「次の任務は西へ行ってもらうぞ」
「ああ……あの辺りか」
「そうだ。……行けるか?」
「誰に聞いてんだ、誰に」
「ふ、そうだな、悪かった。オレは北の方の争いを止めに行くからお前と一緒に里を出るぞ。でも西の方が争いが激化してるから、多分オレの方が帰りは早いだろう」
「……お前はオレの力を見くびりすぎ、」
「マダラ」
「……なんだ」

 苛立ちとともに吐こうとした言葉を遮られ、マダラは不機嫌そうに柱間を睨みつけた。だが、そこで既視感を覚える。柱間は、真っ直ぐにマダラを見つめていた。

「マダラ、帰ったらオレは……お前を抱く」





 千手とうちはが同盟を組み、半年が経とうとしていた。未だ幼い里の近隣では争いが起こっている。柱間とマダラは、それを沈静化するために各地に出向いて回っていた。圧倒的な力でもって制圧し、里に近づかないように書を認めさせそれを持ち帰る。その繰り返しであった。
 マダラは今、任務を終えて帰路に着こうとしていた。

「……」
「マダラ様?」
「……ああ」
「お疲れですか」
「……」

 ヒカクに話しかけられてマダラは小さく首を振った。またしても上の空になってしまっていたことに気づいて軽く眉を寄せる。

「でも、今回の戦いはこんなにも早く収めたので多少はお疲れでしょう。帰るのは少し休んでからにしませんか」
「……、いや、いい。帰るぞ」

 そう言うなりマダラは走り始め、うちはの青年たちはそれに続く。ヒカクは、マダラの様子が里を出る前からおかしかったことに気づいていた。それが、おそらく千手の長によるものだということも。





 帰ったら、抱く。柱間が発した言葉について、マダラはずっと考え込んでいた。
 この半年間少しずつお互いを知り、幼かった頃からのズレを修正しようと何度も言葉を重ねた。話せば話すほど幼い頃からの柱間に対する憧れや友愛や愛情と言われるものがしまっていた心の奥から溢れ出し、どうしようもなくなっていった。だめだった。戦わなければと考えていた時期は殺せたはずの感情が、どうしても殺しきれなくなっていた。
 そんな折、ひと月ほど前であっただろうか。マダラは、里の今後の方針について話し合うため柱間の自室を訪れ、その後いつものように他愛の無い話をしていた。穏やかだったその空気を壊したのは、柱間だった。

『マダラ、お前が好きだ』
『……、なんだ、いきなり。気色の悪いこと言うな』

 動揺してしまった。すぐに言い返せなかった。柱間が自分のことを好きなことくらい、マダラは知っていた。きっと、うちはの者も千手の者も知っているだろう。あれだけ争いあった相手に何度も休戦を申し込んできた相手だ、そのくらいは分かっている。ただ、マダラの気持ちとは違う意味の好意であろう。だから、動揺してはいけなかった。すぐに言い返さなければいけなかったはずだ。
 静かに焦るマダラの様子を、柱間は感じ取っていた。

『愛している』
『、……おい』

 続けられる言葉に、もう動揺しない筈がなかった。マダラはじっと柱間の目を見つめる。
 暫くそのまま止まっていた時を動かしたのも、やはり柱間だった。固まったままのマダラに手を伸ばし、右目を隠す髪をそっと払う。親密さの現れたその仕草に、柱間の自分へ対する好意が自分の柱間に対するそれと同じものだと知ってしまったマダラは、僅かに後退りして、柱間から逃げようとした。しかし、柱間にとっては混乱したマダラを押し倒して押さえ込むことなど造作もない。さらり、重力に従って流れた柱間の髪が頬を撫でるのを感じながら、マダラは自分に覆いかぶさる柱間を目を見開いたまま見上げる。見つめ返すその視線は、どこまでも真っ直ぐマダラを見ていた。

『マダラ』
『……は、しら……ま』
『お前は、どっちぞ?』
『…、なに、』
『オレのことをお前がどう思っているか、知りたい』
『……は、』

 言葉が出ない。マダラは、こんなに上手く行っていいものかと混乱していた。何か言わねばとぐるぐると頭の中で考えるうちに、その言葉がとてつもなく恥ずかしいものに思えて、じわじわと顔が熱くなるのを感じていた。柱間の目を見ていられなくなってマダラは視線を逸らしたが、それでも柱間に痛いほど見つめられていることが感じられてどうしようもない。自分に覆いかぶさるこのバカはよくもあんな恥ずかしい言葉を真顔で言えたものだとズレたことを考えて現実から逃れようと試みるものの状況は変わらない。もう完全に混乱していた。マダラのもともと低めな体温が上がったことや顔の熱が健康的な赤みとなり頬に挿したことを感じ取った柱間が笑みを浮かべたことにも気付けない。

『言えぬか?』
『……』
『なら、嫌なら抵抗しろ』
『……、抵抗…?…っ!』

 次の瞬間には、柱間はマダラに口付けていた。柱間の顔が間近にあり、思わず目を閉じたマダラは、がっと柱間の肩を掴み何とか引き剥がそうと抵抗した。しかし、柱間はそのマダラの手を掴むと押さえつけてしまった。

『(抵抗させないなら抵抗しろなんて言ってんじゃねェ…!)』

 頭の中でいくら怒鳴り散らそうと、身体はもう言うことを聞かなくなってしまった。固まって歯を食いしばったマダラの唇を柱間は何度も優しく自らの唇で啄んで柔らかいキスを繰り返した。そうしているうちに、何とも言えない幸福感や柱間に対する愛情がどうしようもなくぞくぞくと溢れ出してきてしまい、気づけば力が抜けて口付けを受け入れていた。唇を柔らかく押しつけて擦り寄せ、時折軽く吸い、戯れるような、甘やかすような、淡いキスが繰り返される。それなのに、激しいキスをしているかのようにお互いの息が上がって意識が蕩けていくのを心地よく感じていた。
 どれくらいそうしていたか、柱間がゆっくりと唇を離したため、マダラが気怠げに瞼を持ち上げて柱間を見上げる。柱間の喉仏が僅かに上下したのが見えた。

『抵抗、しなかったな』
『……した。お前がねじ伏せたんだろ』
『あんなのは抵抗とは言わんぞ』

 笑みを浮かべる柱間を見上げてマダラは不機嫌そうに眉を寄せると面倒臭そうに柱間の肩を押した。今度はすんなりと柱間が身体を起こす。マダラもゆっくりと身体を起こした。力が入りづらくなっていることに気づいてマダラは更に不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

『マダラ』
『……なんだ』
『お前の気持ちはオレと同じだな?』
『……』
『同じだな?』

 にこにこと昔と変わらず太陽のような笑みを浮かべる柱間を見つめ、マダラは僅かに目を細めてから視線を逸らした。

『……好きにしろ』

 これが、精一杯だった。
 この日から二人の交わす言葉や部屋に流れる空気がほんの少しだけ変化した。しかし、触れ合ったのはあの夜の口付け一度きりであった。
 今回のお前を抱く、という言葉に至るに、柱間にはなにか思うところがあったのだろう。マダラとしても何かを期待してしまっていたことは否定できない。自分が抱かれる側だと宣言されたことに関しては、マダラにとってはどうでも良かった。柱間であれば、何でも良かった。口にすることはないが。今、マダラにとって差し迫った問題は、あの時キスだけであんなに混乱して醜態を晒した自分が、身体を繋げようとなるとどうなってしまうのかという不安だけだった。


 
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