bitter sweet
どこのどいつが決めたんだろうな。
意中のヤツにチョコレートを、あげる日なんぞと――。
髪を結い、団服を羽織る。
そして、六幻を持ち、いつものように自室を出る。
何も変わらない一日の始まりだ。
だが、今日のホームは何だか騒がしい。
何かあったのか?なんて思ったりもするが、この俺には大して関係ねェことだろう。
いつもの様に食堂に来て、天麩羅蕎麦を頼むと、中からジェリーがフライパン片手に話かけてきた。
「あら、神田ちゃん、いらっしゃいっ。…あら?今日はアレン君と一緒じゃないの?」
「……」
「ノーコメント?」
「…いつも、一緒に居る訳じゃねェ。…まだ、寝てるんだろ?あいつは、ノロモヤシだからな」
「ふ〜ん、そう。…じゃあ、ちょっと待っていてちょうだいね」
ジェリーは、何やら取りに厨房の奥へと向かった。
暫くカウンターで待っていると、俺が頼んだ天麩羅蕎麦と一緒に、何かを持って来た。
「はい、天麩羅蕎麦ねっ」
そう言って、俺のトレイに器を乗せる。
それから…と言って、何かの包みを蕎麦の入った器の隣に置いてきた。
「何だよ、これ」
手渡された包みを訝しげに眺めていると、ジェリーはニコニコ笑みを浮かべてくる。
「ふふ、チョコレートよっ♪」
「チョコレート…?俺は甘いものは苦手だが…」
違う。違うとジェリーは首を横に振る。
「それ、神田ちゃんにじゃないわ。アレン君によっ」
「モヤシに…?」
「そう。貴方からアレン君に渡して欲しいの。勿論、貴方からってことでね」
「…はぁ?なんでそんな七面倒くさいことを。お前が直接渡せばいいだろ?そんな事で俺を使うな」
怪訝そうな顔でジェリーを見やる。
「私から渡しても意味がないのよ。じゃ、お願いねっ♪」
「ちょっ、待てっ、おいっ」
そう言い残して、ジェリーはいそいそと厨房の奥へ消えて行ってしまった。
俺は仕方なくその包みをトレイに乗せたまま、席についた。
何で俺がこの包みをモヤシに渡さなきゃなんねェんだ。ジェリーのヤツ、何を企んでやがる?
蕎麦を啜りながら、終始目の前に置いた包みを睨む。
「神田、おはようっ。あれ?今日はアレン君は一緒じゃないの?」
そんな所にリナリーがやって来て、俺に声を掛けた。
ジェリーと同じ口ぶりが妙に気になったが、まあ、いい。
「……」
無言で蕎麦を啜る俺を、リナリーは気にせず話し掛けてくる。
「…もしかしたら、誰かさんの為にチョコ作ってたりして」
思わず箸を止めて、リナリーを見上げた。
「…どういう意味だ、それ?」
「そのままの意味よ。アレン君、昨日私の所に来て、チョコの作り方を教えて欲しいって言ってたわ。健気だと思わない?好きな人の為にチョコ作るなんて」
そう言って、彼女はクスクスと笑った。
「…で、神田はアレン君に何もあげないつもり?」
「…俺には、関係ねェよ。そんな祭事は、やりたいヤツが勝手にやれば良いだけだ」
「…貴方の事だから、そう言うと思ったわ。…だけど、貴方はアレン君から何も貰ってないと思ってるの?」
「……」
リナリーの言ってる意味がイマイチわからない。
あいつが俺にくれるもの?
そんなモノがあるのか…?
腑に落ちない表情の俺に、リナリーは胸を指差してきた。
「もうっ、本当に鈍感なんだから…。ヒントはココ。自分の心に聞いてみなさいよ」
俺の心?
「答えがわかったら、アレン君の所に行ってあげてね。多分、神田を待ってるはずだから」
それだけ言って、リナリーはそそくさと食堂を出て行った。
残された俺は、ただひたすら、あいつがくれるというモノを考えた。
考えて、考えて…。
考え込んではみたものの、結局答えに辿り着く事は出来ず…。
最終的に答えを導けなかった自分にイラついて、考える事を止めた。
食堂を出て、俺が向かったのはあいつの部屋。
いつまで経っても食堂に現れないモヤシが、少し気になった。
――コンコン…。
ドアをノックしても返事がない。
ノブに手を掛けて、軽く回してみれば、扉は簡単に開いた。なんて不用心なヤツだと僅かばかり呆れながら、静かに中へと踏み入る。
部屋に入れば、ベッドで気持ち良く眠っているあいつの姿があった。
昨日作ったと思われる、包みを大切そうに胸に抱いて…。
時折、むにゃむにゃと口を動かして、穏やかな寝息を立てる。
「こら、起きろ、モヤシ」
あいつの額を軽く指先で突いてみるが…。
「…ん〜〜」
一向に起きる気配はない。
俺は一つ溜め息をついて、あいつの近くに静かに腰を下ろす。
そして、銀色の細く柔らかな髪に優しく触れた。
――愛おしい…。
そんな気持ちが、自然と心に沸き上がってくる。それと同時に、俺の鼓動が高鳴った。
ふと、リナリーに言われた事を思い出す。
“貴方はアレン君から何も貰ってないと思ってるの?”
その問いの答えを、今見つけたような気がした。
俺がこいつから知らず知らずのうちに貰っていたモノ…。
それは形がある物なんかじゃなく。
心が温かくなるような、優しくも強い熱情。
それを今頃になって気付くなんてな…。
俺はモヤシの指に自分のものを絡め、優しく口付けた。
この俺は、あいつの為に何が出来るんだろう?何をしてあげられるのだろうか?
いつも貰ってばかりの俺は…。
「…神…田…」
不意に名前を呼ばれてドキリとする。
確認するようにあいつを見れば、むにゃむにゃと口を動かし、未だ夢の中。
「…大好きですよ…」
あいつは寝言で、俺を呼ぶ…
知らず知らずのうちにあいつは愛を紡ぐ…。
ならば俺は、いつまでも変わらず愛し続けると誓おう。
この命が尽きる、その瞬間まで――。
bitter sweet
その後、目覚めたモヤシは、昨日自分で作ったというチョコを俺にくれた。
俺でも食べられる様にと、ビターチョコを。
俺は俺で、ジェリーに渡された包みをあいつにやったら、満面の笑みで俺を見返した。
「…これ、僕が貰っても良いんですかっ!?…初めてですね、神田がこうやって僕に何かくれるのは」
これがジェリーの狙いだったらしい。
確かに、俺はモヤシに何もあげた事がなかったな。
嬉しそうにジェリーが作ったチョコ団子を頬張るあいつ。
明日、ジェリーに礼を言わねェとな。
3/8
back next
←Back