弟が弟じゃなくなる日


「…ごめん、兄さん。さっき僕が言ったこと、忘れてくれないか?」

突然、目の前の弟がそんなことを言い出した。
呆然としたまま、相手をただぼんやりと見つめる。
弟が言う、さっき言ったこととは、俺に対しての愛の告白のことだ。
生まれてから15年間、自分がどのような想いを抱き、どのようにこちらを見てきたのかを、赤裸々に語ってきたのだ。
一人の人間として好きだと。俺を愛してるのだと。
確かに自分も弟が好きだった。誰よりも特別だった。
悪魔と周囲に蔑まれた時も、この弟だけは自分の傍らに居てくれた。決して離れてはいかなかった。
自分にとっても、弟が何より大切な存在だった。ジジィ以外で唯一、守りたい存在だった。
だけど、想いの形が明らかに違うのだ。
弟が自分に向ける感情は、恋情が秘められたもの。
しかし、自分が弟へと向ける感情は、家族を好きだと思う気持ちに他ならない。
そう、ジジィに対する思いとも、何等変わらないのだ。
そして、唐突に打ち明けられた弟の想いを、漸く、理解し掛けたというのに、目の前の相手はそれを今更忘れてくれなどと言い出してきた。
全く、理由(わけ)が分からない。

「…何だよ、それ。俺を好きだと言っておいて、今度はそれを忘れろと言うのか、お前は。随分と勝手な言い草だな」
「さっきは溢れ出す想いをどうしても堰止めることが出来なくて、つい…。でも、僕は僕のことで兄さんが悩む姿なんて、見たくないから。だから…」
「忘れろ、って言うのか?」
「…あぁ」

弟がゆっくりと頷く。

「それはあんまりじゃねぇか」
「だから、こうやって…」
「謝ってやってるとでも言うのか、お前は」
「…ごめん」
「謝るくらいなら、最初から、あんなこと言うんじゃねェッ」

俺を好きだなんて、そんなこと。

「…そうだよね。ごめん、兄さん」
「もう、謝ったって遅いんだよ。お前が一度言った言葉は、取り消しが出来ねェんだから」
「………」


忘れろ、なんて酷い。
たとえ今日のことを忘れることを出来たとしても、全て無かったことになんて出来ない。

雪男の真剣な瞳と言葉を、無かったことにするなんて、そんなこと…。


弟が弟じゃなくなる日


そして俺は、この日を境にして、弟を弟として見れなくなってしまった――。


(過去拍手文)


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