入学式のとき、初めてかずまくんを見た。見たと言っても横顔だけなんだけど、彼はおののいてしまうほど怖く張り詰めた表情をしていた気がする。だから、私の彼への第一印象は“こわいひと”だった。
学校生活にもなれてきた6月。窓を見つめているかずまくんの横顔が入学式より穏やかな表情になっていることに気がついた。たった数ヶ月の間で、彼の表情を変えたものはなんなんだろう。尋ねてみたいという気持ちは強かったけど、彼の穏やかな横顔を見ていたら入学式のことを話すべきじゃないかもしれない、と何となく思った。
そして、スーパーでかずまくんの笑顔を見たとき、私は何故か嬉しくなったのを覚えている。何でいきなりこんな気持ちになったのかは分からなかったけど、とくに深くは考えていなかった。
私には分からない。何でかずまくんはさっきあんなことをしたのか。私はどこにでもいるような女で、魅力も魅了するものも何も持っていないはずだ。
ただひとつ確実に分かっていることは、彼の怖かった表情を変えたものは私じゃないってことだけだ。私は……私は横顔を見つめることしかできなかったから。
じゃあ、本当はさっきのキス、誰でもよかったんじゃないの?
そう考えたら何故か急に喉が裂けるように痛くなって、嗚咽がもれた。うらやましい。彼に想われている誰かがうらやましい。そうして私は初めて気づいた。
かずまくんが、好きだ。大好きだ。
「おい、ガキ。そっちは何もねぇぞ」
後ろから低い声が聞こえた。ふっと、前へ前へと動かしていた足を止める。それでも、振り返ってもとの道を戻る気にはなれなくて、声の主がどこかへ行ってしまうのを待っていた。
そんな浅い願いも叶わず低い声の人は「オイ、聞いてるか?」と私の肩を掴んで後ろへ引いた。
「……何で泣いてんだ?」
背の高いこのお兄さんはさっきから質問してばかりだ、それに何であなたがそんな顔をするのだろう。彼の表情を見ていたら自然と堪えていた何かが決壊して涙が止まらなくなった。目の前のお兄さんは困ったように首を傾げたあと、私をひょいと抱き上げた。
「!、おろし…」
「べつにとって食やしねぇよ」
「そういうことじゃなくてですねっ」
「構わねぇ」
「へ」
「お前が何で泣いてるかなんて聞きたくもないが、ここで風邪ひかれんのも迷惑だ」
「、そんなことっ……」
そんなこと言われたくない。なのに何故か深く感謝している自分がいて、今だけは彼の肩を借りることにした。
「…女ってのは素直じゃねぇな」
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