私はトランクを盛大に落とした。

「かず、か、かずまくん!」

「驚きすぎ」

「だっちってさ、ほんとにいりゅ、いるなんて嘘みてゅ、みたい」

「噛みすぎ…」

かずまくんは私のトランクを拾いあげて「早く来なよ」と言った。夏希さんは珍しいものでもみるかのように、かずまくんを見ている。健二さんは…相変わらずだ。

「何、夏希姉ちゃん」

「いやー、カズマがわざわざお迎えなんて珍しいなって」

「…べつに」

「そんなに名前ちゃんが気に入ってるのね」

夏希さんが私の頭を勢いよく撫でると、かずまくんは不機嫌そうにそっぽを向いた。う、なんだか申し訳ない状況ですみませんすみません。

「違うから」

またまた不機嫌そうな声でかずまくんが言った。わ、私はどうするべきか。もんもんと考えてると夏希さんがおもしろそうに、ふーんと笑う。

「じゃあ、私と健二くんは先におばあちゃんに挨拶してくるね。カズマは荷物どこに置けばいいか教えてあげて」

「言われなくても、そうするよ」

かずまくんがスタスタと歩きだした。私がぼーっとかずまくんの後ろ姿を眺めていたら夏希さんに「ほらほら、名前ちゃん!ついていかないと」と背中を押される。

「あ、はい」

慌ててかずまくんの横に並ぶと不機嫌そうな顔と目が合う。少しでも空気を和らげようと、引き攣った顔で精一杯笑うと、すぐに顔を反らされた。がーん。なんか、ショック。「かずまくん?」そっと顔を覗きこむとかずまくんに頭をわしづかみにされた。痛い、痛い、そして前が見えない。全力でもがくと小さく噴き出す声が聞こえた。

「や、やめぇえぇぇ」

「ごめん、つい掴みたくなって」

かずまくんの手が離れると目の前に爽やかな笑顔が映った。(やってることは全然爽やかじゃないけどね!)相変わらずの褐色色の肌が健康的で、タンクトップが似合ってます。改めて正面から見ると私は少し気恥ずかしい気持ちになって咄嗟に背を向けた。

「私は怒ったよ!佳主馬くん!」

「はいはい」

かずまくんがさっさと歩いて行ってしまう。そんな、馬鹿な!

「ちょ、ちょ、待って」

必死に追い掛けるとかずまくんが不意に振り返って、私の顔を睨んだ。な、何!おろおろとしていると、手首をつかまれた。かずまくんは、何か困ってるというか焦ってるというか、よく分からない表情だ。

「走って」

「え?どういう…」

しゃべり終わる前に、かずまくんは私をひっぱってグングンと走っていく。ちらり、振り返ると体格の良いお兄さんが歩いてるのが見えた。お兄さんはこっちに気づいてないみたいだけど、挨拶したほうがいいんじゃないかな?

「かずまくん、あのお兄さんに挨拶しないと」

「いいから。後からめんどくさくなる」

どういうこと?聞く余裕もなくて私は必死に走った。捕まれている手首が熱く感じるのは私だけなのかな。全力疾走のせいか何なのか心臓がバクバクとうるさくて、なんとなく、今世界がとまってしまえばいいのにと思った。
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