ぐらり、視界がゆれて日差しに頭がくらくらした。必死に手を柱にかけようともがいてみるも、空気をつかんだだけで支えを失った身体は鈍い音をたてて倒れた。まるで自分の身体が自分のものじゃないみたい。

「名前?ちょっと、どうしたの!?」

遠くで聞き慣れた声が聞こえた気がした。



▽▽▽




目を開けると冷えピタシートが私のおでこを冷やしていた。辺りを見渡すと暗くなっていて、どこからか笑い声が聞こえた。もう晩御飯を食べているのだろうか。まわらない頭で考えた。

「おも、」

あまりのだるさに立つことさえ一苦労だった。少しだけ涼みに行こうと近くの縁側にあったサンダルへ足を通した。

しばらく歩いていくと立派な門が遠目に見えた。ぼんやりとそちらを眺めながらたっていると見慣れた背中が見えた。

「佗助さん!」

私が大声を出すと佗助さんはぴたりと足を止めて振り向いた。

「お前、なんでここに」

彼は目を丸くして私を見る。

「涼みにきてて…」

「あぁ、倒れたんだったな」

佗助さんはさして興味もなさそうに言うと門へ足を進めていった。

「どこへ行くつもりなんですか」

「お前に関係ないだろ」

いらいらしたように佗助さんが私を見た。どこか遠くへいこうとしてるんじゃないだろうか。

「おばちゃんに言ったんですか」

「関係ないって言ってるだろ!」

いつもの彼とは思えないほどに佗助さんは取り乱していた。この人は、もう、帰ってこないつもりなのかもしれない。



「私は、後悔してることがあるんです」

「後悔?」

「はい、私にも優しいおばあちゃんがいました。」

私がおばあちゃんという言葉をだすと佗助さん眉をぴくりと反応させた。それでも、静かに私の方を見つめている。

「お父さんは遠くに仕事にでていて、共働きだったのでお母さんも家にいることは少なかったし、兄は歳がはなれていて、いつも寂しいかったんです。ひとりぼっちの留守番のときは泣いてばっかりで。でも、そんなとき一緒にいてくれたのは、おばあちゃんだった」



「名前、無理に強くなろうとしなくていいんだよ。おばあちゃんはずっとそばにいるからね」

「本当に?」

「うん。おばあちゃんは名前ちゃんが世界一大好きだから」

「あたしもね!ばあばが大好き!」


一緒にお風呂に入って体を洗いっこしたり、手を繋いでひまわり畑を見に行ったり、縁側で並んでスイカを食べたり、一緒にヨモギ団子つくったり、花の冠の作り方を教えてくれたのもおばあちゃんだったっけ……。

どうしてこんなにも温かい思い出を忘れていたんだろう。ばあばって呼べばいつでも少し骨張った両腕をいっぱいにのばして、私を力強く抱きしめてくれた。寂しいときも、嬉しいときも、いつも一緒だったのに。

ばあば、会いたいよ。







「私は、ここにきて、今すぐ親戚や家族、おばあちゃんに会いに行きたくなりました」

「名前…」

佗助さんが悲しそうな、寂しそうな顔で私を見た。なんで佗助さんがそんな顔するんですか。やっぱりあなたは優しい人なんですよ。

「わだじは、こうかっ、してます。三重へ行ぐのっが、ゆうぅっ憂鬱なん、って」

「もう分かったから!」

私の泣き顔が見るに堪えなかったのか佗助さんが大声をだして話を遮った。私は気づいていた彼の手が白くなるくらい力強く握られていたことに。本当は佗助さんも寂しかったんですよね。

「分がってなっいん、です!佗助さんはっいっぢゃだ、駄目なんっなんです!」

彼がくるりと私に背を向けた。徐々にその背中は遠退いていく。

わびすけさん、私の掠れた声は暗闇に染み込んで消えていった。

「もういいんだ」

その声はまるで誰かに言い聞かせているみたいに苦しそうだった。咄嗟にのばした左手は佗助さんの袖を掴むことなく空をきっていく。だめ、いったらだめ。きっと、きっと後悔する。

全身は鉛のように重くなって、両膝が青々とした茂みの海へ沈んでいった。涙が黒い地面に何度も落ちては吸い込まれていく。

駄目、あなたは、やさしいひとだから…。




もう一度私が目を開けたとき、大おばちゃんは静かに息を引き取っていたあとだったのです。それは、7月31日のことでした。
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