森の中を、傷ついた忍が歩いていた。出来るだけ気配を絶とうとはしているものの、摺り足で歩いているためにざり、ざり、と土の音が付き纏う。荒い息を吐きながら、その男は一刻も早く休もうと、前に訪れたことのある小さな洞窟を目指していた。
ようやくそれを見つけたとき、男は先客が居ることに気付いた。クナイを構え、じりじりと近付く。洞窟の壁に背を預け座り込んでいたその者は同じようにクナイを構えたが、男の顔を、そしてその傷ついた体を見た瞬間、それを下ろした。
「マダラ……」
「はぁっ、……柱間……っ、なぜ、ここに居る……?」
男、マダラは先客である柱間を忌々しげに睨み付けた。ほんの数時間前、二人は戦場でお互いの術をぶつけ合っていたのだ。マダラの体の傷は、全て柱間によるものであった。
「体を休めている。お前もその為に此処へ来たのだろう?安心して休め。今は何もしない」
「……」
マダラはきゅ、と眉を寄せた。なんと言ってもその相手は千手一族の頭、柱間だ。敵対しているマダラにとって、この男の前で油断するのは命取りだ。しかし、体は疲れ切っている。悩むマダラを見て、柱間は小さく笑みを零した。
「見ての通り俺は疲れている。何もしない」
果たしてそうだろうか?柱間の傷はマダラの物に比べて随分浅い。所謂力の差、というものだ。だが、マダラの体はそれ以上悩むことを許さなかった。ゆらり、視界が揺れる。地面に崩れ落ちながら、マダラは柱間の驚いた顔を見、初めてその焦った声を聞いた。
「マダラ……っ!!」
ふと、マダラの意識が浮上する。体中に痛みを感じ、小さな呻き声を上げた。
「大丈夫か?」
聞こえた声と、額に触れ、髪を撫でた暖かい手。一気に覚醒したマダラはがばりと上半身を起こし、次の瞬間あまりの痛みにうずくまった。
「ふ、ぅ…ぐ、……っ!」
「おい、無茶をするな」
労わるように背に触れた手を払うことも出来ずに、マダラは少し涙の滲んだ目で柱間を睨んだ。
「……出来る限り手当てはしておいたぞ」
「!」
マダラはその言葉で、上半身の服を脱がされていること、脇腹の大きな傷に布が巻かれていることに気付いた。
「……なぜ」
「俺が付けた傷だからな」
思わずマダラが問いかけると、柱間は当然のように答えた。微妙な沈黙が流れる。暫く動きを止めていたマダラは、はぁ、と溜息を吐いて強張った体の力を抜いた。もう警戒する必要は無いと思ったのだ。普段のマダラなら柱間の前で警戒を解いたりはしないが、この時は本当に疲れ切っていた。マダラは、足を伸ばして(どうやらマダラに膝を貸していたのであろう)壁に凭れている柱間の隣に、同じように座った。また、狭い洞窟の中に沈黙が満ちた。
「お前の、」
「?」
「お前の体は傷痕が多いな」
ぽつり、柱間が呟く。マダラは小さく首をかしげ、可笑しなことを言い始めた柱間を軽く睨む。
「殆んどがお前のせいだろう」
「……」
柱間はマダラの方へ手を伸ばす。殺気は無い。その為、マダラはすぐに反応出来なかった。指先は、左肩から胸へと真っ直ぐに走る、少し赤い傷痕をなぞった。
「…っ、」
マダラは突然の事に驚き、体を震わせ、息を呑んだ。
「これは、先月の、か?」
静かに柱間が尋ねる。そうだ、紙一重で急所を外したそれは、先月の戦いで柱間が付けた刀傷の痕だった。あの時、マダラは死を覚悟した。食らったその一撃で動けなくなってしまったのだ。だが、止めが来る事は無かった。柱間は動けなくなったマダラを一瞥し、その場を去ったのだ。今考えてみると、マダラには不思議でならない。どうして、あの時止めを刺さなかったのだろう?
しかし、その問いは口にされる前にマダラの頭の中から消し飛んでしまった。
「ぁ、っ!?は、しらま……っ!?」
柱間は突然マダラの傷痕に口付け、それを舐め始めた。マダラは抵抗しようとするけれども、柱間には敵わないと分かっていた。
「や、めろ…!」
叫んだところでどうにもならない。柱間は、マダラの肌に赤い痕をひとつ付けると、唇を合わせた。
「……!」
マダラの体が強張る。それはだんだん深いものへと変わっていった。
「ん、……っ、」
嫌では、ない。受け入れてしまっている自分が、マダラにとってはなにより怖かった。
マダラは柱間の舌を軽く噛んだ。唇が、離れた。
「いきなり何を……!?」
「……何となく、だ」
「(まさか、)」
「(お前に痕を付けることが出来るのが俺ぐらいのものだと知って、)」
「(興奮したなんて、)」
「(言える訳がなかろう?)」
マダラは柱間を睨み付けた。
「そんな悪ふざけが出来るくらい回復しているなら、さっさと帰ればいい」
「ああ、そうしよう」
あっさりと頷いて、荷物を拾い上げる柱間。どこまでも読めない男。
「では、また、」
「……戦場で」
「……ああ、戦場で」
軽く別れの言葉を交わし、去っていく。マダラはその後姿を、見えなくなるまで睨みつけていた。
ああ、許せ、弟よ。嫌では、なかったのだ。