「ねえリーマス、私が大きくなったらあなたの苗字を私に頂戴ね」 ふふふ、とおかしそうに彼女が笑う。真っ白な膝丈ほどのワンピースを着て、レースがついた綺麗なランチマットを被って、不恰好なブーケを抱いている。僕はほっこりとした気持ちになって彼女の滑らかな頬に指をすべらせた。彼女がくすぐったそうに目を細める。長いまつげが頬に影をつくって少しだけ大人っぽくみえた。 「僕のお嫁さんになれるのは鋭い牙をもった子だけなんだよ」 そう言うと、えー とブーイングして頬を膨らました。 「じゃあ、あたし、大きくなったらキバをはやす」 相変わらずにこにこして彼女は言う。僕はその言葉に少しだけゾクリとして彼女を抱き締めた。小さくて温かな体温が胸の中におさまる。こんなに可愛らしくて大事な彼女を絶対不幸になんかさせない。彼女がもぞもぞと僕の胸の中でうごく。 「 リーマス? 」 それが少しばかりくすぐったくてそれさえも愛らしかった。 「そんなこと言っちゃいけないよ」 「泣いてるの、リーマス?」 「いいや」 「怒ってるの?」 「いいや」 「僕は、悔しいんだよ」 「リーマス!」 呼ばれた方を向くとスカートが翻るのも気にしないで彼女が走り寄ってきた。まるで、犬みたいだ僕がくすくすと笑うと彼女が何がおかしいのよと頬を膨らませた。不満になるとする表情は、昔からちっとも変わってない。そばにきて僕を見上げる彼女の右頬をつねると 美人な顔でしょ ときゃらきゃら笑い始めた。もし本当に彼女が犬だったら今は尻尾をふっているんだろうな。 「それで美人なお嬢さんどんなご用件で?」 「あら、ご用件がないと来ちゃだめかしら」 「いや、別にいいけど、本当にないの?」 「いーえ!あるわよとっておきなのがね」 「へえ、何かな」 「知りたかったら今日の晩にグリフィンドール寮の出口に集合!」 「ちょっと、君、監督生の僕に何させる気?」 「あら、私には関係ないもの」 「おいおい」 僕がわざとらしくため息をつくと彼女が満足そうに笑った。無意識のうちに人を困らせることを楽しんでるなんて、ジェームズやシリウスより性質が悪いと思う。それでも、可愛い彼女に振り回されてることを僕は満更でもないと思ってる。 「大好きよ、リーマス」 「僕も妹ができたみたいに思えるよ」 僕がそう言うと明らかに不満そうに眉をよせる。 「そんなのいや。私、リーマスみたいなお兄ちゃんほしくないし」 「それは、傷つくなあ。僕は昔からナマエのこと」「やめてってば!とにかく今日の晩きてよね」 それだけ言うと彼女はバタバタと走り去ってしまった。好きだと言ってもらえるのは素直に嬉しい、僕も本当は彼女に妹以上の感情を抱いてしまっている。だけど、僕は普通の男じゃない。肩を抱いてキスをして愛を誓って、それをすることが必ずしも彼女の幸せなのかと考えると違うのだ。僕が彼女を守る方法は愛を誓った騎士になることじゃない。ただ気持ちに目をつむって緩やかな拒絶を決め込むことなんだ。 身震いするほど寒い夜。ふう、と息を吐き出すと白い息が広がった。いつも賑やかな談話室は生徒がいなくなると息がつまるほど寂しいものだった。ここを通るのもあと数回なんだろうな。僕は卒業までに日数をぼんやりと数える。7年生になったというのにあまりにも実感がないものだ。そのひとつの要因は例の彼女にもあるだろう。小さな頃から僕のそばにきてはぴょんぴょんと跳ねてさっていく。何もかも変わっていない。変わっていないからこそつらいのもあるが、 「ごめん!お待たせ」 「本当だよ。おそすぎ。今度バタービール奢ってもらうからね」 「え!そんなぁ」 彼女がしゅんと項垂れて僕の服の裾を小さくつかむ。 「冗談だよ」 僕がにやりと笑ってナマエをみたら彼女も 馬鹿! と言って笑った。 「それで?君の言うとっておきっていうのは一体なんだい」 僕の言葉を聞くと途端に爛々とした目で僕を見た。それからくすくすと可笑しそうに笑って やっとだわ と呟いた。僕はずっと昔のことを不意に思い出した。胸が落ち着かないような嫌な気持ちだ。 彼女の体が一瞬小さくなったと思ったら目の前には美しくて純白の毛皮を纏った狼がいた。まさか。ストンと何かが抜け落ちてしまったような気持ちになる。 「ねえ、どうだった?」 狼から人間に戻ると、彼女はケロリとした表情で僕を見た。それを見て僕は徐々に血の気が引いていく。暗闇で僕の顔が見えないのか リーマス? と彼女が眉をひそめた。 「君は、何てことを、したんだ!」 彼女の腕をつかんで壁に叩きつけた。彼女は ひっ と短い悲鳴をあげたあとに恐怖を滲ませた瞳で僕を見た。もう一度彼女の唇 リーマス と掠れた声で呟かれる。僕は苛々として怒鳴りたいのに何を言えばよいのかわからなくて余計に苛々は増していく。 「私、リーマスの、お嫁さんになりたくて」 ぷつりぷつりと紡がれた言葉はあまりにも可哀想なもので僕は彼女を掴んでいた両手の力さえ抜けてしまった。だらりと暗闇に落ちた腕が僕の体に重くのし掛かるようだ。しかし、僕は、これよりも重い罪を犯してしまった。 「僕は君の傍にいられないんだ」 「…どうして」 「僕は人狼なんだ」 「そんなの、そんなこと知ってたわ!」 彼女の言葉が震える。 「だから、こうして」 「やめてくれ!」 あまりにも自分の声が情けないもので僕は瞳から流れる涙を止めることができなかった。彼女がそれに気付いて僕の頭を胸に抱き寄せる。彼女はもう罪に犯されてしまった。僕のせいで。僕がいたから。 「もう、君のそばにはいられない」 「いやよ、いやよリーマス」 「だめだ、だめだ、いられない」 「分かってリーマス」 彼女のか細い指が僕の両頬を引き寄せて彼女のやわらかな唇と僕の唇が重なった。怒りも悲しみも抑えきれないくらい大きいはずだったのに、僕は彼女の熱に犯されてしまったのか、もっと強く触れたいと思ってしまった。 「あなたがわたしのせかいのすべてなの」 弾かれたように僕は彼女の唇に噛みついた。彼女が驚いて後ろへ仰け反るのを後頭部へ手を回して止めた。彼女の唇から色めいた息遣いが聞こえる。それに益々熱くなっていって今度は彼女の腰を引き寄せる。酷く華奢なそれに彼女が女性なんだということを再確認させられる。談話室は凍えるくらい寒かったはずなのに僕らだけが熱に浮かされていた。どんどんとずり落ちていく彼女を抱き締めてソファに押し倒す。 「どうしてくれるんだ」 「いいの、私、初めから」 僕は彼女の唇を自分の人差し指で撫でる。うっとりとした瞳が此方を見ていて、気づくと僕は混沌とした優越感に支配されていた。もう、戻れない。 「本当は初めから君が好きだった」 |