それまで、さよなら


僕は左へ。
君は右へ。

僕らは違う道を進んでいく。

二人で決めたことだった。
何度も相談して、導いた答えだった。


「手紙、神田宛てに書くから」
「…んなモン、書かなくていい」
「電話もするから」
「かけてくるな」

最後の最後まで、相変わらずな君。

「本当、優しくないんだから」

だから僕も精一杯、笑顔を作る。作ろうとする。

「僕だって、君に会えなくても平気ですから。淋しくなんかないし、哀しくなんかないし…。それに、君がいなくなって清々する」

嘘…。
嘘っぱちだ。
本当は会えなくなることが淋しい。
無愛想なその瞳がもう見れなくなることが、こんなにも哀しい。

溢れ出しそうになる想いを、僕は必死に堰止めようとする。
だけど、涙だけは言うことを聞いてくれなくて。

はらり…、と。
一筋の雫が頬を伝い落ちた。

視界に広がったのは、目を瞠ったような神田の表情。
慌てて顔を背けて、手の甲で涙を拭う。

なんで涙なんか…。
泣かないって決めていたのに。
神田とはいつもの僕で、笑顔で別れるって、決めたのに。

「…モヤシ」
「なんでもないです…っ」
「お前、泣いて…」

神田の台詞を掻っ攫うが如く、声を張り上げる。

「泣いてませんっ。泣く訳ないでしょ。何で君なんかの為に、僕が泣かなきゃならないんですか。さっき言ったでしょ?僕は、全然淋しくなんか…っ!?」

思わず言葉を無くしてしまったのは、背中に温かみを感じたから。
気がついたら、神田の腕が、背後から包み込むように僕の身体を抱きしめていた。

「無理して強がってんじゃねェよ」

どきん。
神田の声が耳元で聞こえてきて、心臓が大きく鳴る。

「そんなに涙を滲ませやがって…。痩せ我慢が見え見えなんだよ、お前は」

狡い。本当、狡いよ、神田。
こんな時にそんなことをするなんて。
そんなことされたら、直ぐに止まるはずのものが、留めどなく溢れてきてしまう。

泣きながら神田のシャツの袖を縋るように掴むと、彼は自分の手の平をそっと重ねてきた。
大きな手が、指が、僕を包んでいる。神田の体温が、僕の身体に伝わる。

このまま、時間が止まって欲しいと思うのは、僕の我が儘だ。
だけど、もう少しだけ。あと少しだけ、今のままで…。

俯いたまま、なかなか顔を上げられずにいると、神田が徐に口を開いた。

「…モヤシ。確かに俺達はそれぞれ違う道を歩むことを決めた。だが、一生会えないって訳じゃない」
「………」
「やらなきゃならねぇこと、しなきゃならねぇことが全て終わったら、俺の方からお前に逢いに行ってやる」
「神田…」

するり、身体から離れると、神田は僕の正面に立つ。

「…約束だ」
「約束?」
「俺の生まれた国では互いの小指を絡めて、誓い合うんだ。…ったく、こんなこと、俺の性には合わないんだがな。ほら…」

そう言って小指を立てた右手を、僕の前に差し出した。
僕は泣き腫らした顔で神田を見上げ、躊躇いがちに自分の小指を絡める。

「ゆびきり…――」

「約束…ですからね?」
「あぁ、約束だ…」


それから、僕らは再会を約束して別れた。

これは哀しい別れじゃない。
互いに成長するための別れだ。

…神田。
僕も君のいない場所で頑張るから。
君のように強くなってみせるから。

君が驚くくらいに。

だから、それまで。
君と次に逢うその日まで、ひと時の、さようなら――。


それまで、さようなら…



5/8

back next

←Back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -