夕食の席にかずまくんはいなかった。どうしたのかな。ちらりと夏希さんの方を見ると、こちらの視線に気づいたようでニッコリと微笑んだ。
かずまくんはどうしたんですか?気になるならさっさとそう言えばいいのに、何故か言葉にするのは躊躇われて開きかけた口をそのまま閉じた。私は意気地なしだ。そのくせ寂しがりでいつも後悔ばかり。
その後もかずまくんのことが気になって食欲がわかなかった。
「名前ちゃん」
「?」
夕食後、食器の片付けをしようとしたとき。夏希さんにちょいちょいと手招きをされた。
「なんですか?」
「ちょっと、かずまの様子見てきてくれない?」
「えっ」
「さっき台所行くときに納戸あったでしょ?そこにいると思うから」
「でも、私」
「名前ちゃん、食事のとき、ずっっっとかずまのこと考えてたでしょ」
「!、なんで…」
「当たり?じゃあ話は早いわね。早く早く」
夏希さんに背中を押されて驚き半分と戸惑い半分の気持ちで納戸に向かった。迷いながらも薄暗い廊下を突き進んで行くと、明かりの漏れた部屋を見つけて心臓がひっくり返りそうになった。
逃げちゃ、ダメ。重い足を必死に動かして納戸の扉をそっと覗く。すると、1番に小さな背中が目にはいって少し変な気持ちになった。
「かずま、くん」
かずまくんが後ろに振り向いて、驚いたように目を見開かせた。私は真正面から気持ちを伝えるのは怖くて俯きがちに口を開く。
「あの、私…」
声があまりに震えていて自分が馬鹿みたいだと思った。何をしてるんだろう、私。目の奥がぐっと熱くなって視界がうるんでくる。
「ここ、来て」
かずまくんは無表情な顔でぽんぽんと床を叩く。いつも見ている表情のはずなのに、今は心なしか怖く感じた。
「うん」
頷いて、かずまくんの隣に座ると少し困り顔の彼と目が合った。やっぱり、まだ怒ってる?それとも、めんどくさい女だと思ってる?
そばにあった手を握るとかずまくんは驚いた顔でこちらを見た。
「ごめん、私、本当にごめんなさい」
「うん」
かずまくんの指が戸惑いがちに私の頬を撫でて涙をすくった。
「だから、もう、勝手にしろなんて言わないで」
「…うん、言わない」
手に入る力が自然と強くなる。
「私、かずまくんがあんな怖い顔するなんて知らなくて」
「…名前」
かずまくんの顔が近づいて視界が暗くなった。唇に柔らかい感触がして一瞬で頭が真っ白になる。 顔がはなれるとパソコンのモニターに照らされた、赤い顔のかずまくんがいた。
「!」
理解したと同時に驚いて後ろに後ずさった。ゴンという鈍い音がして頭に激痛がはしる。それより、さっきの出来事の方が私には何百倍も衝撃的すぎて。カミナリに撃たれた気分になった。今ならガーンって効果音だせそう。
「何やってんの」
「だって、かずまくんあんなことするから!」
「ご…めん」
「わた、私にこんなことされても何も……!」
自分で言ったのが急激に恥ずかしくなって、納戸の外へ逃げだした。なんてベタな捨て台詞を言ったんだろう。もう少しマシな言葉だって言えたろうに。私は走ることでしか頭を冷やす方法を思いつけなかった。
どうして、私にキスなんか。どうして、こんなに苦しくなったの。どうして、どうして、どうして……。疑問はいくつもでてくるのに、答えは何度考えてもでてこなかった。
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