫌悪がぶつけられる。それだけで私の熱い気持ちは呆気なく物怖じしてしまった。

「帰るんだ、自分の部屋に。間違ってもスニベルスなんかを探すな。もし、それが知れたら、分かってるな?」

視界がぼやけて瞳から熱いものがぼろぼろと零れる。兄はそれを見て表情を曇らせた。そうよ、もっと自分がどれだけ悪かったかを思え知ればいいのよ。しかし、兄は私が泣いてることをただ不快に思っただけのようでさっさと部屋をでてってしまった。当たり前ね。いつも兄は私のことなんて知らんぷりだもの。
見兼ねたシリウスが私の背を叩いて宥める。

でも、そんなの望んでないの。宥めも同情も 気にするな の言葉だっていらない。何十年と堪えてきた感情が沸々と煮えたぎっては自らの心を汚していった。

私、兄が嫌いだわ。


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